おまけ

モノノ怪クリニックの誕生秘話

 ○~○~○


 広大なネット小説の世界、そこに『カクヨム』というサイトがある。


 そのサイトのさらに隅、そこにとある作品がある。


 だがその作品、時代とともに忘れ去られてしまった。


 そしてすっかり埋もれて、今は作者のみが知る作品となった。

 

 その作品、名を『モノノ怪クリニック』という。


 だがその診療所にはご近所のフォロワー様以外、誰も寄り付かない。


 その作品には昔からある噂が絶えなかったからだ。


 その噂いわく「あの作品には作者が出ている」というのである…



 ○~○~○





前編「山吹の章」


   🌸


「山吹先生、今日も誰も読んでませんねぇ」

 診察ベッドに座るクロコは赤ぶちの眼鏡にすっきりとしたパンツスーツという姿。なんとなくだが、出来るビジネスウーマンといった感じ。

 今日のクロコは私の担当編集者なのである。


 そのクロコは膝にノートパソコンを広げている。そしてカクヨムというサイトの小説管理ページを開いている。ここには作品の評価はもちろん、ページの閲覧数など細かなデータが出ている。

 うん。今日もあんまり読まれてないみたい。


「仕方ないですよ。一度完結してますからね。でもね、むしろ私は喜んでいるんです。それだけ皆さんの現実世界が充実している証拠ですから。むしろ読まれないくらいでちょうどいいんですよ」


 そう言ってすっかりぬるくなったお茶をつつーっと一口。ふむふむ、どうしたものだろう? 真っ白なままの原稿用紙を眺める。もちろん朝から一行も書いていない。アイデアが湧かないのだから仕方ない。


「そんなことないです。ほかの作家さんたちの作品はたくさん読まれてます!」


 くっ。私はパソコンのことはからきしだが、クロコがそう言っているのならそうなのだろう。それにしてもこんな時間にネット小説読んでるなんて……


「……ヒマ人たちめ……」


 と、クロコが口元に指を立てた。それから親指と人差し指で、見えないファスナーをつまみ、口元を横に移動させた。


 ああ、はいはい。お口にチャックね。


   🌸


「それより先生、このままじゃ本当に埋もれちゃいますよ! ちゃんと新作も書いてください!」

 クロコにビシッといわれ、思わず私は背を正してペンを握りなおす。


「分かりましたよ。でもねぇ、そんな風に背中から見られていると、いいアイデアも浮かんできませんよ……そうだ! 気分転換に散歩にでも行きましょう」

「ダメです! とにかく新作を書いてくれるまでは、外には出しませんっ!」


 クロコはノートパソコンを畳み、腕組みをして私をジッと監視してくる。

 うーん。これは本格的に取り組まないとまずそうだ。


 最近なにか面白い話があったかな?

 しばらく気持ちを切り替えてアイデアを考えてみる。


 ……ないな。なんにもなかった。

 そうそう事件なんて起こらないし、そもそも厄介ごとは遠慮したいし。


「ねぇ、先生。最初は良かったんですよ。ほらなんとかウォッチのブームもあるし、話もコンパクトにまとめていたから。評価やレビューもすぐ着いたし」

「そうでしたね。レビューはとてもうれしかったですね」

「第一話のネコなんかとてもかわいく書けていましたよ」


 クロコがちょっと褒めてくる。

 私はなんともうれしい気分になったが、いつも通りのポーカーフェイス。


「そうだったかもしれないですね。特に意識してませんでしたが……」


 と言いつつも、そのあたり実はちゃんと考えてあった。

 まぁ動物モノとかモフモフものはみんな好きらしいし。

「……特にネコはマニアが多いからな……」


 と、今度はクロコが私にイエローカード突きつけた。

 どこから取り出したかは知らないけど、まぁ余計なことを言うなってことだ。


 今回は警告、次は退場ね。


  🌸


「こういう時は原点に戻るといいですよ。先生ならきっと書けます」


 クロコは私の耳元でささやく。催眠術にでもかけるように。

 原点か……


 そもそもなぜ私は物語を書こうと思ったのだろう?

