スティーブンキン部。

北乃ガラナ

コンプリート。

「ワタシは宇宙人なんだ」

「わたくしは人型本土決戦兵器なの」

「あたしの家はシャイニングマン家。知る人ぞ知るヒーロ一家なんだ」


 放課後の学園内の一室。部室で初対面。五人が集まっている。

 それぞれが自己紹介をしていた。三人は先輩で三学年。ボクは二学年。もう一人は一学年で後輩だ。


「はーちゃんおいで!」


 ブロンド髪碧眼でモデルのような美少女の先輩がそう叫ぶと、教室の窓に大きな影が差す。

 ――円盤だ。

 ずいぶんと古式ゆかしいデザイン。円盤下部についている超高名戦車の砲塔がイイネ!


「わたくしは地味で恥ずかしいんだけど……」


 そういって、ストレートロング黒髪の美少女は、およそ似つかわしくない右腕のギプスを外した。そこには複数の銃口が束になった金属。

 ――ガトリング砲だ。

 へえー変わった腕だね。重くないのかな? 


「あたし光の速さで動けるんだ。シャイニングダッシュ!」


 ――まばゆい閃光と共に、残像をのこしながら教室の端から端に移動する。

 目にもとまらぬ速さというやつだ。

 ショートのライトブルー髪がボーイッシュでよく似合っている先輩。とうぜん美少女。

 オリンピックに出たら、短距離走ぶっちぎりで世界一まちがいないネ! あと、一瞬で学園制服から別衣装になったけど、どういう仕組み?



 ……なんだこの部。

 美少女ばかりの部と思ったら、どえらいもんがでてきた。


 有名すぎる台詞に「宇宙人や人造人間や異世界人や超能力者がいないノォーッ?」なんてのがあるけど。はからずもコンプリート。


 ……いや、異世界人だけはいないか。

 だからセミコンプ。

 惜しくもなんともないけどね。


 ……ただの人間だけを相手にしたいですボク。それにしてもひどかないか、この部。


「え? みんなも、そうなんだ……」

「あなた方もフツーじゃ、なかったのですね」

「よかった。勇気をふりしぼってカミングアウトした甲斐があったよ……」


 ――プッ。


 誰かが笑いを漏らした。


 あ、ばか……


 ――キッ。

 一瞬で場が凍りついた。


 このタイミングでそれはまずい。各人それぞれ気にはしているのだろう。それを小ばかにしたような笑いは一番いけない。


「なにそれ変なの~」

 ……後輩だった。


小豆あずきだけがまともじゃない」


 やっぱりこいつだったか。空気の読めない可愛くない後輩(外見はめっちゃ可愛い)。名は亞弐小豆あにあずきという。小柄な身体に、なぜかいつもギターケースを背負っている。


「小豆だまっていろ……。そして、ボクはだ」


いっしゅん険悪な雰囲気が漂ったが、ボクが小豆の口をふさいだので、元の空気にもどった。先輩達の話は続く。


「……安心した。ワタシの悩みがちっぽけだった。べつに宇宙人ぐらい普通だよねー。だって宇宙は広いし、これからきっと、どんどん見つかるし。わるいのはこの星の遅れた科学水準だし」


「うるさいぞ地球外生命体。地球外」と、後輩。


「わたくしもなんだか安心しました。だってわたくしは栄光ある大桜富士帝国陸軍の誉れある最終決戦兵器!」


「うるさいまけいぬ」やはり後輩。


「聞き捨てになりませんね! まけてなどいないです! 結果をみたらむしろ勝ったのですよ! 負けたのはむしろ戦後ですよ! あなたみたいな戦後のへなちょこが、なげかわしいことです!」


「えー小豆あずきは、関係ないし~」


「……まぁまぁ。せっかくの新入部員の後輩だ。ここはヒーローとして大目にみようじゃないか」


「おまい、いかさない能力だな。速いだけかよ。あとそのぴっちり衣装クッソださい。青と赤と黄色てマジ笑える。胸のSの文字はどうせシャイニングのSなんだろうけど、いまからDにしろ」


