第8話「手に手を取ってのワルツを」

 一夜明けて、ラルス・メルブラッドは上官からの無味乾燥なメールで事件の解決を知った。最精鋭部隊スペシャルズ、ゾディアック・サーティンの高級将校ばかりを狙った、エインヘリアルによる黄道艦隊連続殺人事件こうどうかんたいれんぞくさつじんじけんは無事に解決したのだ。

 輸送艦【クレインダッツ】の格納庫に、ラルスは夕暮れ時に顔を出す。

 そこには、再び偽装用ぎそうようのダミー装甲を着せられてゆく【オペラルド】の姿があった。


前座カーテンライザーだなんて、随分とまあ意味深な名前だったな。今思えば、さ」

『マスター、頼まれていた件を調べておきました。この騎体、【オペラルド】に関する情報はSSS級秘匿情報シークレット・トリプルエスでして』

「ああ、開示かいじされなかったんだ?」

『いえ、依歌ヨリカ中佐が手配してくれたので、閲覧可能でした』


 意外なことだと、改めてラルスは白亜に輝く騎体を見上げる。

 【オペラルド】……千年前に建造された、最古のエインヘリアルエンシェント・シリーズだ。

 忙しく整備班の老人たちが行き交う中で、その【オペラルド】のコクピットが開きっぱなしになっている。見上げるラルスの肩に座って、相棒のヴィリアが語り出した。


『最古のエインヘリアル【オペラルド】……征暦せいれき元年に建造された完全ワンオフの騎体です。先日も見た通り、今のエインヘリアルが装備する共通規格、有線接続によるディーヴァの解放は必要ありません。当時の設計思想では、そもそもディーヴァの力はあふれるままに周囲にまとい、そのフィールド影響下では全ての第一種禁忌兵装だいいっしゅきんきへいそうが使用可能になるんです』

「あの、最後に使った巨大な砲は……交響神音砲シンフォニックカノンは」

『今は建造不能になった、エインヘリアルが運用する第一種禁忌兵装の中でも最強の破壊兵器です。威力は御覧になった通りで、フルパワーで撃てばビッグバンにも匹敵するエネルギー量を発揮します。【オペラルド】は現存するオプション兵装の全てを、次元転移ディストーション・リープによって呼び出し、運用することが可能とのことでした』

「とんでもない化物バケモノだね、全く」


 今日は艦内に1Gの重力が発生してるので、ラルスはリフトを使ってコクピットまで上がる。普段とは違い内側のハッチ……【カーテンライザー】の装甲を着込む前のハッチをくぐれば、やはりそこに刑部依歌オサカベヨリカはいた。

 今日も彼女は、下着姿で気だるげに読書をしている。

 ちらりと表紙を見たが、若い男子学生が読むような少年漫画雑誌だ。

 彼女は誌面から顔をあげず、ラルスを見もせずにページをめくる。


「来たか、運転手。色々聞きたそうな顔をしているな?」

「わかりますか? 見なくても」

「当たり前だ、顔に書いてある」

「いや、僕の顔を見てないですよね」

「見ずともわかるぞ、お前はわかりやすいからな」


 パン! と安っぽい雑誌を閉じると、依歌はラルスに向き直った。今日は黒い下着にガーターベルトで、凝ったデザインが柔肌に浮かぶ網タイツをいている。もはや見慣れた姿だが、何度目にしてもラルスは見事な肉体美と曲線美に頬が火照ほてった。

 失礼がないように目を逸らしつつ、ラルスはコクピットの中で腰掛ける。


「ギャランド・イステリア大将は当局が拘束した。現在聴取中だそうだ。ま、キャンサー艦隊はしばらく暇になるのだから、問題はないだろう」

「僕たちで攻略予定の星系をまるごと消し飛ばしてしまいましたからね」

「各方面から苦情が相次いでいるそうだ。航宙図チャートを書き直さねばならんしな」


 ギャランドには今、人類同盟の国家財産を私有化し、あまつさえ敵との取引に用いようとした嫌疑が掛けられている。皮肉な話だが、7人の星騎士クライヤー謀殺ぼうさつしたギャランドたち6人の参謀は、その全てが反人類同盟勢力はんじんるいどうめいせいりょくと通じていたのだ。

