魔王討伐の勇者、意外な旅する理由とは……“芸術”

読者企画〈誰かに校閲・しっかりとした感想をもらいたい人向けコンテスト〉参加作品としてレビューします。


〈まず通常レビューとして〉

 タイトルに『勇者』と入る作品は個人的に地雷要素が多いのが常で、本作もびくびくしながら読み始めた。そして第一話の途中で、それが杞憂だったことを知った。むしろ、個人的にはたいへん“肌に合う”作品で、約5000文字、原稿用紙にして十数枚という短さもあって一気に読み通してしまった。

 まず文章が整然と巧い。「Web小説」と呼ばれる界隈では見かけない類いの巧さだ。公募賞でも高次の選考に進むまで文章面で文句を言われることはないだろうレベル。

 『キリトリセン』のアイデア自体には先行例が思いつくが、それをよくアレンジして、読者の興味に繋がる独自性を生み出した。
 派手さはないがストーリー運びが堅実で、無駄がなく、まとまっている。ラストの幕の降ろし方も、手慣れた巧さを感じる。

 これをまとめきった作者の手腕を素直に評価したい。とても面白かった。自分評価で、限りなく★3に近い★2とした。
 
 
                                                               
                                                                                                                                                                                                                                                                                       
※この改行・空白はレビュー一覧にネタバレ言及が載るのを避けるためです。
〈以後本格的に、ネタバレもありで〉

 通常レビューで文章の巧さを指摘したが、正確を期するならこれは、文章力の巧みさというより「読者に伝えよう」とする作者の、誠実さの表れなのかもしれない。
 意識してのことか無意識か分からないが、冒頭で『私が初めてモンスターを倒したのは~』『~今でも時々夢に見る』と書いている。この表現は回想であり、この作品全体が、後年から見た過去の記憶であることすでに示している。
 『最も年長だった仲間……タケシと言ったか?』という表現も、同様に過去を思い返す人のそれだ。
 他にも、本編が回想であることを示す表現が随所に現れている。巧妙な文章構成だけを考えれば、さすがに多いほどだ。そして、巧妙な文章を書ける書き手は、必要な分量というものもまたよく分かるもので、それならば必要最低限度だけで抑えるのではないか。この数は、それだけ作者が「この作品について」の情報を読者に伝わるように伝わるようにと筆を重ねていった結果なのかもしれない、と思うのである。

 本作の基本となる『キリトリセン』のアイデアは、既述のようにまったく目新しいというものではないのだが、「戦いにしか役立ちそうにない能力」の結実に、「戦い以外の価値」を見いだす勇者によって、既存のアイデアとは違う発展を見せた。この一工夫が素晴らしいと思う。
 『キリトリセン』の能力自体は、その結実によって「相手を倒す」ことが目的となる。既存アイデアの多くはこの域を出ない使われ方だったと記憶するが、本作は「相手を倒す」ことすら手段とし、目的を「勇者自身の芸術的満足」に置いた。これによって、作品タグに「サイコホラー」とあるような、心理を見せる作風にすることに成功している。

 さらに、相棒である女戦士に対する『まだだ。まだ、私は彼女を完璧なオブジェとして作り上げる自信は無い』という述懐が巧い。作品の見せ所と、文章の巧みさが絶妙に噛み合った一文で、背筋を寒くさせてくれる。まさにサイコ。
 前触れなしにいきなり投げつけられるこの述懐は、勇者が“仲間である彼女を切り刻むことに罪悪感がない”ことや、“むしろそうすることに使命感すら持っている”という異常性を示している。深読みすれば、“まだキリトリできないでいることを、申し訳ないとすら思っている”ようにも思われる。
 まさにサイコ。本作最高の見せ場と言ってもいいかもしれない。

 さらには『魔王を倒すことが出来たら、愛する彼女をオブジェにしようと心に決めていた』である。読者としては、どうなってしまうのか――あるいは、女戦士はどんな美しいオブジェになるのかという興味を惹かれてやまないのだ。勇者のサイコぶりが、作品の引きにしっかり繋がっている。
 そうやって興味を惹き付けつつ、しかし少女の魔王の出現で流れを変え、別の「どうなってしまうのか」に転換する構造も面白かった。

