第4話 ライブをキャンセルすると起こる問題

 

「あれ?」

 今日のライブの会場に直接行ったのに、翔也たちのバンド、oZが居ない。看板も出て居ない。

「え?何で?」

 会場を間違えた?早すぎた?そんな筈無いよね。

 ライブハウスの隣のコンビニの前に移動して、邪魔にならないように場所を確保して、急いで翔也にLINEを入れる。

「今日ライブじゃ無かったっけ?」と。

 返事がない。同じ文面で、バンドのグループLINEにも送ってみる。

 しばらく待って、返事を返してくれたのは、ドラムの貴君。

「香夜ちゃん、聞いてないんだね。翔也たちは、今バイト」

 そんな文章だった。

「バイト?あれ、そうだっけ?ライブは?」

 既読がついてから暫く時間が空いて

「ごめん。俺のせい」

 そんな返事が来た。

 何?それ。凄く嫌な予感。だけど、聞かなきゃ。

「何かあった?」

 また時間が空いた。

「俺…怪我した」

 どくん…と胸が痛んだ。

「ごめん…」

 急いで次の言葉が届いた。何で謝る?

「どうした?大丈夫?」

 出来るだけ冷静に返したつもり。

「ごめん、もうダメなんだ」

 あ。ダメだ。ダメなやつだ、コレ。

「今、何処?行くから」

「病院」

 頭の中で、ぐるぐると色々な可能性が回り始め、それが主に悪いことばかりで、もう我慢できない。

「今すぐ、病院の場所教えなさい!」

 そう送ってから速攻駅に向かって歩き始めて居た。

 時間は18:15をちょっと過ぎたところ。病院の面会時間って普通何時かな…叔母さんの病院は確か19:00だったっけ?

 ちょうど、中央区の病院の名前を知らせて来たので、検索する。20:00。余裕!各線が入り乱れている駅の地下街は帰宅時間で混み合っているけど、何処に向かっても行くことが可能だし。

 ちらりと路線図に目を走らせ、ホームに滑り込んで来た電車に人波に身を任せて乗り込む。乗り換え無しで15分。駅から病院までは約10分。念の為駅から病院までの経路を表示する。滅茶滅茶分かりやすい。院内図の検索もして入院病棟への最短距離を割り出す。よし、1時間は話せる。

 降りる人より乗って来る人の多いその駅で、人の波に逆らいながら地上に脱出したら、立ち並ぶオフィスビルの間にその病院が見えた。

 迷うことなくたどり着き、面会名簿に記入していると、何だかデジャブを感じた。

 そう言えば、この数日、毎日病院通いして居たんだった。お見舞いだけど。今日なんかお見舞いのはしごだよ。ここの方が同じ白でもピカピカツルツルな感じ。叔母さんの病院はそう考えると、色褪せた感じだったんだな。嗅ぎ慣れた消毒液の匂いは一緒だけど。何だか既に現実味がない。大分前の出来事のような気がするよ。

 エレベーターの速度も違うんだな…と明るい箱の中で思っていると、スッと停止し、扉が開く。

 さて、部屋は何処かな?と考えるまでもなかった。

「香夜さん…」

 エレベーターが開いた途端、3個目の病室のドアの前に居た見覚えのある女の人が、顔をあげて私の名前を口にした。

「桜さん」

 あぁ、そりゃそうだ。居るよね。最初に連絡すれば良かった。

 貴君の彼女でoZファンの桜さん。

 フワフワした白いサマーセーターに淡い色の花柄で薄い生地のフレアスカートを履いて、まん丸い目を強調したメイクとヘアスタイルの桜さんは、きっと恋愛小説のヒロインになるために生まれて来たんじゃないかな?と羨望を込めた目で常日頃から見て居る。なりたいんじゃなくて、その想像力を分けて欲しくて。

「どうしよう…私のせいなんです!ごめんなさい」

 えっと、さっき貴君からも同じような言葉聞いたけど。似た者夫婦って聞くけど、恋人も似るの?

 とにかく、落ち着いて話を聞きたいよ?誰のせいとか、良いから。

「とりあえず、本人に会える?」

 だって、桜さん越しに、そっと小さく病室のドアが開いて、こそこそ背中丸めて抜け出そうとして居る見覚えのある人がいるんですけど。

「貴君!どこ行く気!」

 時間が無いんだから、余計な行動やめてくれるかな?

「あ…貴君!」

 桜さんが駆け寄って支えようとするけど、別に足とか怪我してないからいらなくない?頭も平気そう…

「…手…?」

 私の目が、貴君の両手に巻かれた包帯から離れない。

 諦めたようにこちらに向き直った彼は、情けなさそうに表情を歪め、両手を胸の前に掲げて見せた。

 頭を駆け巡って居た絶望的な情景の1つが、目の前にあった。


「で?」

 もうそろそろ良いかな?とゲンナリしながら、甲斐甲斐しく貴君をベットに寝かしつける桜さんの一連の行動の前に、お預けを食らって立ち尽くしている。早く話を聞きたいのよ、私。

「その手はどうしたの。どう言う状況なの」

 口を開きかけた桜さんを手で制して、貴君を促す。話の腰折らないでね。脱線している暇ないの。

 仕方なく、桜さんは自販機に飲み物を買いに病室を出て行った。

 さあ、今のうちに話して!

