俺は平穏には好かれないようです

「レイハ〜ハイあ〜ん♪」

「うぇ、あ、えと……じ、自分で…………」

「え〜? 良いじゃん〜✨」

「え、イヤ……自分で食べれ、ますし…………」

「…………何この茶番は?」

「蓼酷い!✨」

「呆れる前に、助けて下さい……」

先に食事をしていた二人を見て、後から来た蓼は呆れた。

耀翔がレイハを可愛がる気持ちは解らないでも無いし、レイハが困惑する理由も理解出来る。が、コレは流石にやり過ぎだと思う。

毛布一枚を身体に巻き付け席についているレイハに、耀翔はまるで幼子を相手にするかの様に、パンやスープをレイハに食べさせている。当然レイハは困惑するが、耀翔がニコニコ笑いながら差し出すので、結局抵抗は見掛けだけになっている。

「…………酷いも何も、レイハだって自分で食べれるって言ってんだから、わざわざ食べさせる必要無いでしょ? レイハもレイハだよ。耀翔に対してはもっと強く言わなきゃ、聴いてくれないよ?」

「だって〜✨ 可愛いンだよ〜♪」

「言ってる筈なんですが……」

「…………取り敢えず耀翔は後で縛り上げて、外にでも棄てようか」

「怖っ!?」

「え、イヤ……其処までしなくても…………」

「…………まァ冗談だけど。騒々しいのは好きじゃない」

蓼はそう呟くと、自らも席について食事を始めた。蓼としては単に騒がしいので、少し落ち着けと思い、二人に喝を入れたのだ。

食事を取りながら様子を伺えば、耀翔は平然としてお気に入りのクロワッサンをちぎって、口に運んでいた。耀翔とは対称的にレイハは困惑した顔をしながら少しずつ、ポタージュスープを飲んでいた。

(クスッ……二人とも可愛いなぁ…………)

「……蓼お前今『可愛い』って思っただろ!? レイハはともかく、俺は可愛くないぞ!?」

「…………僕も、可愛くないです……」

「…………何言ってんの二人共? 可愛いよ?」

耀翔とレイハの反応を見て、朝食のパンを食べながら蓼がキョトンとした顔で言った。それに耀翔が猛反発する。

「俺は、絶対、可愛くない!///」

「…………耀翔、照れてんの? 顔真っ赤だけど。ってかよく僕が二人の事『可愛い』って思ってるの、解ったね?」

「照れて無い!/// 当たり前だろ、何年一緒に居ると思ってんだ、馬鹿蓼!/////」

「…………当たり前なんだ……レイハ、耀翔の顔、真っ赤だよな?」

「へ? ア、ハイ。真っ赤……ですね」

「レイハまで!?」

三人での朝の賑やかな食事が終わり、久々のOFFを楽しんでいた時だった。

「ごめん遊ばせ、此処に水無月蓼様と国原耀翔様が居らっしゃるとお聴きしたのだけれど……居らっしゃるかしら?」

凛としながらも和やかな雰囲気を切り裂く、美声が辺りに響き渡った。

その声を聴いた瞬間、蓼と耀翔が身体を固めた後素早くレイハを背後に隠した。

「…………あら此処に居らしたのね。お久し振りね、『二玉のホープ紫水晶アメジスト』様?」

「…………何しに来た、帰ってくるのは少なくとも後三年後だと聴いていたが?」

「…………何しに来たンだ。軽々しくこの邸宅の敷居を跨ぐなと、言っただろが」

「あらァつれないわねェ? 仕事で少々立ち寄っただけよ?」

「…………ハッ飛ばされた先ではその人格でいってる訳か。…………他人ヒトのプライベートに立ち入るなんざ、随分腐ったと見える。よほど向こうでの生活は退屈か?」

「…………仕事なら枢機卿カーディナルに通してから来るんだな。お前なんかに構う暇など無いのだから」

「……………………蓼さ……耀翔、さん……?」

「「黙って、大丈夫だから」」

何時もの落ち着いた雰囲気が消し飛び、二人共警戒心をあらわにして現れた絶世の美女を睨み付ける。いきなり現れた美女の存在に恐怖を覚えて、震える声で呼び掛け、震える手で二人の衣服の裾をギュッと握ると、二人の心強い返事が帰ってきた。

