彼女が捨てようとした弁当は、なぜあんなに美味かったのか

ちゃんとしたものが食べたいと、唐突で強烈な衝動が起こった。
しかし、ちゃんとしたものって何だ? 彼自身、わからない。
とりあえず買い物に出てみたところで、その場面に出くわした。
同じ部署の新人女子が男に振られ、弁当を捨てようとしていた。

38歳独身、仏頂面ながら皆に信頼される、総務部の「出来る男」。
それが新人女子の弁当ひとつで、自分を見つめ直してしまう。
人生に楽しみは必要なのか? 料理の味の美味さって何だ?
中年男の憂鬱の奥に、脆くて臆病な少年のような素顔が覗く。

静謐で端正な筆致は本作でも健在で、やはり巧い。
著者の作品はどれも、安心して読ませてもらえる。
何かが大きく変わったり動いたりはしない物語は、
じれったくて、かけがえがなくて、温かい。

「美味しい」の意味を探している人に、ぜひ。

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