「桜の高校時代の同級生に喧嘩をふっかけられて…」

 貴君は目を伏せて話し出した。

「この前同窓会があって、そこでヘビメタのバンドマンと付き合っているって言ったら、皆に心配されたらしくて」

「へぇ?何で?」

「就職してないし、バイト生活で貧乏でバンドの為に桜に貢がせているって思われたみたいで。桜が説明しても皆分かってくれなくて」

 あぁ…ヒモって思われたのね。

「バンドマンって、イメージ悪いじゃん。それで怖くて言いなりになっているんじゃないかって。桜お人好しで優しいからって」

 いやいやいや…絶対貴君の方が、真面目で優しいって。

 あの子が迎えに来てって言ったら、どんなに遅くてもライブの後でも行ってあげるし、いつもちゃんと家まで送って行くし、記念日忘れないし。実家から送って来るお米や野菜で自炊して振舞ってるじゃん。

 そう言う点では翔也より役に立つ男だと常日頃から感心しているよ?

 まぁ、話の腰自ら折りたくないから口には出さないけど。

「そしたら、自分が話しつける!って喧嘩っ早い野郎がいて、大学のサークルでも一緒のやつらしくて。2日前、バイト終わったところで待ち伏せされて」

 何でバイト先知ってるのよ。それ桜さんが話したんじゃん。

「桜が違うって言ってるのに、別れろ!って言い寄られて…で、目を覚ませ!って桜の腕強く掴んで揺さぶったからカッと来て、抵抗したら、手、潰された…」

 自ら連れて来たんかい。間違いなく桜さんの「私のせいです」正解じゃん。…って言うか、悲劇のヒロインぶるのに酔っちゃって引けなくなったんだなぁ。やってくれたよ。

「…状態は?」

 貴君はじっと包帯の中の手を見つめる。

「骨折れてる。日常生活に支障は残らないだろうけど、少なくとも、今までみたいには動かないって」

 何気ない口調を装っているけど、言い切って唇を噛んだ。

 泣いちゃダメだ…ここで泣くような女になりたくない。

「格好いいじゃん」

 目をそらしてそう言った。貴君がこっち見てなくて良かった。

 へへっ…と笑った。

 それでも桜さんを責めてない、どこまでお人好しなんだ…

「で、今日のライブハウスドタキャンだろ?ギリだからキャンセル料全額。それとチケットの払い戻し…」

「ノルマは?」

「30枚」

「今回気合い入れてたもんね」

「あぁ。気合い入れてた」

 お互い目が合わせられない。

「来週入れてたライブもキャンセルしたから、そっちは80%と払い戻し」

 それは痛い。

「他のドラム入れてやれって言ったけど、あいつら、まだその時期じゃないって…」

「当たり前でしょ…」

 くそう、涙声になる…

「確かに、ギリギリで探すの大変だけど、その先の予定は今から探せば…何とかなるから、香夜ちゃん皆を説得してくれよ」

「私が口出すことじゃないでしょ」

 怒ったような口調になっちゃうよ。ごめんね。本当は今すぐ抱きしめて大丈夫だから!頑張ろう!って泣きたいんだよ。

「兎に角、今後の為にもキャンセル料はちゃんと払わないと、ライブハウス使えなくなる」

 頭の中でこの先のライブのスケジュールを表にしてみる。結構ある。

「うん。だから翔也たち、普段のバイト以外に日払いのバイト入れて行ってるんだ。今日も」

 既に動いてるのか…私に内緒で…翔也の馬鹿。言ってくれたら、すぐ帰って来たのに…だから、言わなかったんだね…

「状況は分かった。今後の事は皆と連絡とって対応する。ライブハウスの契約書確認して対応するから…だから貴君」

 私は意を決してやっと貴君を見た。

「君は、どうしたい?」

 しっかりと目が合う。

「俺は…」

 貴君が泣いている。

「もう一度、ドラムが叩きたい」

 ごめん、私も泣いている。

「それが聞ければ充分」

 だけど、笑った。

「私が出来ることをやるから、貴君も、今やるべき事、ちゃんと直すことに専念して。その後泣いてもリハビリやめさせないから、そのつもりで」

「香夜ちゃんが言うと、マジで怖い」

 貴君が話し終えてホッとしたように笑った。

「一旦代理を立てるかもしれない。そうしてでも、君が帰る場所を守るよ。じゃあね」

 正直、お金は足りない。バンドマンは大抵金欠だ。貴君は偏見に満ちた目で見なくても貧乏だ。お嬢さんぽい桜さんにたかっていると思われても仕方ない位に。恐らく翔也たちは、彼の治療費も捻出しようとしているんだろうな…兎に角、早く相談しなくちゃ。

 病室を出て、ドアを閉めると、項垂れた桜さんがいた。今なら、「私のせいなんです」の言葉、そうだね。って聞いてあげるよ。

「怒ってますよね…」

 まぁ、ちゃんと逃げずにここにいることは認めてあげる。

「貴君は怒ってくれなくて…」

 優しいからね。

「まさかこんなことになると思わなくて。本当に、反省してるの。oZの皆にも申し訳なくて…」

 今私、優しい言葉かけてあげないよ?

