第2話 太極春秋堂 「御社の紙牌が犯罪に使われることについてどうお考えですか?」

「お待たせいたしました。只今よりホテル・トランスオクシアナと太極春秋堂による合同記者会見を始めたいと思います」


 ホテル・トランスオクシアナの一室に用意された椅子が八割ほど埋まったところで、司会の女性が言った。


 彼らの前には一段高くなったステージが用意されていて、演台には各社のマイクが一つに束ねられて設置されていた。


「カメラマンの方は最前列までどうぞ」

 拍手と共に壇上に二人の男が現れて、それを合図にカメラのフラッシュが焚かれた。


 二人とも老齢で一人は痩身もう一人はでっぷりと肥えいかにも金持ちといった感じだった。


「やあ、ありがとう、ありがとう。当ホテルのオーナー、カンビュセスです」

 最初に太った男がマイクを握った。


「今日は私どものためにこんなにもたくさんの方々にお集まりいただき、誠にありがとうございます。もちろん皆さんの関心の大半がこちらの春秋堂さんの持ち物にあることは分かっていますが、それを立案し提案し実現させたのは私なので、やっぱり私が威張っても罰は当たらないと考えています」


 マスコミ席の中から笑いが起こりカンビュセスも気を良くしたように笑った。


「さて、この度我が社がこのトランスオクシアナの地に初めてテーマホテルをオープンさせて以来十年が経ちました。皆さんも既にたっぷりと我がホテルの出し物を楽しんでいただいたと思います」


 カンビュセスの後ろのスクリーンにホテルの全景が映し出された。


「この通り我がホテルは古代オリエントをテーマにデザインされ、入り口にはクセルクセス一世の万国の門が立ち、ホテル本体はウルの ジッグラト 階段型ピラミッド を模したものになっています。ジッグラトは古代メソポタミアの神殿であり、そこでは古代の神官達が超自然的な存在の為に祭祀を執り行っていました。私どももこの故事に倣いまして、十周年の暁には是非とも超自然的な存在をイベントの目玉にする必要がある、そう考えた次第です。幸運なことに私は『紙牌』の世界的なコレクターであり、現在までに発売された全ての『紙牌』を持っております。これは恐らく世界でも数人しかいないはず。……しかし逆に言えば数人はいるのです。そこで春秋堂さんの出番というわけです」


 背後にいた痩身の人物が代わってマイクに声を通した。

「マスコミの皆様こんにちは。太極春秋堂でございます」


 同時にスクリーンには緋文字で「太極春秋堂」と映し出された。紙牌に書かれた文字と同じ書体だった。


「失礼とは思いますが私個人の名前は控えさせてください。ご存知の通り我々は創立以来ずっと一切合切秘密のまま誰も何も表に出さずに営業を行ってまいりました。一部の陰謀論好きの方々には悪魔崇拝の教団か何かと誤解されておりますが、決してそういうものではございません。ただ山に籠る隠者のように静かに過ごしたいと考え、実際そうしてきただけでございます。と言うのも我々の扱う商品『紙牌』は超自然的な力を秘め、使用者は世間一般で言う超能力者のように振る舞うことができます。そのようなものを扱うのでございますので、我々が身を隠したいと考えるのもご納得頂けるかと存じます。さて、今回我々は長い休眠を経て新紙牌を発売するに至りました。ホームページでは告知済みではございますが、既に発売された二十四種類、つまり『加熱』『氾濫』『光明』『暗転』『電影』『旋回』『機動』『幻惑』——」


 スクリーンには彼の言葉に呼応して次々と文字が現れては消えた。


「——『忘我』『没入』『観察』『指南』『走査』『俯瞰』『透過』『圧縮』『解放』『凍結』『接続』『分解』『反転』『回視』『予見』そしてワイルドカードである『万物』、これらに加えて新たに『再生』の紙牌が誕生いたしました。そしてこの『再生』を来月の発売の前に、ホテル・トランスオクシアナさんに十周年を祝して一枚提供することになりました」


 拍手が沸き起こりカンビュセスと春秋堂がガッチリと握手を交わした。


 再び光るカメラのフラッシュの中、二人とも眩しそうに目を細めながらも誇らしそうだった。


 撮影が終わると再度カンビュセスがマイクの前に立った。


「さて、この手に入れた『再生』のカードと私のコレクション。一人で愛でるのは少々強欲というもの。そこで我々はこの二十五種類の紙牌を再来週の十周年記念イベントに合わせて特別室にて展示いたします。これは世界でもここだけにしかありません。自由の女神はパリにもありますが、全ての紙牌が揃っているのはここだけですぞ! 」


