二年生秋:壊れた玩具

 せーんぱい。


 見知った神山の声。

 何だ? と返すと、こっちに良いものがあるんですよーと明るく言われる。

 良いもの? と眉を顰めていれば着いてきてくださいと腕を掴まれた。

 どんどんと森の中に入っていき、辺りには闇が広がっていく。

 ああ、これは不味いなと誰かさんに鍛えられた直感が教えてくれたのに、そのいつもは止める筈だった誰かさんが、何故だか俺の腕を離さない。

 痛いぐらいの腕力に、おい、と声を掛けるも、もうすぐですからー、とのこと。

 一体何なんだと思って神山に引かれるままに歩みを進めれば、唐突に開けた世界。

 森の中心だろうか?

 そこだけ何もなく、焼けた野原に同じく焼け焦げ木造の家屋。そうして石で出来た祠がひとつ。

 これがいいものか? そう聞こうとして、前に居る神山を見ようとした時だった。


「見ちゃだめですよ」


 背後から声が聞こえたのが先か、目を何か暖かいもので覆われたのが先か。

 そこから先は、白けていくばかり。


「……ッんん」


 身体の上に乗った重みで目が覚めた。

 寝起きとしては、最悪の部類に入る目覚め方だったのではないだろうか。

 身体の上に乗ったナニかを眠い、いや、何だか普段よりも重たい瞼を開けて『ソレ』を見る。


「……お前、なんで居んの?」

「……んー、まだ朝ご飯には早いですよー」

「いや、お前ん家の朝食事情なんて知らないけどな?」


 神山。

 そう、見知った後輩の名を吐き出した。

 朝起きたら後輩の女子が俺の上で寝ているなんて、どんなエロ本? なんてどうでも良いことを一瞬考えたが、かなりの重さに耐えかねて神山をベッドから落とした。

 こいつ、こんなに重かったか?

 数日前にテケテケとトコトコ両方に挟まれて、何かを考える前に神山を抱いて走り出していた時に感じた重力は、むしろもっと食えと全てが片付いた後に説教したくらいだったのだが。


(俺にもそのくらいの余裕は生まれるようになったってことだな。まあ、涙目だったのは忘れて欲しいが)


「っ、いたたた。何するんですか先輩」

「すまん。あまりにも重かったから」

「むぅ。先輩が受ける筈だった穢れを受け止めてあげた身に何たる失礼な」

「だから悪か……俺が受ける筈だった穢れ……?」

「そうですよー」


 神山は欠伸を小さく噛みしめながら、何てことないようにそんなことを言った。


「……俺はまた何かに巻き込まれてたってことか?」

「『まだ』巻き込まれてますよ」

「……まじかよ……」


 はあ、と顔を掌で覆う。

 溜め息しか出てこない。

 神山とつるむようになってから、変なモノは視えるようになっちまったし、変なことには巻き込まれるし。

 うん。ロクなことがねぇな。

 今度牛丼奢らせよう。


「そこで許しちゃうのが先輩のお人好しというか、なんというか……」

「なんか言ったか? ちなみに俺は担々麺でも良いぞ」

「ばっちり聞こえてるじゃないですかー」


というか、


「今回は私、助けた方なんですけど」

「え? お前が原因じゃねぇの?」

「何でもかんでも私のせいにするのはやめください。基本的に先輩の憑かれやすい影響故なんですから。……まあ、純粋なる好奇心でびびりな先輩を廃墟に連れてった過去はありましたけども」


何だろう。『びびり』を強調された気がする。


「気のせいです。ところで先輩」

「やっぱ言ってんじゃねぇかよ、何だよ」

「ここ数日で壊れたナニかを拾ったり、見たりしませんでしたか? もしくは焼け焦げたナニかを」

「……」


 首をひねって考える。

 神山はベッドの下、正座をして俺の答えを待っていた。

 冷静に考えると変な状況だから、俺はそこのところには触れないようにしようと心に決めた。


「ああ、あったぞ」

「ナニを見たんですか?」

「壊れかけの祠と、そこに供えてあったのか子供の悪戯か知らねぇけど、焼け焦げた玩具があったな」


 良く考えたら、焼け焦げた玩具なんて祠なんかに供えるわけがないか。


「……祠……よりも、むしろ玩具ですかね……」

「何をぶつぶつと」

「先輩」

「何だ」

「私の名前、呼んでください」

「何で?」

「死にたかったら呼ばなくてもいいですよー」

「死!? そんな大袈裟なことか」

「大袈裟なことなんですよ。貴方にとっても、私にとっても」

「お前にとっても?」

「穢れが溜まって重いんですよ。もう押し潰されそうです」

「そういうことは早く言え!」


 良く見れば神山は正座を崩して少し前かがみになっている。


「名前、呼べばいいんだな?」

「はい」

「……改めて言うとなると恥ずかしいな」

「余程死にたいと見えます」

「悪かったって! わ、わか、ば……さん」

「すみませんフルネームでお願いします」

「最初から言おうな?」


 ふう、と息を吐いて俺は神山を見つめて再度名前を、今度はフルネームで言った。


「神山若葉」


 何か、間抜けな雰囲気を感じて、ひとり恥ずかしくなる。


「……神山……?」


神山はうずくまったまま応えない。

再度、神山? と呼ぶ。


『わたしもなまエ、よバれたいナ』


「え」

「アナタになんか呼ばせませんよ。古い付喪よ。お前は永遠に眠るのだもの」

『ヤだヨ?』

「嫌でも何でも、もうアナタを必要とするモノは居ないのです」


 そう言った瞬間、地獄の底のような声が辺りに響く。


『やだやだやだやだやだやだやだやだヤダヤダヤダヤダ』


「うるさいですね。仕方がないです。話し合いが通じないのならば、――問答無用で除霊させて頂きます」


 神山は懐から重そうに腕を動かして、札を取り出すと、自分の額に貼り付けた。


『ああああああああああああああああああああああああああああああああ』



 断末魔のような叫びに思わず耳を塞ぎたくなる。


『……さみシイ』


 泣き声のような、弱弱しい声を最後に、神山の口から幼子の声は聞こえなくなった。


**


「結局アレはなんだったんだ」

「……壊れた祠の、壊れた玩具の想い出で作られた、付喪神ですねー」


 まあ、半分悪霊化してましたけども。


「寂しいって言ってた」

「同情は禁物です。それに……あちらの方が仲良くしてくれる者達も多いでしょう」

「そういうもんか?」


 神山は俺の問いに「そういうもんです」と笑って答えた。

 同じ様な明るい声だったけれど、やっぱり神山のこの声の方が落ち着くな、と不意に思った。

 というか俺が名前呼んだ意味は? と問うと、私を加護してくださっている神様の力をお借りする為ですよ、と答えられた。


「お前、神様なんかに守護されてたんだな……」

「一応、神主なんで」

「いや、神主関係なくない?」

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