 ウォーケン・ダンデス中将はそれを察するや、7人の部下の亡霊と化して動き出した。


「信じられるか? 運転手。ギャランドたち6人の参謀は、結託して敵側へエインヘリアルを、ディーヴァを売り渡そうとしていたのだ」

「自分も驚きました。では、ウォーケンは」

「馬鹿な奴……憲兵艦隊M.P.F.に正規の手続きで通報し、あとは任せておけばよいものを。復讐など流行はやらんよ、そうだろ? 運転手」

「……ギャランドたちの動機はなんでしょう? 地位も名誉もあるゾディアック・サーティンの将校が、どうして」


 面白くなさそうに依歌は鼻を鳴らすと、しどけなく座った体でラルスに向き直った。


「宇宙の平和、全ての生命の調和が目的だそうだ」

「……は?」

「人類同盟が全宇宙を滅ぼして回る今の世を、変えたいんだそうだ。呆れた人道主義ヒューマニズムだと思わんか? 千年前の亡霊さ。この期に及んでまだ、我々人間が博愛の精神、いつくしみといたわりだとか、そういうモノで繋がれると思っていたらしい」


 そう、ギャランドたちは人類同盟を正義感から裏切った。数多あまたの文明を滅ぼしてきた地球人類として、これから滅ぼす全ての知的生命体のために立ち上がったのだという。

 ラルスにはそれが、理解はできても不思議に思えてならなかった。

 だが、彼が本当に知りたいことは別で、そのことに既に依歌は気付いていた。


「運転手が聞きたいのは他の話、もっと込み入ったことだろう? ん?」

「ええ……ウォーケンが言っていたとは」

「ふん、その話か。……言えばお前も引き返せなくなる。前任者は全員賢い男ばかりだったが、お前はどうかな? 運転手、今なら間に合うぞ? 異動を願い出たらどうだ」


 ラルスの答は、沈黙による否定だった。

 改めて今、【カーテンライザー】の本当の姿を、【オペラルド】の力を知ったのだ。エインヘリアルを駆る星騎士として、これに勝る名誉はない。

 そのことを眼差しで黙って訴えると、依歌は小さな溜息を零した。


「……奴らは、既にこの人類同盟に巣食すくい、枝葉を伸ばして根を張っている。今の人類同盟のやりかた、一方的な殺戮と征服、そして簒奪さんだつ搾取さくしゅに異を唱える者たち。心の平和のため、対話による相互理解を主張する勢力だ」

「はあ……その連中が、敵側へとエインヘリアルを……ディーヴァを?」

「そうだ。そして私は、奴らと戦うために覚醒かくせいさせられたのだ」

「あの、以前から気になっていました……依歌中佐、失礼ですが年齢は」

「私は歌巫女ディーヴァだ。肉体の年齢は18歳前後というところだろう」


 そして、依歌は衝撃の事実を話し出す。


「遥か昔、千年前……外宇宙へと進出した人類の中に、特殊な能力を持つ奇妙な個体が発生した。自ら歌うことで、その声音こわねを膨大なエネルギーへと変換して顕現けんげんさせる者たち。十代の少女にのみ生まれるその力を、人類同盟は歌巫女と名付けた」

「今の、エインヘリアルに搭載されているディーヴァとは――」

「話は最後まで聞け、運転手。歌巫女は当時、天文学的なレベルで極稀ごくまれに生まれ続けた。そして、歌巫女を乗せたエインヘリアル……最古のエインヘリアルと呼ばれる騎体は無敵を誇った。だが……700人の歌巫女たちは順々に力を失い、その身が硬質化して透き通り始めた。謎の結晶化で、一人、また一人と……あとはわかるな?」

「で、では、エインヘリアルに搭載されている特殊水晶というのは……ディーヴァの結晶クォーツというのは」


 依歌が大きく頷いた。

 あまりの衝撃に、ラルスは思わず言葉を失う。

 そして、はっきりとわかった。

 どうしてエインヘリアルが、この宇宙で700騎しかないのか。どうして大量に生産できないのか。その答がディーヴァの結晶、その成り立ちという訳だ。

 千年前に超常ちょうじょうの力を持って生まれた異能いのうの少女たちこそが、ディーヴァのみなもとだったのだ。


こよみが征暦に改まってすぐ、丁度ちょうど冥王星での大規模な戦役せんえきがあったあとだ。私たち歌巫女の中から最初の結晶者けっしょうしゃが現れた。……今でもよく覚えている、とても透き通って光を七色に反射する、まるで硝子細工がらすざいく乙女像おとめぞうみたいだった」


