第17話 貴君復活ソング
「どうしてもやるのか?」
皆の注目を浴び、貴君が力強く頷いた。それ以上、何も言えない。
oZだけじゃない。ロックバンドが降り立つこと自体に違和感がある白壁で統一された西洋のお屋敷みたいなオシャレな街並みに、機材を積んだ車で乗り込んだ。
街のショッピングモールの広場で行われている、小さな、でもオシャレで善意溢れるイベント。
あちこちで色々な催しが行われている。アンティークな雑貨市が並び、カフェも出店している。
若いフルートとヴァイオリン奏者がクラシック音楽をカジュアルに奏でている。楽しそうに聞き入る聴衆の中に、その姿を見つけた。いつもの取り巻きたちも一緒だ。
「あそこ。桜さん」
そう言うと、皆が一斉にそっちを見て、貴君を見て、仕方ない…とため息をついた後セッティングを始めた。
異質な連中を遠巻きから見る人たちの視線に、好奇心と不安を感じる。
だけどそんなこと言ってられない。
貴君の戦いは、私たちの戦いだ。
セッティングが終わる頃、小太郎の車が到着し、車椅子の叔母さんが現れた。
「大丈夫?」
「そっちの方が死にそうな顔しているくせに」
そんな顔してた?私たち。
「清子さん、顔色良いね。今日」
翔也はニコニコしながら叔母さんに話し掛けている。何。本当に凄く仲良しじゃない。妬けるわ。
「気付かれる前に、さっさとやるぞ」
柳君に急かされ、皆配置に着く。いや、もう気付かれた。遠くから目を見開いてこっちを見ている桜さんが見える。
「行け!」
案山子君がマイクを握った。
コレが初お披露目だよ。桜さん。貴君復活ソング。ちゃんと聞きなよ。
貴君が大きく息を吸って、一気に吐き出しながらカウントを始める。
いつだってそうなんだ
羽が生えたみたいに体が軽くて
空も飛べる気分さ
だけど突然 鉛みたいに重くなった
地面に真っ逆さま
いいさ 笑って叩きつけられてやる
地べたに横たわって見上げた先に見えるのは
青い空しかない
一度は飛んだんだ 何も怖くないだろ
もう一度行くしかないだろ
いつだってこうなんだ
俺と空の間に重い雲が横たわり
たくさんの手が押さえつける
だけど雲の先に何があるか知ってる
遮る悪意の手も
踏み台にして飛び上がればいい
地べたに這いつくばったままじゃ見えない
青い空に向かって
一度は飛んだんだ もう怖くないだろ
もう一度その手に掴むんだ
いつだってそうなんだ
ちっぽけな俺は
空と地面を遮るたくさんの手に悪意しか感じない
だけど飛び上がった時
誰かの 行け‼︎って声が聞こえた
支えて押し出してくれる力強さを感じた
振り返ってもたくさんの手に紛れて
もうどこか分からないけど
なんだってこうなんだ
何も考えずに飛び上がって
振り向いた時初めて見つけた
誰だって空を見上げてる
飛べるチャンスを探してる
だから 飛べ‼︎ って叫ぶんだ
俺がその手を引き上げてやるから
地べたに叩きつけられて
1人じゃ無いって知ったんだ
俺は地面に帰ってきた
もう一度皆で飛ぶぜ〜‼︎
めちゃくちゃ、ライブで盛り上がりそう〜桜さんにだって分かるはずだよ。ライブハウスの観客の姿が、あの激しさが、楽しさが今、浮かんでいるはずだよ。
本当に離れられるの?忘れられるの?血湧き肉踊らない?拳振り上げて、叫んで、頭縦に振って、飛びたくならない?
見つめる先の桜さんは目を見開いてoZを見つめている。ウズウズしているかは、ここからじゃ分からないけど。
「あ。ヤバイよ」
皆に伝えた。
桜さんの周囲が動き出した。桜さんは振り返り何か言って、慌てている。
「来るよ」
そう言ったのに、聞こえているはずなのに、誰も演奏を止めようとしない。
バカだよな、男って。まぁ、私も引く気ないけど。
「場違いだって分からないのか?」
「フラれたのも分からない?」
「二度と桜の前に現れるなって言ったはずだ」
目の前に陣取り、口々に言う。
気の短そうな男が、コードに手をかけた。
「このスペースはちゃんと登録して借りてるのよ」
素早く間に入って手を振り払った。ムッとした顔をされたけど、女と認識して一応手を引っ込めた。でもこれで引くようなタマじゃないよね。
「騒音撒き散らされて迷惑なんだよ」
「さっさと止めてくれない」
「浮いてる空気読めよ」
言われ慣れたセリフだ。インテリぶってるくせにボキャブラリー貧弱だね?心に響かないよ?
