第5話 So what?
「対バンにかける迷惑と、キャンセル料とチケットの払い戻しのこと考えると、ライブはやった方が良いと思う。一時的に代理のドラムを入れて」
ボーカルの案山子君と、ベースの
「ウチの曲叩けるヤツ居るかな?」
「知ってるヤツはバンド組んでるし、自分の所ので手一杯だろうし…今から覚えて貰う時間無いぞ?」
「俺たちも極力バイト入れてるし…」
「俺の知り合いも、その日他のライブ入ってた筈」
「今から募集かけて見つかるかどうか…」
「見つからなかったからキャンセル…じゃ今よりキャンセル料高くなるんじゃ?」
「23日までなら大丈夫。後、10日」
そこは計算してきた。
皆頭の中ではその可能性も考えたのだろう。検証の結果最善の策じゃないことも分かって居るのだろう。
「片手間に7曲くらい覚えて貰うのか?」
「誰か空いてるヤツいる?」
「堀内は?」
「元ホワテンの?あいつバンド辞めて田舎で就職した」
「マジか…」
「去年柏で対バンしたバンドに上手いドラムいたじゃん。あいつ頼めないか?」
「あちこちで頼まれるって言ってたヤツな。ちょっと年配だけど…連絡取れるの?」
「リーダーに聞いてみる」
案山子君が電話をする間しばし沈黙が訪れた。
「ちょっと待って、メモる」
紙とペン!と言うジェスチャーに、急いで目の前の私物を渡した。
連絡先をメモって、すぐに掛け直す。なかなか頼もしいぞ、案山子君。
「そう、来月の7日。ロキシーとのツーマン。マジですか?空いてますか⁉︎」
皆が凝視する中、案山子君が親指を立てた。
「今ミーティングしてて。今日空いてる?何時でも良いっすよ。助かります。あぁ。駅着いたら連絡下さい。はい宜しくお願いします!」
今度は細くて長い腕でガッツポーズ。絶対筋肉は無さそうだけど。
「今日空いてるから、今からとりあえず来るって。ここまで電車で20分だから、1時間以内には着くって」
おお〜とどよめく。
「予備のスコア有る?コピーして来る?」
「そうだな、香夜ちゃん宜しく」
差し出されたスコアのファイルを抱えてコンビニに走る。なんとか来月のライブへの希望が出てきた。どんなドラムか知らないし、そう言えば名前も結局聞いてないけど。受けてくれることを祈ろう。
問題は、時間が無いってことだよね…
コピーと、飲み物と食料をちょっと買い込んで、天を仰ぐ。そっちの問題の解決策…こっちの方が厳しいよね…私だって、本当は嫌だ。…って事は、oZファンも嫌かもしれない。でも…皆は言いたくないだろうから、私が言う!
外に出たついでに、小太郎に連絡を入れた。
「どちら様?」
気取った第一声。
「昨日の夕方には東京に戻ったはずなのに、連絡も入れてこないような薄情な素人抱えている余裕ないんだけど、俺」
あぁ、それを怒っているのか。
「悪かったわよ。色々あったのよ」
「ふうん?」
「それより、書き出しはどう?」
「アレだけで判断しろって?四角く切り取られた少年?」
随分前の事みたいに感じる。
「ラストはさ、セピア色の少年のポートレートが飾られているシーンで終わりたいんだよね。どう?」
思いつきだけど。
「何、悲恋で行く気?お前の力量で?」
「う…そこはまだ…」
確かにバッドエンドはハッピーエンドより技術が要りそうだ。
「まぁ、少しでも固まったなら書き進めろよ。締め切りの時間が迫ってるんだから」
そうだった…文字数が100000字以上。作文の原稿用紙って一枚400字だったよね。何枚分?気が遠くなった。私もバイトで手助け…ってしてる暇なさそう。
「何?萎えてんの?」
「違う!色々あったって言ったでしょ。忙しくてさ…」
「で?」
「お金が要るの」
「はぁ⁉︎」
「取材費とか、前払いとか、無いよねぇ…」
「そう言うのは、一度でも商業誌に載ってから言ってくれる」
ですよね。
「言ってみただけだから。なんかバイト無いかな」
「はぁ?」
「出来たら日払いで…」
「何?翔也がやばいところでお金借りてたのが発覚でもした?」
「発覚していない!じゃ無くて借りて無い!」
でも…
「そんな羽目になりかねない…」
「はぁ〜⁉︎」
「小太郎そればっかりだな」