 寂しそうに笑って、依歌は膝を抱えてその上に小顔を載せた。さらりと棚引たなびあおい長髪が、彼女の白い肌の上に広がった。


「それから毎日のように、誰かが結晶となり、様々な研究所へと運ばれていった。その間も人類同盟の戦いは続いていたから、私は歌い続けた。明日は私が、そしてあのが……誰かが物言わぬ結晶者となってしまう。そのことに怯えながらも歌い続けた」


 依歌は語る……仲間たち歌巫女が減り続ける中で、人類同盟の科学者たちは結晶者の用途を発見した。歌巫女としての本質は失われておらず、外部から音の刺激を与えてやることで、固有の振動数に応じてエネルギーが引き出せることを。

 歌巫女よりは弱いそれを制御する理論が確立し、エインヘリアルにさま搭載された。

 同時に、現存する歌巫女の保全のための凍結処置とうけつしょちが施されたのだ。


「眠りにつく前、既に私たちは数える程にまで減少していた。そして、歌巫女の力を持つ者が新たに生まれたという話も聞かない。私は数少ない同胞たちと、覚めぬ眠りの中へと封印されたのだ」

「それが、起こされた……? なんのために」

「奴らと……宇宙親善会議うちゅうしんぜんかいぎと戦うために」


 ――

 それが、人類同盟という名の大樹に巻き付く宿木やどりぎだ。決して表には現れず、構成員も不明だが……その組織は確実に、人類同盟のあらゆる場所へと根付いている。そして、戦争のための戦争を繰り返すことで闘争本能や征服欲を肯定する今の地球人類に、見えない影から戦いを挑んできているのだ。


「私が目覚めたのは約百年前、そこから肉体的には歳を取っていない。凍結処置の副作用で、肉体が異常代謝で活性化しているのだ。胸腺きょうせんが常に、私の体を封印前の状態に維持しようと働いててな」

「ひゃ、ひゃく、ねん」

「それだけの年月、連中と戦ってきた。だが、宇宙親善会議の尻尾しっぽすら掴めていないのが現状だ。……触ってみろ、運転手」


 不意に依歌はラルスの手を取ると、自分の胸の膨らみへと押し付けた。

 てのひらの中に今、依歌の柔らかさが鼓動を高鳴らせていた。

 頬を赤らめ上目遣いに見上げながら、依歌は言葉を続ける。


「私もいずれ結晶化し、701騎目のエインヘリアルに搭載されるディーヴァとなるだろう。……フッ、この間【ドラクル】が7騎も破壊されたから、もっと数は少ないな。だが、恐らくそう遠くはないと思う」

「依歌、中佐……いや、柔らかい、です、けど」

「今はまだ、な。だから、運転手……お前のような優秀なパイロットが必要だ。だが、無理強いはできない。憲兵艦隊の中でも、この私の真の任務を知る者は少ない。そして宇宙親善会議は既に、私と明確に対決する意志を固めている」


 依歌の胸から手を離しても、肌に感触と体温が残っているような気がした。その手をぼんやりと眺めてから、握って拳を造るとラルスは肩をすくめた。


「それで理屈がわかりました。この【オペラルド】のディーヴァに当たるもの……それが、歌巫女である依歌中佐という訳ですね? 【カーテンライザー】の状態では、出力が安定しなかったものそれが理由ってことか」