彼女はそんな二人の警戒を意に介する風も無く、二人の後ろに隠れているレイハを見て、ふぅん……と呟いた。

「耀翔様と蓼様はよほどその子が気に入ってるようね?」

「…………ソレがどうした。貴様には関係無い話だろう……彩煉さいね

「…………幾ら頑張っても、お前には手なんか出さねぇよ」

「本っ当につれない人達ねぇ……災厄と不幸しか招かない『黯赭之瞳ブラッディ・ブラック』を愛でるなんて、宮様を貶めるにも程があるのでは無くて?」

そう言いながら彩煉と呼ばれた女性はレイハをジロリと見た。その視線には嘲りと軽蔑を含んだ憎悪の瞳だった。

「…………戯言はそれだけか、死に掛けの亡霊が。亡霊が生者を惑わすことばとしては、随分着飾るものだな?」

「…………確かに誘惑的な詞ではあるけどな……けど、俺らみたいな輩には無駄な囁きだぞ、彩煉?」

「アラアラ本当につれない御二方ねぇ……じゃあそこの『黯赭之瞳ブラッディ・ブラック』に訊いてみましょうか?」

つれない主人マスター二人に業を煮やしたのか、彩煉はレイハを艶やかな藍玉アクアマリンの瞳で覗き込んで言った。

「!? ……俺……?」

レイハは驚きと怯えが混じった声で彩煉を見返す。『黯赭之瞳ブラッディ・ブラック』などと嘲笑混じりの呼び名で呼ばれた事など、あの薄気味の悪い奴隷オークションで呼ばれた時くらいだ。

「そう、貴方よ。本来貴方はこの世に必要の無い存在なの。なのに何故貴方はそんなにのうのうと、息を吸って生を謳歌している訳?」

「…………! ……ソ、レは…………」

知ってる。そんな事は今更言われなくても、理解してる。俺なんかが生きていて良い訳が無い。親を殺して生き長らえて、この人達には言えない様な汚い事も随分やってきた。ソレをわざわざ言われなくても、身にも精神こころにも、深く深く刻まれている。俺は、俺なんかが……

「「レイハ!!」」

俺の名を呼ぶ声でハッと意識が現実に引き戻された。

俺の名を叫んだのは蓼と耀翔。レイハの傷を抉り抜いた張本人である、銀髪シルバーブロンドの美女は一歩離れた所から此方こちらを愉しそうに眺めている。

そして一言。

「あらァ? 止めちゃうのね? 折角ソレの傷が解るかも知れなかったのに……?」

五月蝿うるさい。俺らは此奴コイツの傷口を開いてまで、傷を知りたいとは思わない」

「…………僕らは彼が自ら話してくれるようになるまで、根気強く待ってる。お前みたいなせっかちとは訳が違うんだ、さっさと帰れ」

「……………ァ、ァ……」

「残念だわァ〜折角、過去之傷トラウマを引き摺り出して心行くまで、遊んであげようと思ってたのに……」

そう言って彩煉は未だにガタガタと身体を震わせている、レイハに近付きレイハの顎を引いて顔を覗き込んだ。

「ひぃ……ッ……!」

自然と怯え、喉が引き攣った声を立てる。瞳には薄らと涙が浮かび、何とも蠱惑的だった。

彩煉はそんなレイハの様子を愉しそうに見ながら、言う。

「ねェ貴方、私の所に来ない? たっぷり可愛がってあげるわよ? それとも宮様に可愛がって貰いたいのかしら?」

「彩煉、何を……!?」

「…………何、言ってる……!? お前、まさか宮様に献上する気か……!?」

「ひっ……や、やァ……ッ…………!」

今まで会った人で無し共よりも恐怖を覚えた。

奴らは俺という存在を蹂躙しようとするだけであって、死後まで蹂躙はしない。なのについ先程現れたこの人は、俺が息絶えた後も蹂躙する気なのだ。

怖かった。父に殺され掛けた時よりもずっと。

「ねェ悲鳴ばかりあげてないで答えたらどうなのかしら? 貴方の怯えた声も良いけれど、私は生憎時間が無いの。早く良いお返事を下さいな?」

「彩煉、ちょっ……!?」

「…………レイハ……レイハ、君の意思はどうなんだ?」

「…………お、れは……」

自分の意思? そんなモノ考えた事も無かったかもしれない。ずっとずっとこの瞳のせいで、追い掛け回され、蹂躙され、ボロボロに引き裂かれた。もう身も心もズタズタだ。自分の事なんかどうでも良いと思うほど……

けれど、死んで楽になりたいとは思わなかった。死んで楽になれるなら、父や母やその他大勢の人間が俺に殺された意味が無くなる。

だから…………

「…………俺は、貴女の元にも、宮様の元にも、行きたくなんか……ありません」

「…………あらァ残念だわァ〜……フラれちゃった♪ まァ元々期待はしていなかったけれどネ? じゃあそろそろお暇するわ、時間も来てる事だし。バァイ♪」

「二度と来んな変人種!」

「…………耀翔ソレお前が言えないからな……」

銀髪美女はその返事を聴いてクスクスと可笑しそうに笑うと、ニッコリしながら手を振って扉の外に消えていった。

「ったく……何でいきなり…………」

「…………レイハ、大丈夫?」

「…………ァ、ア……大、丈夫だ……」

「「レイハ……!?」」

ア、レ……? なんか身体が、動かない、や…………

そう考えながらレイハは意識を闇の中に沈み込ませていった。

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