「切れよ、そんな男」
「翔也が居なかったら恋愛小説なんか書けないよ!」
「何年か後には悲恋物が書けるかもな!」
「怒んないでよ!」
まったく…と言った後、盛大にため息をつかれた。
「何か書く仕事回して貰えるか聞いてみるから。それなら自分の執筆の邪魔にならないだろ。やばいところで借りさせるな。泥沼になる。それネタに何か書くって言うなら止めないけど」
「借りさせないよ」
「連絡入れるから、少しでも書き進めろよ」
「ありがとう」
柄にも無く殊勝なお礼を言って、電話を切る。
考えて居なかったけど、本当にそんな事態になったら洒落にならない。何としてもこれ以上のキャンセルは抑えなきゃ。
私はコンビニの袋を強く握り直した。
「お待たせ」
そう言って、電話から45分後にやって来たその人は、岡山滋 42歳と名乗った。スキンヘッドにバンダナを巻いた姿はビジュアル的にはかなりoZとギャップがある。
「わざわざありがとうございます。」
珍しく案山子君が低姿勢なのは、紹介してくれたバンドマンに、ちょっと面倒くさい人だけど、腕とバンド愛は確かだから…と紹介されたかららしい。
私がさっき買って来たペットボトルのドリンクを
「良かったら…」
といくつか並べたら
「この子は?」
そう聞かれた。何だか、最近どこかで散々見たような冷ややかな視線で。
「あ、時々手伝ってくれてる子で」
「俺の彼女です」
案山子君の言葉を引き取って翔也が答えてくれた。
岡山さんは翔也をまじまじ見た後、案山子君に目を向け
「俺は、メンバーでも無い女がしゃしゃってるバンドは信用しないんだわ」
そう言った。思わず頰が熱くなる。
「じゃあ、うちは問題ないです。こいつは、仕事で数日留守にしてて、昨日帰って来て緊急事態を知って、異例で対応手伝ってくれてるけど、解決したら早々に自分の仕事に戻らないといけない忙しい身なんで」
翔也は丁寧に答えながらも岡山さんを睨みつけてる。こらこら。
「そういう訳なんで、脱線しないで話進めてくださいます?飲み物、どれでもお好きなものをお取りください」
慌てて2人の間に入りペットボトルを再度差し出した。
「緊急事態ね…」
そう言って、岡山さんはペットボトルの黒ウーロンを手に取った。残りを皆に振り分け、スコアのコピーを差し出す。
「oZのスコアです。受け取っていただいたら、端っこでおとなしくしてます」
そう言って彼の胸に押し付け、壁沿いにパイプ椅子移動して、座った。正直ムカついたけど、翔也に免じて許してやる。ライブの為でもあるけど、さっきの翔也は格好良かった。外だと男らしいんだよね。
それに、仕事に戻らないといけないのは本当だ。少しでも書き進めようとノーパソのフォルダを開く。耳は戻って来ないけど。
「7曲か…合わせる時間があまり無いのは痛いな…」
「すいません、何件かライブキャンセル出したんで、バイトしないとキツイんです」
「事情は聞いてる。キツイよな…1人で練習はするけど、君たちのライブは対バンの時に見ただけだから、合わせないことにはな。7曲か…」
「MCで時間稼いで曲数減らすとか?」
案山子君が悔しそうに言うと、
「不本意だろ。でも、どこかで帳尻合わせないとな」
柳君も翔也も黙り込んでいる。歌いたいんだよね。歌を聞いて欲しいよね。
「あの…」
口出しされるの嫌だろうけど、私も後悔したく無いのよ。
「7日のライブハウスは、カバー禁止じゃ無いです」
皆が一斉に見た。
「ただの可能性の提案ですけど、オリジナル減らして、何曲か誰もが演奏れる曲のカバーにしたら、練習時間の短縮になるんじゃ無いかな…と思って。so what?とか」
「え⁉︎」
私の提案に、岡山さんが頓狂な声を上げた。
「や。香夜、 so what?は誰もが知っている曲って訳じゃ…」
翔也が言いかけたのを岡山さんが遮った。
「Why so?の?何故それが出てくる?」
「私がoZと出会った曲だから」
思っていた反応と違ったけれど、なんだか変な様子だ。
「路上ライブしていて。そこに香夜ちゃんが通りかかって。まだ自分らの曲が少なくて、たまたまWhy so?のso what?を歌っていたら足を止めてくれて」
