第17話 待っていたもの 「今直ぐエレベーターを止めて!」

 滑るように万国の門に横付けされたリムジンから、飛び出すようにして四人は降りた。


 時は夜の九時、辺りはまだ観光客で賑わっていた。


 ドアを開け大股でロビーを闊歩していると、チャールズがカウンター越しにキーを手渡してきた。


「車を頼む」

「分かりました。あの、さっきの約束お願いしますね」

「分かってる。そのことも含めてちょっとハイドラと話してくるからな」

「頑張ってください。応援してます」


 その時、エッと側にいたメイドが顔を上げた。ココだった。

 彼女はウルフパックたちの後ろ姿を見て、瞬間、彼らの目的を理解した。


「チャールズ、あんたまさかハイドラさんたちの部屋番号を教えたの? 」

「そうだけどどうしたんだい。そんなに怒った顔をして? 」

「あんた……やられたようね」

「何がだいココ? 」

「何でもないわ。それよりハイドラさんにお届け物届いてなかった? 」

「いや、来てないけど」

「そう。ちょっと電話借りるわね」


 ココは受話器を取ると素早く1933に電話をかけた。ベルが一度、二度、三度と鳴り、ココの焦りが次第に募っていった。

「出てハイドラ……」


 チン、とチャイムが鳴りエレベーターの到着を告げた。


「お願い……電話に出て! 」

 ウルフパックたちがエレベーターに乗り込み静かにドアが閉まった。


 ココは一度電話を切ると別のところにかけた。

「もしもし管制室? 」

 幸運なことにこちらは直ぐに出た。

「今直ぐエレベーターを止めて! 銃を持った四人組が乗ってるの! 」

「了解した」

 管制官が緊急停止ボタンを押し、残りの一人が警備に連絡を入れた。


 機械の音が静かになって徐々にエレベーターは上昇を止めた。


「……どうした。故障か? 」

 ウルフパックが頭上を見ながら言った。

「幸先悪いわね」

 リサーが顔を顰めチーリンがドアを蹴飛ばした。


「只今、夜の一時点検を行なっております。大変ご迷惑をおかけしますが、もうしばらくそのままでお待ち下さい」

 エレベーターの緊急通話口から男の声が流れてきた。

「さっさと頼むよ。こっちは急いでるんだ」


 ウルフパックの苦情が効いたのかエレベーターは間もなく動き出し、やがて目当ての十九階へとたどり着いた。


 ドアが開くとウルフパックはニッコリと笑った。

「おお、これはこれは懐かしの我が友よ」


 そこにはアンドリューと三人の部下が立っていて、全員銃を構えて臨戦態勢を整えていた。


「どうしたんだよ。久しぶりに会えて嬉しくないのか? 」

「手を上げろウルフパック。舐めた真似すると承知しないぞ」


「承知しないって……おいおい、何をそんなにいきり立ってる。俺が何かしたか? ただエレベーターに乗ってただけじゃねえか」

「これから何かをする。お前はそういう奴だ」


「そりゃ偏見だよ。俺はここにいた時も問題を起こさず最後まで立派に勤め上げたじゃねえか」

「それはどうかな。大金庫のカードを盗んだのはお前らじゃないのか? 」

「あれは俺じゃあ——」

 サッとアンドリューの手が伸びてウルフパックの胸ぐらを掴んだ。

「やっぱりお前らだったのか」

 それから返答も待たずに床に投げ飛ばすと、銃を顔に突きつけウルフパックの銃やナイフを素早く抜いた。


 部下たちもまたチーリンたちから武器を取り上げ壁に立たせた。


「酷い奴だな。いきなり投げ飛ばすなんて」

「あの件はまだマスコミ発表されてないんだぞ。どうして知ってるんだ? 」

「イマキリとかいう刑事に聞いたんだよ」

「ほう、イマキリ警部からはそんな話聞いてはいないが? 」

「ああ、そりゃあれだな……」


 『忘我』で記憶を消しちまったからな、とウルフパックは呟いた。


「何だって? 小さくて聞こえないぞ」

「ゴミが……床に落ちてますぜアンドリュー掃除主任。米粒みたいなゴミがな。お客様に見える部分も見えない部分も、埃一つなくツルツルピカピカにしとかないとカンビュセスが怒るぜ」


「ふん」

 アンドリューは鼻で笑った。

「とにかくカードを持ってないか確認させてもらうぞ」


「カードは持ってるよ。ただし『再生』のカードは持ってない。泥棒じゃないからな。身体検査を受ける前に一つ確認しておきたいんだけど、カンビュセスのカードには名前でも書いてあったのか? もしくは目印とか。俺のカードを取り上げて、これはカンビュセスのだとか言われるのはごめんだからな。それとゴミ、拾っとけよ」


 部下たちが一斉にアンドリューを見た。

 アンドリューは考えているようであった。

「おい、ゴミを——」

「五月蝿え! てめえが拾いな! 」


「ヘッ、偉くなったもんだね。俺がいた時はペコペコしてたくせによ。嫌だねえ世間って。こうも簡単に手のひら返すもんかねえ」

 ウルフパックはブツブツ言いながらもゴミを摘むと一度電灯にかざした。


「面白え。このゴミ名前が書いてある。象形文字だな。東洋の文字だ。こいつは確か……『センジ・ムラマサ』って読むんだったよなあ」

 アンドリューの顔がみるみる青ざめていった。

 次の瞬間魔法でも解けたかのようにグンっと米粒が細長くなり、気づくとそれは抜き身の刀になっていた。

「『圧縮』してたのか! 」

「そういうこと! 」

 言うが早いが股下に剣を入れ半円を描くように振り上げた。


 天を指して止まった切先から雨のようにポタリポタリと血が滴った。


「さて、それではお前らには部屋を一つ取ってもらおうか」

 ウルフパックは立ち上がると言った。


「スイートなんて言わない。ほんの猫の額ほどの広さでいい。お前たちの死体を隠せればいいだけだからな」

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