天才、天才のなかの凡人、そして天才へ

まずは、将棋がわからない人でも、丁寧に読めばきちんとわかりますので、その点はご心配なく。

将棋の奨励会。日本全国から「天才」と呼ばれる少年少女が集まる。
しかしその天才のなかでもプロである四段に昇段できるのは一握り。そしてプロになった後は、天才のなかに紛れた自分がひとりのありきたりな凡人であるという現実を痛烈に突きつけられる。
そして、血を吐くような努力を重ねてその現実を乗り越えた、一握りのなかの一握り棋士だけが、タイトル戦の登場するような「真の天才」として称賛を浴びることになる。

「おもしろい将棋」を指せるのは、とても贅沢なことなのかもしれない。
それは、完全に趣味として将棋を楽しむアマチュアか、金銭的に恵まれて家計を顧みる必要のない真の天才か、いずれかしか「おもしろい将棋」を指すことができないのだから。
しかし残念なことに、トップ棋士でもタイトル戦を単なる研究発表会にしてしまう人がいるのも事実。
誠二はそれに失望する。

プロとなった「僕」は、ある種の諦念のもとにいつの間にか「天才のなかの凡人」として生きるようになっていた。
勝率「五割一分」は、プロの将棋指しとしては合格点と言える。

「僕」は昔日の天才と対局するうちに、自分もかつては持っていたはずの、そして目の前のアマチュア棋士が今もなお持ち続けているなにかを強烈に意識するようになる。

「勝負の世界に身を置くからには、一発何かをしてやろうというのが当たり前ではないか。」
この一言が全てを表している。

「僕」の目指す山の頂上はあまりにも高いが、それを睨み付ける目はきっと、少年のころのように輝いているはずだ。