 そして最終章で、冒頭で示されていたように時間軸が「回想」から現実へと還る。ここにも工夫があってそれが良い。ただ回想を終えただけでは本当に「はい、めでたしめでたし」になるだけなのだが、末尾の、孫娘の形容とそこへ向けた主人公の感情――これらによって、不穏な空気を漂わせたまま物語を閉ざす。この構成がまた巧みだ。綺麗なままでは閉じず、読者に「引っかかり」を残したままにすることで、読んでいる側としては「終わっているのに、終わっていない」ような気にさせられ、余韻が残る。
 こういう終わりを拒絶する向きもあろうかと思うが、ここでは、残る余韻を高く評価したいと思う。


 総じて佳作でり、読めてよかった思える作品だった。



 ――というところで終えていては褒め殺しなので指摘できる点は指摘しておきたいと思う。

 まず言いたいのは文章のこと。あれだけ巧みだと褒めておいて文章か、と思われるかも知れないが。
 いや文章の巧さについては疑いないと思う。
 考えたいのは「文体」のことだ。

 小説の面白さを高めていく文章、というのもあると思うのだ。サイコホラーとタグ付けされた本作において、勇者の一人称の文体は、回想という点に引きずられたか文字数の少なさを意識したかもしれないが、非常に――淡々としている。
 筆致は冷静で乱れがない。それ故に読みやすく、文章の巧さが分かりやすく伝わるのだが――ここに、サイコな激情はない。執着も情念もない。感情の乱れが伝わらない。

 整然とした文体は、果たして本作の面白さを最大限まで引き出せたかどうか?

 俳句に『破調』という言葉がある。普通は五・七・五のリズムで読まれる俳句を、七・五・五にしたり五・七・六にしたり……本来あるべきリズムをわざと崩し、その崩れた中でしか表現できない叙情、詩情を引き出す技法だ。
 そのような技巧が、本作に欲しかったと思ったのだ。
 序盤はいいと思う。まだ勇者が若く少年だった頃は。しかし、前述した相棒の女戦士への「欲求」を吐露する辺りから、ポイント、ポイントでいいので、そうした乱れが欲しいと思った。
 文章の乱れというのではなく、語り手である勇者の乱れだ。
 勇者が、自身の狂的な欲求・渇望を語る時にも、普段通りの整然とした文体が綴られていることに、不満が残ったのだ。彼の語りがあまりに整っているため、せっかくの設定やストーリー構成が、小さく締め付けられてしまったように感じる。

 ただしここは、「回想」という体裁として難しいところではある。何故ならそうした狂気や乱れは、リアルタイムであるからこそ「取り返しがつかない」もので、そこが魅力に繋がるものだからだ。すべて終わったところから思い返されても、わざとらしい。
 故にここでは別種の技巧的に、回想の主体が今まさに魔王と対峙しようとする勇者にあった(つまり第4話)という体で第4話をリアルタイムのように描き、最終話でそれすらも過去を見た夢であった、と二段構造にするなどの工夫がいるだろう。


 また文章的には、これも長さや回想という壁がそうさせている気もするのだが、全体的に「動き」があまりなく、描写的にもストーリー的にも躍動感に欠けたきらいがある。
 動きという点では、例えばキリトリセンでモンスターをオブジェと化す時。
 勇者が美しいと感じるそれを、過程のところから美しく書くことが出来れば、その印象は読者にも届く。そうすれば勇者と読者は同じ「美しさ」の価値観を共有し、共にその美しさを追いかけることが出来たはずである。
 ところが実際には、この辺りは動きとして難しいせいだろうか、非常に簡潔に結果だけが告げられるのみだ。



 5000字でしっかりと流れを作っているなど、物語を小説として構成し、まとめる能力や基礎の構文能力などには疑いはないと思う。次なるステップとしては、小説の魅力を最大限に引き出せるように、「何をどう書くのか」の、とくに「どう」に力を注いでみてはいかがかと思う次第である。10000文字ほどに倍増し、魅力も増した本作を、また読んでみたい。



 最後に校閲的に――

 第一話『未だにあれほど上手く切り取れることは何十回に1回しかないくらいだ』。

 この言い回し「未だに」だと、「今現在もその能力を継続して発揮している」と読める。しかし作品を読み終えてみると勇者はすでに能力を喪失した時点で回想しているので、読み返してみて矛盾を感じる一文となった。
 読み返さなければ気付かない点ではあるが、「作者は推敲などのため読み返しをするもの」であるからして、ここに気付いて直せるようにしていただきたいと思う。

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