米喰らう島

タカテン

米喰らう島

 蜃気楼って言うと、今ではそのメカニズムも解明され、さほど珍しいものでもございません。

 でも、昔の人にとってはまったくもって奇妙なもので、古代中国ではその光景を「大ハマグリが吐くによって作られた楼閣だ」などと言われたものでございます。


 さて、かつては入雲の国と呼ばれたこの地方では、日本はおろか世界でも類を見ない特殊な蜃気楼が観測されることで有名です。

 本来なら遠くにある景色が反転したり、引き伸ばされたりして見える蜃気楼。ですが、ここの海では世にも不思議な島の蜃気楼が突然姿を、しかも何日間にも渡って現すのでございます。

 様々な天候条件が重なることで現れるこれを地元の人々は訛る口調で『米喰らう島』と呼ぶのですが、さてさて、今日はその由来となった話を語るといたしましょう。



 先ほどの入雲の国と呼ばれていた時代のことでございます。

 八百衛門という男がおりました。

 この八百衛門、幼き頃からたいそう頭が良く、将来を嘱望されておられました。が、更なる学問を修めようと都にあがった際に『やりさぁ』なる輩と知り合ったのが転落の始まり。大成した八百衛門の帰りを待ちわびる故郷の人々の気持ちなど知ることなく、学問なんてそっちのけで遊びまわる日々を過ごしておりました。


 そんなある日の年の暮れ。『やりさぁ』の連中が「お年玉と言う風習を捏造し、親から金を巻き上げようぜ」と帰省してしまったので、八百衛門もそれに倣うことにしました。


 茶髪を黒く染め直し、湯丹黒屋で普段は着ない地味な服を買い、いかにも真面目に学問に励んでおりますという体裁を整えた八百衛門。

 これならば国の人々も「あんれまぁ立派になって」と感激し、熱烈歓迎してくれるに違いありません。


 しかして八百衛門の思惑通りになりました。

 が、あまりにも立派に見えすぎたのでしょう。

「そうだ、八百衛門なら、あの奇怪な島がなんなのか分かるに違いねぇ」

 と誰かが言ったのをきっかけに雲行きが怪しくなりました。


 わけの分からぬまま浜辺へと連れ出される八百衛門。

 海を見ると、なるほどこれは珍妙。水面に見知らぬ島が現れ、しかも何やら見たこともない建物まで見えるではありませんか。

 もちろん八百衛門にもこれが何なのか分かりません。

 内心、ヤベェと思いました。

 が、村人たちはそんな八百衛門に一艘の船を用意し、無理矢理海へと送り出してしまいました。


 八百衛門は仕方なく艪を漕ぎ島へ向かいます。

 しかし、漕げども漕げども一向に島には着きません。

 そう言えば村人が言ってました。

「わしらはどうやっても島に辿り着けなかったですじゃ。きっと化け物に化かされてもうたんでしょう」

 でもいんてりげんちゃあな八百衛門なら大丈夫と背を押されたのですが、そんなことを言われても無理なものは無理です。

 ヤベェ。

 このまま島の正体が分からずじまいで戻ったりしたらなんと言われるか。

 マジ、ヤベェ。

 でも都で遊びまくる日々を送る八百衛門の体はすでにハンパなく疲れています。

 こうなったらやるしかない。

 八百衛門は腹をくくりました。


「あれは神様が国造りをなさっておられるのだ」

 戻るやいなや八百衛門は待っていた大勢の人々にむかってそう言いました。

「島には辿り着けなかったが、それも神の御力によるものだろう。だが、某は見た。あの島で地面が勝手に削られ、木が倒され、それらが浮かんだかと思えば次々と建物を作っていく様を。あれこそは話に聞く大国主の国造りに違いあるまい」

 とんでもない口からでまかせでした。

 が、あのいんてりげんちゃあな八百衛門が言うならば間違いあんめぇと皆は信じてしまいました。

「神様のやることに某ら人間が関わることまかりならぬ。関わらなければ何も害はないから、今はただ見守るべし」

 かくして八百衛門はこのピンチを脱した……かのように見えました。

 が、この話がどこをどう伝わったのか、入雲のお殿様の耳に入り、直接話を聞きたいと使者がやってきたのです。


 絶対ウソってバレる。オワタオワタ……。


 八百衛門は絶望しました。

 が、やれるだけのことはやろうと懸命に大嘘を並べたところ、驚いたことにお殿様まで信じてしまいました。


 実は城でも突如現れた奇妙な島がなんなのか分からず困っていました。そこへ都帰りのいんてりげんちゃあが語ったという話は大胆ながらもどこか筋が通っており、しかも面倒くさがりなお殿様にとって「ただ見守るだけ」という対応策は実に都合が良かったのです。

 それにお殿様は実際に八百衛門と会って確信しました。

 この男、都にいたわりには黒髪で湯丹黒屋の服という地味な格好をしておる。きっと都の風俗に毒されることなく、真面目に学問に勤しんでおったのだな、と。


 そうです、お殿様の目は節穴でございました。


 さて、それはともかく、奇跡的にお殿様も騙し通したものの、やはり心はまだヒヤヒヤな八百衛門。

 しからば某はこれにて、と退席しようとしたその時でした。

「殿、大変でござる」

 と、ひとりの家老が慌てて部屋に入ってきました。

「あの島が忽然と姿を消したでござる!」

 

 蜃気楼ですから、そのうち消えるのは当たり前です。

 が、そんなことを知らないお殿様は驚き、絶句されました。

 勿論、八百衛門も同じです。

 え、あの島、消えたの? なんで? ナンデェェェェェ?

 って感じです。

 そして八百衛門は気付きました。

 お殿様が何かを期待するような目で、そして家老が意地悪そうな目つきで自分を見ていることを。

 どうしよう、めっちゃ答えを期待してるやん!

 なにか説得力のある答えを今すぐ出さないと……。


「国造りとはとても大変なものでございます。さすれば」

 しばらく考えた後、震えそうな声を必死に隠し、体中から滲み出てくるいやーな汗を懸命に抑えながら八百衛門は口を開き、そして言いました。


「神様も面倒くさくなって、飽きられたのでございましょう」



 これがこの地方に伝わる嘘八百衛門の『米喰らふ島』のお話でございます。

 ちなみにこの答えに心底納得されたお殿様はたいそう八百衛門を気に入り「嫌でござる。絶対働きたくないでござる」と嫌がるのを無理矢理配下にされてしまわれました。

 しかし、所詮は口からでまかせの八百衛門。以降、お殿様に重用されるも悉く失策を重ね、入雲の国のかつてない暗黒期を招きます。

 それでもかの神々の島を説いた功績は死後長く語り継がれておりましたが、昭和の始め頃にあれが蜃気楼だと広く伝わると、その名は完全に地に落ちました。


 かくして『嘘八百でまんまとお殿様に取り入られ、米を食らい続けた者の島』という意味合いで、この地方ではかの現象を訛り気味に『米喰らう島マインクラフト』と呼ぶようになったのでございます。

 

 おそまつさまでございました。ちゃかちゃん♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

米喰らう島 タカテン @takaten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