「なんでD……?」


「ださいのDにきまってるだろ。ノロマ頭」


「――ッ。このやろう。我が家に伝わる伝統ヒーロー衣装を馬鹿に……。あたしヒーロだけど……はじめて人を殺したいとおもう」


「ワタシそれ賛成」

「わたくしも賛意を表します!」

「よし、殺っちまおう!」


 部室内が炎上していた……。


「いや、あの……初対面で殺ろうとか、先輩達やめましょうね、そういう物騒な話は……」


 ボクが三人をなだめる。


「おい人外共。大人しくしろって。やれやれ、まともなのは小豆あずきだけか。まったく先輩達……。いやさ、お前たちには失望だよ」


「人外共……」

「お前よばわり……」

「ついに、先輩後輩という、僅かなほそい絆もみずから断ち切りやがったなコイツ」


「……いや、おまえが一番酷い。後輩よ。おまえ人だけど、普通の人間だけど。間違いなくおまえが一番クズだ」


「クズって先輩ひどいですっ。小豆あずきはこんなに可愛いのに!」


 たしかに可愛い。それもとてつもなく。小柄で黒髪ストレートのツインテール髪が標準搭載。誰にも愛される小動物のような容姿。素直でいい子にしかみえないんだけどなぁ……外見だけは。

 ほんとうに外見だけは。


「可愛い小豆あずきにひきかえ、お前たち、取り柄は日本語だけかあ? ああん?」


 後輩の小豆あずきが三人を煽る。


「蜂の巣にしてさしあげます!」ガトリング砲の無数の砲身がギラリと光る。


「おっし上等だポンコツ。小豆あずきのギターのサビにしてやんよ!」


 ……小豆あずき。ギターはそういう風につかうものじゃない。


「ここでは止せ。学園内だ。発砲すると停学になる。帰ったらワタシが、こいつの家にV32080ロケットを打ち込もう」


「どうせ当たらないんだろ。予算の無駄だバカ。だから国が滅ぶんだよ」


「オチス帝国の科学力を馬鹿にしたな! あと滅んでないし! まだワタシいるし!」


「まぁまぁ二人とも、もういちどチャンスを与えよう。ヒーローとして寛大な心で」


「おまえが一番酷いからな。そんな格好よくできるな。バカのハロウィンかよマジウケる。渋谷でやってろ。小豆あずきがおまえなら羞恥心で吐血する」


「……殺るしかない」


「そうかー。先輩達たいへんですね。じゃ、がんばって――」


 ボクは部室から出ようとする。


「ええ! なにその薄いリアクション!」

「わたくしたち、そうとうな話をしましたのに!!」

「おっと……シャイニングマン家の正体を知られた以上、このまま帰すわけにはいかない」


「先輩っ、こんなクソ共のゴミ箱に小豆だけを置いていかないで!」


 ――ズサー。と、入り口をさえぎるように4人がオレのまえにたちはだかる。


「秘密を知られた以上」

「帰すわけにはいかないのです」

「だな」


「す、すきです! 先輩!」


「どうしても帰るというのなら」

「軍機を漏洩される前に……」

「君を消すしかない」


「はじめて会った時から……好きでした!」


 ボクにどうしろと……。

 あと小豆あずき。うるさい。



「……いやまて、最期に確かめたいことがある」


「最期て……。なんですか先輩?」


「貴公にも秘密はあるだろう?」

「確かに……そのようですね」

「あたしたちだけずるい。教えてよ」


「……あのですね。普通の人間には無いです。そんな秘密」


「いや……人に言えない秘密の一つや二つあるのが人間」


「その言葉、そういう意味じゃ無いと思います。隠し事とか嘘とかそういうレベルの話なんじゃないかと」


「じゃあ、貴公のその眼帯はなんなのだ?」


 そう、ボクは左眼におおきな黒い眼帯をしている。


「それに、吸血鬼のようなミステリアスな雰囲気……」


 ――そんなつもりはないけど、よく言われる。


「なんて華奢で肌が白いんだろう……。しょうじき、君。あたしのタイプすぎるんだけ――はっ」


小豆あずきの前で、どさくさに紛れて何言ってんだ! この泥棒猫!」


 ……うっわ、この現実。めんどうすぎる。


「眼帯は……、ただ目が悪いだけですよ。せっかく部活にお誘いいただいたんですけど、先輩達すいません。ボク帰ります。このことは誰にも言わないんで、それじゃ――」


