色の無い夢

RAY

色の無い夢


 色の無い夢を見た。


 小さい頃に住んでいた、祖父母の家。家の前は軽自動車もすれ違えないくらいの狭い路地。でこぼこの道の両端には深い溝がぽっかりと口を開け、家々から流れ出る汚水の異臭が鼻をつく。


 色は無いけれど、ところどころがとてもリアルに感じられる。


 目に飛び込んできたのは、大柄な男たちが道一杯に広がって歩く姿。近くに果物の缶詰を製造している工場があって、そこにはどこかの国から出稼ぎに来ている外国人が働いていた。いつも集団で現れては、よくわからない言葉を発しながら陽気に笑う男たち。彼らとすれ違うとき、たくさんの大きな目がぎょろりとにらんでいるような気がして胸がドキドキした。夜が更けると、しばらくの間、あたりに奇声や笑い声が聞こえるのはいつものこと。子供心にその声はとても恐ろしいものに思えた。


 男たちが近くを通るとき、決まって剣道有段者の祖父が長い木刀を手にわたしの前に立ちはだかった。もちろん攻撃するわけではなく威嚇のため。祖母は祖母で、わたしの肩を抱き寄せて耳元で優しい言葉を囁く。そんな二人の振舞いは、男たちの姿が見えなくなるまで続く。

 気がつくと二人の顔には普段の優しい笑みが浮かび、それに触れた瞬間、強張こわばっていた身体が柔らかいものへと変わっていく。


 家から少し歩いたところに二階建ての小さなショッピングセンターがあった。その一階の片隅にある、小さな駄菓子屋がわたしのお気に入りの場所。三人で行ってはよくお菓子やおもちゃを買ってもらった。


 すべてが色の無い、モノクロの世界。


 ただ、祖父母に手を引かれるわたしはとてもうれしそうだった。駄菓子屋の戦利品を見せびらかすように、軽い足取りで飛び跳ねている。そして、そんなわたしをしげしげと見つめる、二つの笑顔がある。色は無いけれどとても幸せそうな光景。


 次の瞬間、ひとりたたずむわたしの姿が目に映る。


 駄菓子屋で買ってもらった、ロケット風船と千代紙の人形を手にしながら、真珠のような涙をポロポロと流している。場所はさっきと同じところ。ただ、あたりには、祖父母の姿はおろか人っ子ひとりいない。しきりに首を左右に振りながら泣きじゃくっている。


 彼女に何があったのか――悲しそうな様子に我慢できなくなったわたしは、思わず声をかける。


「どうしたの? おじいちゃんとおばあちゃんはどこへ行ったの?」


 わたしの言葉に泣きじゃくっていた彼女は静かに顔をあげる。

 そして、悲しそうな目でわたしを見つめる。


 そのとき、彼女のまわりだけが薄らと赤色を帯びているように見えた。

 

 突然、あたりに救急車とパトカーのサイレンが入り混じった、けたたましい音が響き渡る。それが何かの合図であるかのように、色の無い世界が、まるで水面みなもに真っ赤な色水を流したように赤色を帯びていく。モノクロだった家や道路やショッピングセンターが次々に赤色に染まっていった。


 その光景はとても恐ろしかった。

 わたしの頬を一筋の涙が伝う。身体の震えが止まらない。息が苦しくて心臓が破裂しそうだ。


 不意に夢から醒める途中のような、虚ろな感覚を覚えた。

 そのとき垣間見たのは、泣いているわたしの姿ではなく、大声で警察官と救急隊員に何かを訴えかけている祖父母の姿。


★★


 はっと目を開けた。まわりの景色がぼやけている。景色には色が無い。

 わたしはまだ夢を見ているのか? いや、目は覚めている。

 なぜなら、すべてに色が無いわけではないから。


 わたしが手にしているロケット風船――その一本だけが赤い。

 千代紙で作られた人形――その着物の柄の一部だけが赤い。

 そして、ボロボロに引き裂かれた、わたしの白いワンピース――そこに飛び散ったおびただしい量の血の色が悲しいぐらいに赤い。


 止まったままの時間を、わたしはあてども無く彷徨さまよい、時々、色の無い夢を見る。

 祖父母の笑顔とわたしの笑顔、そして、恐怖が存在したの夢――決して覚めることの無い夢を。



 RAY

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色の無い夢 RAY @MIDNIGHT_RAY

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