幕間3
「先輩の甥っ子さん。不意に手を叩くことはありませんか?」
「とりあえず俺に甥が居ることをお前が知っていることはスルーして良いのか? どうなんだ?」
「そんなちっさいこと気にしてたら禿げますよ? 先輩の未来は焼け野原ですね!」
「不謹慎! 髪質が細い方と言いなさい!」
「先輩……お父様に言い聞かされてでもいるんですか?」
「……」
俺の無言の肯定を受け取った神山は特に気にもせずに。それで? と問い掛けてくる。
「甥っ子さんは、手を叩きますか?」
「あー。あるなぁ」
「それは「鬼さんこちら、手の鳴る方に」と言いながらですか?」
「なんで分かるんだ?」
「企業秘密です」
人差指を唇にあてた神山は、にこにこと笑いながら俺の後ろに指を差す。
「鬼が来ますよ」
「は?」
「甥っ子さんのところに、鬼が来ます」
早ければ今日。遅ければ明日。
「鬼なんて空想上の生き物だろ?」
俺は馬鹿にしたように言う。
ひとえに強がりだとも言うのだろうけれども。
「ひとえに鬼と言っても、色々いますが。甥っ子さんのところに出るのは恐らく『あやかし』の類でしょうねぇ」
「あやかし……? 妖怪とか、そういう?」
「そういうやつです」
神山はにこにことしたまま、言う。
「何とかしなければ連れて行かれてしまうかもしれませんね」
「何とかって……どうしたら良いんだ」
「最近先輩がびびりじゃなくなってきて、若葉寂しいです」
「可愛く言えば良いと思ってんのか?」
まあまあ、と神山は俺を宥めるように言う。
そうして制服にポケットから取り出したのは、白い紙に文字の書かれた一枚のお札。
「これは?」
「先輩の甥っ子さんに渡してあげてください」
きっと『ソレ』が鬼を食らってくれますよ。
にこりと恐ろしいことを言った神山に、俺は「怖ぇよ」とだけ言って、それでも甥に何かあったら嫌だと思ったので素直に受け取った。
数日後。
親戚の集まりの場で、甥はけろりとした顔で元気にはしゃいでいた。
元気じゃねぇか、と思いながらジュースを口に含んでいると、甥が俺の元に近寄ってきた。
どうした? と訊いたら、甥は「涼兄ちゃんにだけは教えてもいいって言われたから言うね」とにっこり笑う。
「あのね」
その続きの言葉に、俺はひくりと顔を引き攣らせるとその場を立ち去り、神山に電話をした。
「神山ァ! どういうことだ!?」
『先輩うるさいですよー。今何してると思ってるんですかー』
「お前が何をしていようと関係ない」
『えぇー。俺様気質は十分なんですけど……』
「良く分からんがどうでも良い。とにかく何なんだ! 何も知らない子供に何をさせたんだよお前は!?」
「何の話で……ああ。鬼の話ですか。アレはただちょっと根源たる『鬼』を『鬼』が封印しただけですよ? 甥っ子さんに渡してもらったお札で』
「……封印? でも、あいつは『鬼さんがソコには行きたくない!』って泣いてたって言ってたぞ」
当の本人もその日ばかりは夜中に泣き出して、親を困らせたらしい。
神山は、あはは、と笑う。
『そりゃ、鬼もその鬼に連れて行かれたくはなかったでしょうからね』
「どういうことだ?」
神山はまるで踊り出しそうな声音で言う。
『だって鬼が鬼を封じた先は――地獄なんですから』
ほらぁ、地獄に鬼は必要不可欠じゃないですか!
『まあ、もっとも。子供を神隠ししようとしたその鬼は、人間と共に苛まれる側でしょうけれども』
そう言った神山の方が本物の鬼だと、俺はわりと本気で思ったが。
同時に甥が神隠しされるかも知れなかったと聞いて、甥ではなく、その鬼が地獄に行って良かったと。
そう思ってしまった自分もまた鬼か、と笑ってしまった。
きっと人間としては、当然の感情なのだろうけれども。
自分の中にそんな醜い感情があることが、何となく、嫌だった。
「神山」
『なんですか?』
「明日、バイト行くわ」
『本当ですかー! 先輩に会えるなんてご褒美です』
「アホか」
神社に行けば、この汚い感情が薄れるかも知れないと。
神山に会えば、何となく癒されるのだろうと。
確信も何もないのに。
この時ばかりはそんなことを考えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます