第1話 ほうとう

ホテルにチェックインする前に山中湖畔に立ち寄った。

 車から降りて深呼吸する。運転で怠くなった背中をぐっと伸ばし、呑気に湖を泳ぐ白鳥を目で追った。

『たしか町おこしか何かで繁殖させたんだったよな』


「うんちくは嫌われるぜ」

 ふと友人に言われた言葉を思い出す。こんなんだから彼女にも逃げられたのかも知れない。


『ダメダメせっかくリフレッシュに来たんだから』


 どこかで聞いたことのある様な声が聞こえ、周りを見渡すが誰もいない。


「空耳か?」

 こりゃ相当疲れてるなと嘆息し、再び車に乗った。


 途中ほうとうで有名な店に入り、地元の名産に舌鼓を打つ。平たいうどんは啜ると言うより火傷をしないように口に運び、独特のモッチリとした食感を楽しむ。絡みついた汁が喉の通りを促しスルスルと胃の中へ消えてゆく。


「ふぅー」


『ウフフ。これこそ俺が望んだ休暇だって顔してる』


「ん?」

 まただ。確かに聞こえた。

 これが夜中なら背筋が凍ったかもしれないが、今はちょうど昼。

 暖かな陽射しを涼しい風が中和して心地よい環境だ。それに声はどこか懐かしくそれ自体が温かみのあるものだった。


「レシートはご利用になられますか?」

「いえ。大丈夫です」

 そう言ってサッと店を出ようとすると呼び止められた。

「失礼しました。あ、あのお客様」

「はい」

 なんだ?

「もしよろしければパンフレットをお配りしておりまして……」

 あぁ、なるほどね。レシートも受け取らない客にまで案内しなきゃいけないのは大変そうだな。

「ありがとう」

 そう言って受け取っておいた。


 バタンとドアを閉め、エンジンをかけた。

 シートベルトを締めた所で助手席に投げおいたパンフレットがパラリと開く。


【富士浅間神社】


『ここから近いな……』

 大してプランなども無い。


「寄ってくか」


 行き先を変更して浅間神社に向かった。


 大きな鳥居が印象的でそこをくぐって本殿に到着する。作法などよく知らんが、前を行ってたカップルに習って参拝した。


『やっと来たね』


 目の前にはとても綺麗な花の香りのする美女が微笑んでいる。


「あ」

 思わず声をあげて、全てを思い出した。

 彼女の名は「コノハナノサクヤヒメ」前世の俺の嫁さんだ。

 そう。俺は「ニニギミノミコト」の生まれ変わり。爺さんは「アマテラスオオミカミ」であった。


「久しぶり」

「相変わらずですわね」


 何故俺がここに足を運んだのか漸く分かった。

 俺は昔から意固地になることが多かった。一度『いらぬ』と豪語したものは例え後から必要だったと気付いても突っぱねてしまうし、本音はそんな事望んでなくても命令した手前、引込みがつかなくて妻子を危険な目に合わせた事もあった。


「あなた……」

「あぁ。週明けからまた頑張るよ」


 ポリポリと頬を掻いてバツが悪そうに苦笑した。


 それだけ聞くと「コノハナノサクヤヒメ」はふわりと薫る花の匂いと共に笑顔を残してスゥーっと消えていった。


「なんかいい香り」

 カップルの女の子が彼氏に話しかける声が聞こえた。





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山中湖畔で会いましょう スライム緑タロウ @masiro-yuuga

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