変えようのない「好き」と、かけがえのない「好き」の物語。

 セクマイ関連への理解や啓蒙が進み、性的マイノリティ当事者にとって昔よりは生きやすい世の中になった……と思いきや、そうした運動があらぬ方向に進み、却って生きづらさを深める当事者もいる。
 そんな現状の中で、マイノリティ当事者から放たれた、叫びと祈りを込めたエンタメ小説。マイノリティだと自覚する人を、あるいは自分を「普通、マジョリティ」だと思い込んでる人を、つまりあらゆる人の「性と愛の在り方」を見つめなおす上での一つのテキストとしても素晴らしいと思いますし。
 同時に、出会いを通して自身の世界が変わる青春小説としても非常に面白い、異色の「ボーイ・ミーツ・ガール」物語でもあると思います。

 主人公の安藤くんの、「女を愛したい」という理想と、「愛せるのは男」という現実の間であがく姿は胸を刺しますし。「彼女」である三浦さんの、好きな人と結ばれたはずなのに……という苦悩もまた切なく。
 ゲイと女子という、本来は「合わない」組み合わせではありますが、僕はこのふたりの関係性をとても尊いものだと感じました。
 
 彼女に興奮できない、彼氏が興奮する人は自分じゃない。それは努力や思いやりでどうにかなるもんじゃない。
 しかしそれでも、たとえ相手とずれていても、相手を「好きだ」と思い合い、取り囲む世界を変えようと、それに応えようとする真摯な姿に、嘘はないでしょう。
 大切な人のために。それは異性愛男女でなくとも、互いのSOGIがどんなだろうと、性的興奮が絡まなかろうと、変わらず普遍的に眩しい感情だと思います。だからこそ二人の間の絆は、かけがえのないものに思えました。
 この、別に高校生男女でなくとも描ける感情を、高校生男女という、恐らくトップクラスに「カップルとして結ばせがち」な属性の二人で描くことに、大きな意味と面白さがあるのでしょう。

 彼ら二人だけでなく、取り巻く人々もそれぞれに癖と魅力があり、マイノリティに関わる多様な視点が描かれていました。なかでも、主人公にアドバイスを送るミスター・ファーレンハイトの台詞は名言箴言の宝庫です。セクマイ関連はよく知らないという人は勿論、ある程度は理解できてるという人も、きっと新たな気づきがあるでしょう。

 蓋をされてきたダイバーシティが顕在化してきた、そんな2010年代に生きるあらゆる人に、新たな発見と瑞々しい面白さを、「出会えて良かった」もたらす物語だと、自信を持って掲げたいです。

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