二年生初冬:小鳥の箱

 その日、神山はひとりでぽつんと教室の席に座っていた。

 それがどうしたというわけではないけれど、その席が俺の席だったから戸惑った。

 それ以前に、何かを憂うような顔をする神山にも。

 声を掛けていいものか悩んで、結局迷うのは俺らしくもないと思い、ガラッと教室の扉を開けた。


「神山」

「……あれ、先輩? どうしたんですか? こんな時間にこんなところで」

「それはこっちのセリフ何だが……。俺は、教科書忘れたんだよ」


 神山に声を掛ければ、どうしてここに? と問われる。

 むしろ俺が問いたいんだがな。

 俺は引退したけれども、部活は終わっている時間だ。

 帰っていても可笑しくない筈の神山が、どうしてこんな、俺の教室なんかに居るんだ、と。


「あは。先輩の椅子大きいですよねぇ」

「どれも同じだろ」


 学校の備品なんだから、と付け加えて。


「そうですか? 一等大きく感じます」


 可笑しなことを言う神山に俺の戸惑いは大きくなっていく。


「いつかを思い出しますねぇ。そう言えば、こんな時期でしたか。先輩とクリスマスを廃墟で過ごしたのは」

「あー、そういやそうだったな」

「何だか今年は学校で過ごす予感がします」

「なんでだよ! 普通に過ごさせてくれよ!」

「なんとなく、予感です」


 後にその予感は当たるのだと、この時の俺は信じたくなかった。

 何が哀しくて、廃墟の次は学校でクリスマスを過ごさなきゃいけないんだ。

 はあ、と息を吐いて。


「それで?」

「はい?」

「部活も終わった後のこんな夜遅い時間に何で教室何かに居るんだ?」

「ああ、……聞きたいです?」

「それは俺にとって悪い方か? 良い方か?」

「やだなぁ、先輩ったらぁ~」


 先輩にとって不都合なことを私が関わったことで、ありましたっけ?


 いけしゃあしゃあとそんなことを言う神山に、俺は一先ず神山の頭を小突くことで怒りを収めた。

 収まってないって? 知らねぇよそんなの。

 神山はふふ、と笑ってからブレザーのポケットから何かを取り出した。


「びびり屋さんな先輩にとっておきの品がこちら!」


 バンッと効果音付きで出されたのは、小さな黒い箱だった。

 これは? と聞けば、呪術のひとつです。と事も無げに応える神山。


「じゅじゅつ?」

「はい。呪う術(すべ)と書いて、呪術です。……この箱は、簡単に人を殺してしまえる力を持っているんですよー。凄いですよね」

「そんな危ないモノ持って学校来てたのお前!?」

「正確には、さっき。部活終わりに片づけを行って居たら男子生徒から、もっと言えばネクタイの色的に先輩の御学友から、無理やり渡されたんですけどねぇ」

「ちょっとそいつシメて来るから特徴教えろ」

「先輩ったら野蛮なんだからぁ。眼鏡でしたね」


 サラっと特徴にならない特徴を伝える神山。

 眼鏡が学年どころかクラスメイトに何人居ると思ってるんだ。

 ったく誰だ……? と考えていたら、ふう、と呆れたように息を吐き出した神山。


「これはね。本当に綺麗に清めることは不可能なんですよ」


 俺を見ずにそう言う神山の声は、ゾッとするような、冷たい水のような温度だった。


「綺麗に清める?」

「大抵の呪術ならば清めることも出来ます。相手側に呪い返ししてしまわないように慎重にはなりますけれども。ウチの神社にも良く、こういった呪いのモノは持ち込まれますから対処が出来ないわけでもありません」


 神山は暗い教室の中、黒い睫毛で更に影を作る。


「その方の出は知りません。知ろうと思えば視えますけど、そんなことに力を割く気はありません」


 ただ、ねえ?


「呪いを産む家などすぐに滅びてしまうでしょうねぇ。ああ、その方も酷く痩せて居られたような……」


 ふふ、と神山は年相応に見えないくらいの大人びた笑みを見せて、箱を撫でた。

 カタリ、動いた気がして身構える。


「ダメですよぉ。恨むならば、祟るならば、『アナタ達を産んだモノ』にしなくては」


 カタカタと神山の言葉に呼応するかのように箱が揺れる。

 俺は恐ろしさに腰を抜かしかけた。


「何、腰抜かしてんですか、先輩」


 訂正。抜かしていたようだ。気付かなかった。

 冷静になってみれば埃っぽい教室の床に手を付いているじゃあないか。

 ああ、無意識って恐ろしい。


「先輩に害あるモノではありません。というか、害なんて加えさせませんよ」

「お前が味方で心強いよ……」

「私が先輩の敵になることはありませんよー」


何があっても、一生。


あはっと神山は笑う。


「さて、先輩。今日は肉まんでも食べて帰りませんか?」

「肉まん? 良いけど……お前あんまんの方が好きじゃなかったっけ? もっと言えばチョコまん」

「今、肉まん食べたら異世界に行ける気がするんです!」

「いや、どこのラノベだよ」

「この世界は不思議に満ちているんですよー」

「……ああ、うん。お前と付き合ってそれは知ってるけど、だからって、肉まん食っただけで異世界に行くとかねぇわ」


そんな他愛もない会話の最中。

カタカタ、カタカタ。未だ鳴る小さな黒い箱。

まるで外に出たいのだと嘆くようなその音には耳を貸さない方が正解なのだろうと今までの経験が告げていた。


**


「それで? 結局チョコまんなのがお前らしいな」

「えっへん。知らないと思いますが、私はチョコ大好きですからね!」

「いや知ってる」

「え、ストーカーですか?」

「むしろ何故、知らないと思っていた?」

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