「So what? Who cares what they thinks?」
案山子君が私の大好きなフレーズを口ずさんだ。
「あの時は女の子だとは思わなかったけど」
「翔也以外はね」
またいつもの話が始まった。
「どう言うことだ?」
岡山さんはあっけにとられている。
「今でこそ女の子に見えますけど、初めて会った時の香夜ちゃんは、ぶかぶかのブルゾンによれよれのジーンズで、ニット帽目深に被って低い声で乱暴に話してて」
人の恥ずかしい過去を良く覚えているな。
「完全に男だと思ってました」
柳君まで。
「そうか?お前らおかしいぞ」
どう言うわけか、翔也だけは最初から私が女だと気がついていた。指摘はしなかったけど。
「それで、その曲なんて曲?って聞いてきて」
「最後まで聞いてくれてて、終わって片付けてても居るから、これは帰るところないんだな〜と思って、飯行くけど来るか?って声かけたんです」
「有り難かったわよ」
事あるごとに聞かされる。黒歴史なのに。
「家出か」
岡山さんも喰いつかないで。
「親に敷かれたレールから降りたかったんです!」
そのままでいたらと思うとゾッとする。
「若気の至りだけど、その結果に後悔していません」
そう言うと、そっと翔也が肩を抱いてくれた。
「で、俺らのバンドの手伝いをしてくれるようになって、俺が当時シェアしていた部屋に住まわせたんだけど」
「男の子だと思っていたからな」
「翔也が、マズイだろって言うから、何が?ってなって」
「訳ありだと思ったから出来るだけ触れないように…って思ったけど、暖かくなってきたし、上着着て居るの不自然だし、流石に男ばっかりの家に置いておきたくなくて」
「あれ、この人気がついてるの?って不思議だった」
「最初から分かってたからな」
「上着着ていたら分からないものか?だって…」
と言って岡山さんは自分の胸のあたりに手を置く。言いたいことは分かるし、言葉にしたらセクハラだから言わなくて正解。それでも翔也が睨んで居るからね。
「さらし巻いてましたから」
あの頃は、嫌でしょうが無かったから。女であることが。
「へぇ…」
面食らったようにそう言った。
男には分からないよ。胸が大きく生まれた女の苦労は。
「それでも分かったんだ」
岡山さんは翔也を見た。
「纏ってる空気が女の子だったし、訳ありってのは醸し出してたし、俺、姉が2人と妹1人いるし」
面目無い。
「なるほどね…」
岡山さんは少し考え込み
「Why so?の曲、何曲か演奏れるか?」
急に話を戻した。
「そりゃあ、昔良くカバーしましたから…」
柳君が答え、翔也が頷く。
「それで行くか」
岡山さんがそう言って立ち上がる。
「え?」
「俺が、why so?のドラムだ」
無駄にキメ顔で皆を見渡した岡山さんを暫し見つめ、その後皆が
「ええっ⁉︎」
と叫んだのは言うまでもない。
oZの憧れの今は無きバンドWhy so?のドラムが岡山さんだったって事?そりゃあ、叫ぶわ。
更に、 病院でそれを聞いた貴くんも叫んだ。
「会いたい!って言うか、演奏聴きたい!ドラム習いたい!」
駄々っ子のようにベッドの上で訴えた。貴くんはWhy so?のCD聞いてバンド始めたらしい。日本ではマイナーバンドなのは、海外拠点で活動して居たから。
びっくりして宥める桜ちゃんに貴くんを任せ、取り敢えず、問題を1つクリアしたことにホッとする。
だけど、お金の問題は、まだ解決していない。親には頼める筋じゃない。それはメンバーも似たようなものだ。
小太郎が回してくれる仕事だけじゃ焼け石に水だ。
お金か…浮かんだのはそう、叔母さん…恋愛小説家の叔母さん。印税で一生困らず生きていける叔母さん。
すっごく迷惑そうな顔をするのが、手に取るように分かる。だけど、他に当てはない。行くしかないか…?
「帰る場所を守るって、約束したもんな…」
バンドにしゃしゃる女は私も嫌だ。だったら、自分に出来ることを出来る場所でしないとな。
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