「それで音楽のつもりなの。ただの騒音よ」
高尚な音楽だよ。音だって、いつもより大分抑えている。
桜さんは困ったように、少し離れて見ている。迷っている?どうしたいの⁉︎
「いい加減に…」
実力行使に出られる…と思ったその時
oZの演奏に、音が被さった。
演奏を続けながら、皆が目を見張った。
「ヴァイオリン…」
oZのヘヴィメタルに、ヴァイオリン演奏が加わっている。振り返ると、さっきフルートと演奏をしていた若いヴァイオリン奏者が、優雅に激しく演奏しながら歩み寄って来る。
「へぇ…」
ヴァイオリンとヘヴィメタルって、こんなふうに融合できるんだ…思わず聞き惚れた。繰り返されていた曲が終わると、ヴァイオリンも余韻を残して演奏を終え、顔を上げてニコッと笑い
「良い曲ですね。歌詞も好きです」
そう言った。
暫し微妙な空気の沈黙が流れた後、パチパチパチ…と、小さいけど必死な拍手が聞こえた。
桜さんだ…緊張した表情で、でも精一杯拍手している。
戸惑っていた周囲の聴衆から、パラパラとした拍手が上がる。oZへの拍手か、ヴァイオリンの即席パフォーマンスへかは分からないけど。
桜さんの取り巻きたちは面食らい、
「桜…」
そう言ったきり言葉が続かない。
「ヘヴィメタル、僕は好きです」
彼は更にそう言った。
「川島さん…?」
取り巻きたちが困惑の表情を浮かべている。
「楽しんでいる人もいるよ。今日はそう言うイベントでしょ」
柔らかい笑顔で言い切り、
「川島君!」
フルート奏者に呼ばれ、肩をすくめた。
「君たちも楽しんで。あなたたちも」
桜さんと取り巻きたちに言い、そしてoZにもそう言い残して去っていった。
「どこかで見たことあるよな…今の人」
案山子君がマイクを握りしめたまま首を捻った。
「ヴァイオリンパフォーマーの川島光だよ。youtubeとかで話題の」
小太郎がそう言った。流石、流行り物の情報は押さえているね。
「そう言うんだっけ?」
案山子君がもう一度首を捻り、 間が空いた後、貴君が次のカウントを始めた。
一瞬で曲に戻って行く。流石だね。
さっきの青年のお陰で、足を止めた人たちの数人かは、そのまま聞いてくれている。ノってくれている人もいる。嬉しくなるよ。
もっと聞いて。もっと知って。怖がらないで。先入観持たないで。そしたら、心に響く物見つけられるかも知れないよ?シラけたように場を離れ蔑むような視線をぶつけて来る取り巻き連中は放っておいて、私は叔母さんの車椅子に寄り添った。
「叔母さん、大丈夫?しんどかったら言ってよ」
「演奏中に、話しかけないで」
相変わらずのつれない返答。でもいつもより頰が高揚し、楽しそうに見える。久しぶりに外に出たからかも知れないけど。
拍手は増えたり減ったりしながら、それでも色々な人が耳を傾けてくれた。迷惑そうな視線を投げかけながら通り過ぎて行く人もいた。ニコニコしながら聞いてくれた上品な老夫婦もいた。高そうな犬には吠えられた。
桜さんは、遠くで最後まで見ていた。静かに。初めてライブハウスに来た時よりも静かに。どんな表情かは分からないけど。でも、それが今回の目的だったから、良かった。頑張ったよ。貴君。良く頑張った。
「飲んで帰るか」
機材を車に積み込みながら、柳君が貴君の肩を叩いた。
「復活祝いな」
案山子君が肩に手を回した。
「誰が運転するんだよ」
出遅れた翔也が言ったけど、飲むでしょ。結局、言い出した柳君が我慢する結果が見えてる。
「俺がしてやる」
突然聞き知った声がして振り向いた。
「岡山さん⁉︎」
why so?のドラム岡山さんだった。
「来てたんなら、もっと早く声かけてくださいよ。シャイですか」
翔也は失礼だが、貴君は嬉しそうに駆け寄って、頭を下げた。師弟のようだ。
「清子さんも、もうちょっと付き合ってくれるでしょ?」
翔也は小太郎は無視して、叔母さんに声をかけた。
「何だ、お前の新しい彼女か?」
と岡山さんは、目の前の私を無視してやり返した。
「ちょっかい出さないでくださいね」
翔也はそう言って叔母さんに寄り添った。妬けるぞ。
「叔母さんは飲んじゃダメだよ」
私が言うと、叔母さんに睨まれた。
「飲むのも飲まないのも自分で決めるわ」
そう言って、無言で小太郎を促した。付き合う気らしい。
うわ。故郷の数名が羨ましがるかもな。
小太郎も逆らう気は無いようで、素直に車椅子を押した。
広場から少し離れて、我々でも許容範囲で浮かなそうな居酒屋に入り、ありえない顔ぶれで乾杯した。
叔母さんには、流石にアルコールは渡さなかった。
「調子悪くなったらすぐ言ってよ」
そう言ったのに、気分が台無し。そう言って睨まれた。死にかけの病人のくせに!