「【カーテンライザー】はあくまで敵の目を味方ごとあざむくための偽装だからな」

「僕はまぁ、パイロットでいられれば、あまり深いことは考えていないんです。ただ……」

「ただ?」


 手の内に依歌の温もりを握って閉じ込め、その柔らかさを肌に記憶させる。

 そうして再度開いたその手を、ラルスはポン、と上官の頭の上に載せた。

 きょとんとしてしまった依歌が、大きな瞳をまばたきさせた。


「言いませんでしたか? 星騎士はディーヴァを必ず守ると。全宇宙に700騎しかない、エインヘリアルの心臓部にして魂……それがディーヴァ。それは全部、もとを正せば依歌中佐の御同輩ごどうはいという訳だ。だから、守りますよ。"白閃の星騎士クライヤー・オブ・ノヴァ"だなんて仰々ぎょうぎょうしい名で呼ばれてるんですからね、僕は。騎士は乙女のために戦うもの、違いますか?」

「運転手、お前は……」


 そっと依歌の頭を撫でて、そのまま頬に触れる。

 依歌もその手に手を重ねてきた。

 彼女はラルスの手に頬をすり寄せながら、目を閉じると言葉を選ぶ。


「運転手、お前はどう思う? 地球人類は己の本性を、この千年ずっとこう定義してきた……戦いをこそたっとぶ、生まれながらに争いといさかいを求める好戦的な種族だと。人間は戦争をしている状態こそが正常で、そのことに対しての罪悪感を持つべきではないと定めてきた。それが爆発的な技術の発展と同時に、外宇宙への侵略を推し進めてきたのだ」

「僕には……わかりません。地球を出て広がる人類は、すでにこの全宇宙で数千億人と言われています。そして、それに倍する以上の数の生命を、我々は滅ぼしてきました」

「全宇宙の絶対悪とさえ言われる私たちが、本当に取るべき道とは……私にもわからん」


 ふと、依歌の頬に触れるラルスの手に、ひとひらの涙がこぼれ落ちた。

 その温かなしずくが滑り落ちた光のわだちを、そっとラルスは指でぬぐう。


「ふっ、まあいい……引き続き【オペラルド】に乗るか? 運転手」

「ええ。僕は軍人で、あなたはその上官だ。あなたの敵と僕は戦いましょう。共に、この騎体で。あなたの歌に踊る【オペラルド】に、無敗の最強神話をお約束しますよ」

「フン、大きく出たな。では、頼むぞ……我々人類の所業しょぎょうに関しては、後の世の歴史家に判断させればいいこと。今はただ、ひそむ陰謀とだけ戦おうではないか。この刑部依歌が教育してやる……私の歌う先に、和平や融和を唱える者たちの死が待ち受けているということをな」


 そう言って依歌は、いつもの不敵な笑みを取り戻した。

 それでラルスも、手を離すと操縦席から彼女の軍服を拾い上げる。


「了解です、依歌中佐……では、服を着てください。そろそろ時間なので」

「ん? 時間だと? なんの話だ、運転手」

「リナンナ艦長から言われてるんです。中佐をディナーに連れ出すように、と。僕も賛成ですが、お嫌ですか?」

「嫌ではないぞ、嫌ではないが……」

「コクピットで引きこもってばかりだと、中身以上に老け込みますよ? 依歌中佐」

「う、うるさい! ちょ、ちょっと待ってろ、今行く! いいな、外で待ってろ!」


 コクピットの外に追い出されたラルスは、それでも笑って中を覗き込む。依歌はジタバタと軍服を着て、今はスカートに細く長い脚を通したところだ。彼女は隅の方からかわいい小さな靴を出してきて、タイツで覆われた足を左右順々に収めてゆく。


「まったく、リナンナもお節介だな! いい迷惑だ!」

「安心してください、中佐。中佐のおごりですので」

「わ、私が出すのかッ! ま、まあいい。有能な運転手には餌付えづけも必要だな」

「それと……よければその後も朝まで是非。さ、依歌中佐」


 コクピットの中へとラルスが手を差し出す。

 その手を見詰めて、依歌は静かに微笑んだ。


「脱ぐための服を着せるとは、けしからん運転手だな? ええ?」

「難しい話は考えないことにしてますが、要するにこの千年で人類は悟ったんですよ、中佐。自分に正直でいる方が健全だと。そうでしょう?」

「全くだ、全面的に同意だな。……では、行くか? 


 ラルスの手に依歌が、白く小さな手を載せてくる。

 そうしてコクピットにく魔女は、外の世界へと飛び出したのだった。

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操縦席探偵・刑部依歌の撃墜録 ながやん @nagamono

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