「意を決してカミングアウトしたのに、梯子を外された気分」

「軍機を守るしかなさそうね……わたくしが、やります」

「あたしヒーローだから、直接手をよごすわけにはいかないけど、目の前で起きた殺人事件に気がつかないことは十分にありえる話」


 ロング黒髪のうつくしい先輩から、ガトリング砲の砲身が向けられた。

 その眼から、真剣だということが伝わってくる。


 ――しかたがないか……。


 ボクは眼帯を外す。


 そして、左眼をゆっくりと開く。映るのはモノトーンの世界。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。



 この世のすべての音が消えた。


 すべての音が消えたのは、すべての動きが失われたから。


 そう。


 ――ボクの左眼は時を止める。


 開いている間。全ては止まる。


 それが世の理。


 生まれてからずっと左眼が開かなかったボクは、数年前に――この能力を得た。

 得たというか「気がついた」「目覚めた」という方が、このばあい正しいのかもしれない。

 得たからといって、乱用することはなかった。

 いちど使うと、ひどく疲れる。というのもあったけど……この能力を使う、意味や意義を見いだせる出来事が、起こらなかったということが大きい。

 ……いや、けっきょくのところ、意義や意味を見いだすというのは、本人のこころ次第なのだろう。なにかの「目標」や「夢」や「希望」を設定して、その為に使うのもよいだろうし「欲」「衝動」といった類いのものに、こころ踊らせて使うのもいいだろう。

 だけどボクには、そのこころが「無」かった。

 ……それだけのことだ。


とても静かだ。


 ボクはこの時間が嫌いではない。流れていないのだから、これが時間といっていいのか判らないけど。

 ――耳がキーンとするほどの、静寂すぎる静寂のなか。ボクは歩を進める。このまま帰ってしまおう。向けられたガトリング砲を押しのけ、先輩達を避けて部室の入り口に手をかける。そのまま廊下に出てしばらく進む。


 よし、ここらでいいかな――


 ずらした眼帯をもどし、ふたたび左眼を閉じようとする。


 ――パタパタパタ。


 静寂を破る足音が近づく。


「あいつらこんなの穿いていたよ先輩!」


 と小豆の声。


 色柄とりどりの四枚のパンツを掲げている。



「だからお前は、何で動けるんだよ!!」



「あれ? 言ってませんでした? だって小豆あずき、異世界から来たから。この世界の人間じゃないから、先輩の能力の適用外ですよ」


 ……さらっと、ここにいた異世界人。


「宇宙人や人造人間や異世界人や超能力者がいないノォーッ?」なんていう有名すぎる台詞。はからずも、その酷コンプリートここに達成。この台詞の主が、ここにいたら大歓喜のことだろう。


「先輩。はい! あいつらのパンツですっ」


そういって、ボクにパンツを渡す小豆あずき


 うっわ……。やめろよ小豆あずき。ボクのせいになるだろ……。

 ……でも、カラフルだね。そして、とっても温かいねコレ……。


「懲らしめてやりましたよ。小豆の愛する先輩に刃向かうなんて、100万年速いっての! ポンコツ共が! せいぜいノーパンで過ごせ」


「ところで小豆。なんで四枚あるんだ? 先輩達のなら三枚のはず。枚数おかしいだろ?」


「一枚は小豆のですっ! キャッ」


「キャッ。じゃねーよ! おバカ小豆!!」


「その、ブルーのが小豆のですっ。カワイイでしょでしょ」


「しらねーよ!! ……ったく」


ボクは四枚のパンツを、ブレザーのポケットにねじこんだ。

左眼をゆっくり閉じて、ふたたび眼帯を着けた。


――時は再び、流れだす。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スティーブンキン部。 北乃ガラナ @Trump19460614

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