 一人の記者が手を挙げ、司会の女性が自分のマイクを握った。

「質問の時間は後ほど取ってありますので——」

「いや、構わんよ。質問を受け付けよう」

 カンビュセスが口を挟んだ。


「では最初に会社名とお名前をお願いします」

「『ワールド・タイムス』のレンゾです」

 若い男の記者が立って名を告げた。


「春秋堂の方にお訊きしますが、御社の紙牌が犯罪に使われることについてどうお考えですか? 先月、ロシアで起きた銀行強盗の男は『忘我』のカードを使った狂乱状態だったという話です。彼はたった一人で銀行に押し入り、警察に蜂の巣にされながらもまんまと逃げ切りましたが」


 春秋堂はマイクの前に立つと数秒沈黙した。どうやら慎重に言葉を選んでいるようであった。


「言うまでもなく犯罪というのは許されない行為であり、被害者の方々には謹んでお悔やみ申し上げます。しかし我々は犯罪の為に紙牌を作ったのではありませんし、如何なる誘発行為も行っておりません。繰り返しになりますが、人を傷つけることを目的にしたカードは只の一枚も存在しません。新しい発明が世に送り出されますと、同時にそれに絡んだ犯罪や事故も発明されます。自動車の発明で世界は毎年百万人の尊い命を失っています。犯罪に使われた件数はこれよりも多いでしょう。しかしそれ以上に救われた命も多いはず。これは我々の商品も同じでございます。もちろんだからと言って仰られたことが些細なことだとは申しません。被害者の方々に対し喪に服し礼する気持ちは失わずこれからも業務に励んでいきたいと思います」


 別の女性記者が手を挙げ、司会に指された。


「『経済列島』のサクラです。紙牌がマフィアの資金源になっている状況についてご意見をお聞かせください。一番安い『加熱』のカードで二十万ディル『万物』にいたっては一千万とも二千万とも言われていますが」


「ご存知の通り発売時の値段が既に高額で、一部のカードを除いては在庫がなくなり次第販売を取り止めておりますので、こうなることは予想されていました。もちろん我々としましては健全な市場で健全に取引していただきたいと考えておりますが、既に手を離れコントロールは不可能であります。値段を下げ流通枚数を増やすとか、今のように一度使うと消滅するのではなく二度三度と再利用できるようにすればこれらの市場は崩壊しますが、そうすると今度は犯罪を助長しかねません。正直痛し痒しと言ったところですかね。こんなところでよろしいですか? 」


「もう一つ。何故これまで一切マスコミの取材を受けなかったのに、今になって公の場に出てこようと思われたのですか? 」


「注目されるのは好きではありませんが、商売をしている以上忘れ去られるのも困ったものでして。最後に『予見』のカードを発売して以来、事実上活動を停止しておりましたので、再開する為には少しばかり大き目の花火が必要と考えました」


 次の記者は高齢の真面目そうな男だった。彼の表情には幾分敵意のようなものが感じられた。


「『信仰と寛容』のヒッポです。あなた方はその紙牌と言う代物が神の摂理に反しているとはお考えにならないのですかな? カード一枚で過去を見れたり未来を見れたりする。これらの奇跡は金銭の多少ではなく汚れなき真心によってのみ起こるべきです」


「『回視』と『予見』のことを仰っているのですか? それだったら一つ訂正させて下さい。我々の『予見』は予測であって予知ではありませんので、完全なる未来を見通すことはできません。さて、ヒッポ氏の質問は多分にデリケートな問題をはらんでいますので、我々としましては何も回答できないと言う回答でここはご容赦ください」


 ヒッポがしつこく手を挙げたが、司会の女性には無視された。


「皆様そろそろよろしいですか? ……それでは他に質問もないようなので、ここで太極春秋堂発売の全カードを一般の方よりも早く皆様にお目にかけたいと思います。もう一度カメラマンの方々は前にお越しください」


 一人の美しい女性がショーケースの乗ったワゴンキャリーを押して登場した。横にはガードマンが四名つき、彼らの手にはライフルが握られていた。


 女はマスコミの前でワゴンキャリーを止めると、にっこり笑ってベールを取った。


「全二十五種類、もちろん鑑定済みの正真正銘本物の紙牌でございます! 」

 カンビュセスが声を張り上げた。


「世界広しといえどもこれが揃っているのはここだけですぞ。それをくれぐれもお忘れなくお書きください。紙面にしていただけると約束された方のみ、我がホテル特製のマシュマロを無料で提供させて頂きますぞ! 甘くてとっても美味しいですぞ。思わずホッペが落ちますぞ! 」

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