 なぜ自分のことを書こうと思ったのだろう?


 一つにはクロコにそう言われたからだ。

 でも私は最初断った。だって私の物語を聞かせたところで、誰も面白くないだろうと思ったからだ。


 ではどうしてだろう?

 原点。

 あれはたぶん三か月くらい前だ。クロコとカップうどんを食べていた時だった。


「そうです、先生。原点を思い出してください!」


 私はその時のことをゆっくりと思い出す……


   🌸


「はぁ、たまにはご馳走が食べたいですね」

「あたしにはこれがご馳走ですけど」

「そうでしたね」

 私はクロコのカップにお揚げを一つ移動させた。

 クロコは目を輝かせてその様子を見ている。そしてカップに移動するや、熱々のお揚げをハフハフと頬張った。


「たまにはウナギでも食べたいですね」

「ウナギ、ですか。それ百万円あれば食べられますか?」

 わたしはいきなりの金額に少し驚いてしまった。

「そ、それはもちろんですが……」



「そんなもの書けませんよ。わたしは作文が苦手でしたし」

「大丈夫です! 実はあたし小説サイトがあって、そこでいっぱい読んでるんです、だからあたしが編集者になって、先生がこの病院の物語を書けば……」


「どうなるんです?」

「このサイト、カクヨムっていうんですけど、コンテストもやってて、一位を取れば賞金が出るんです。その額なんと百万円!」


 その瞬間、私は決意したのだ。


 絶対に小説を書いてウナギを食べてやると!

 

   🌸


 


 私がそう言った瞬間、クロコからレッドカードが突きつけられた。





後編「クロコの章」


   🦊


 トントントン

 あたしは先生が手書きした原稿用紙の束を揃えた。


 最終回のタイトルは【桜鼠】


 思い返せば、このクリニック最大のピンチで、最高に素晴らしい一日だった。

 あたしにとっても、山吹先生にとっても一生忘れられない事件だった。

 

 しかし先生の字はとにかく読みづらい。ペンで書くのが気分がいいと言っているが、あたしからしたらいいメーワク。

 しょっちゅう訂正の二重線があるし、あちこちから矢印が飛び出て、また解読不能の文字列につながっているし、ひどいのは段落ごとの順番がしょっちゅう入れ替えてあるのだ。


 でもあたしにとっては大事な原稿。

 山吹先生が一生懸命書いた大事な原稿なのだ。


   🦊


 実は先生に内緒にしていることがある。


 先生が書いた原稿をもとに、あたしはこの物語を前編と後編に分けてあるのだ。


 そして後編にはあたしだけが知っている秘密を紛れ込ませてある。あたしは編集者として、先生の物語とあたしの物語をつなげて一つの物語を完成させていたのだ。


 でもこの作業がけっこう難しい。

 でもあたしにとっては本当に楽しい時間だ。


 これは先生とあたしの二人の物語だから。


   🦊


 そしてあたしは今日もノートパソコンに先生の物語をタイプし、そこにあたしの物語をつけくわえ、カクヨムのサイトにアップする。


 本当のことを言うと、あたしは賞金はどうでもいい。賞をとることもあんまり目的にしていない。

 先生にはお金の話をしたけれど、それはただただ先生に物語を書いてもらうためだった。あたしとの思い出を形にして残してもらうためだった。


 それがあたしが物語をつづる本当の目的。


 誰かがこの物語を読んでくれて、こんなに楽しい話があるんだと思ってくれればそれでいい。


 このクリニックには優しい先生がいて、先生が大好きな女の子がいることを知ってほしい。


 あたしの願いはそれだけ。


   🦊


 このカクヨムには優しい読者さんがいっぱいいる。


 その誰かの心に、ほんの少しでも楽しい記憶として残ればいいな。


 だって賞や賞金を狙って書いても、本当に自分が求める物語を書くことは難しい。


 世間ではこういうでしょ?


『二兎を追うものは一兎をも得ず』


 あたしは一兎で十分なの。




 ~終わり~

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モノノ怪クリニック 関川 二尋 @runner_garden

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