「でも、私も怒ってるの。ヘビメタバンドって聞いただけで、貴君を偏見の目で見た友人たちにも、身元を聞いて、事情も聞かずに最初から貴君が悪いって決めつけようとした警官にも」

 あぁ、有りそうだね…

「貴君を見て、話を聞いて、悪い人じゃ無いって分かって貰えると思ったの。ヘビメタも悪く無いって分かって貰えると…私が甘かったわ」

 それも分かるけど…でもこの結果だよ。

「私たち忙しくなるから、貴君の世話をちゃんとしてあげて」

 私はそれだけ言って、病院を出た。

 言いたいことは色々あるんだけど、貴君喜ばないもんな。


 今日のライブハウスはチケットノルマが30枚。それは既に売れていたから、持ち出しはないし、ワンマンでチャージバック率が100%だから、その収入を来週以降のライブハウス代に当て込んでいた。

 今日のキャンセル料は払えたはず。払い戻しは痛いけど、それも何とかはなったはず。

 問題は来週のライブのキャンセル料の80%…そっちのノルマは20枚。こっちも全部売れている。更に売れているので、その分の払い戻しもある。

 そこはチャージバック率が50%だったんだよね…それに、それ以降のライブも、ライブハウスによってキャンセル料のパーセンテージも時期も違ってくる。今後のバンド活動をどうするかは私の口出しすることじゃないけど、それ以外の金銭面では可能な限りフォローしないと…


 あぁ、早く翔也に会いたい。oZのヘビーメタルを聴きたい。

「メタルちょうだい…」

 偏見があるのは分かってる。それが偏見なのか事実なのか、私は分からない。でも、好きだもん。

 お前らみんなヘビーメタルにはまってしまえ!

 翔也のアパートに帰る途中、駅の改札を行き交う人たちに向かって念を送ってやる。

 負けないぞ!


 ギシギシ言う、子供部屋の使い込まれたベッドの懐かしい寝心地とは違う、だけどもっと肌に馴染んだ、薄っぺらい布団の上で目を覚ました。

 ゴソゴソ動く人の気配のせいだ。

「んん…しょうや…?」

 半分寝ぼけたまま声に出し

「ごめん、起こした。おかえり、香夜」

 そんな返事にはっとする。

 私、帰って来てたんだ。

「ごめん、寝ちゃった」

 慌てて起きようとすると

「良いから寝てな。俺も寝る」

 私の肩を布団に押し戻し、着ていた物を脱ぎ散らかして布団に潜り込んできた。寝返りを打って翔也の方に顔を向ける。

「ただいま…」

 そう言ったけど、眠くて目が開けられない。

「貴君と桜さんに会ってきた。私も、頑張るから何が1番の問題か、言って…」

 半分寝ている。でも言っておかないと。

「うん。明日話そう」

 そう静かに言った翔也の声はそのまま脳内でoZの曲に変換され、それを子守唄にもう一度 眠りに落ちた。さっきまでの不安を忘れた、気持ちの良い眠りに。


 夢も見ないでぐっすり眠った。むしろ昨日東京に戻って来たこと、そして起きた出来事が夢かと思ったけど、違った。

 隣にだらしない格好で眠っている翔也がいる。

「ただいま」

 もう一回言って、そうっと布団を抜け出し、翔也の脱ぎ散らかした数日分の衣類をかき集め洗濯機に放り込む。

 それからご飯を炊いてじゃがいもと玉ねぎのお味噌汁を作りながら、数日分の洗い物とゴミを片付ける。

 ほとんど菓子パンかカップ麺だったんだな…レンジでチンして食べられるもの色々置いて行ったのに。それすら面倒だったのか…

 買い物して居ないから大したもの作れないけど、冷蔵庫の常備品かき集めた朝ご飯。ウインナーとピーマンをソテーしてカレー風味にして、チーズオムレツに添えた。今日は買い物に行こう。

「香夜だ。夢じゃなかった」

 そう声がしたと同時に後ろからハグさせた。ヨレヨレの翔也。

「私も思った」

 でも夢じゃない。良いことも悪いことも。

「朝ごはん出来てるよ」

 言うと、

「シャワーさっと浴びてすぐ来る」

 そう言って幸せそうに笑った。


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