「俺の怪我のせいで皆様にご迷惑おかけしました!香夜ちゃんの叔母さんにまで…すいません」
貴君は嬉しそうに挨拶し、叔母さんにも頭を下げた。
「あぁ。この子が」
と小太郎に呟いているのが分かった。
「実は、リハビリ途中から、岡山さんがトレーナーになってくれて、ありがとうございました。かなりスパルタだったけど、お陰で、前よりテクニシャンになって帰って来ました!」
これにはoZのメンバーも驚いて
「岡山さん、男前過ぎ!」
とさらに株を上げた。
「抜け駆け!」
と訳の分からない非難も受けたけど。
岡山さんは
「言うなよ」
と苦い顔をしながら烏龍茶を飲んでいる。
叔母さんのお世話係の小太郎も今日はソフトドリンクだ。ありがとう。と思いながら私は梅酒をロックで飲んでいる。
皆今日の小さな冒険に高揚した気持ちで過ごして居たけれど、それは長く続かなかった。
「あ…」
と、貴君が店内に入って来た団体を見て目を見張った。それにつられて目を向けた皆の表情からも笑顔が消えた。
「マジか…」
そんな失望の声が漏れる。
「桜さん…」
桜さんと取り巻きたちが、さっきのヴァイオリニストたちを囲みながら入店して来たのだ。
「あ…」
と気がついた桜さんも顔色を変えた。
それと同時に取り巻きたちが気がついた。忌々しそうな表情。さっき追い払われたから、根に持って居るのね。
「本当に、お前ら、空気読めないな」
「自分たちが浮いている自覚無い訳?」
「この街に、自分たちが合わないって分からないか?」
「桜に釣り合うとでも思ってるの?」
「迷惑だって、そんな当たり前のことも分からないの。病人まで連れ出して」
あ。地雷踏んだ。…と思った。黙って眺めて居た叔母さんが、自分の事に触れられて素直に聞いていると思うなんて、甘いわよ君たち。
案の定、叔母さんが小太郎を見上げ、前に押すように促した。小太郎はやれやれ…という感じで従う。この街で浮かない唯一の男。
「あなたの“あたりまえ”の世界の中に生きているのは、あなただけだから」
一言そう言った。彼らが突然の叔母さんの反撃に面食らっている。
「人それぞれあたりまえは違う。そんな言葉で相手を言いくるめようなんて、無知で浅はかで怠慢」
清子叔母さんは、お得意の見下した目の嫌味でやらしい笑顔で彼らを見回した。
自分がやられたら、きぃ〜ってなるけど、今はありがとう!って抱きつきたくなる。やったらターゲットがこっちになりそうで背筋がゾクっとするけど。
「な…」
思い掛けない相手からの思い掛けない反撃に、彼らは言葉を失った。
「名言♪」
と場違いな発言をしたのは、先のヴァイオリニスト。川島光氏。
「流石作家」
続けてそう言ったのには驚いた。
小太郎が
「ご存知で?先生はあまりマスコミに顔を出さないのですが?」
仕事モードの顔で答える。
「以前、小説の実写映画化の話出たでしょ?僕、その打ち合わせに立ち会ってましたから。結局流れて残念でした」
そう言って、叔母さんに笑いかけた。
「シアタータイムの…?」
叔母さんが記憶を手繰り寄せながら聞いた。
「はい。見習いでしたけど。 あそこで働いて居た母が先生の本のファンで、僕に同じ光って名前をつけたくらい」
「あの会社だから話だけは聞いたけど、実写映画化する気は無いわ。私が生きている内は」
叔母さんはそうきっぱり言った。
「シアタータイム…何か聞き覚えがあるんだよな…君にも見覚えが…」
案山子君がまた頭を捻っている。それを見て、川島さんは笑った。
「覚えてなくてもしょうがないです。僕はそこでは脇役で、端で見て居ただけだから。でも僕は皆さん覚えて居ます。演奏聴くのも今回が初めてじゃ無い」
えっと皆がまじまじと川島さんを眺めた。そう言えば、見覚えがあるような無いような…
「『Tonyの詩』…って言ったら思い出せます?」
そう言われた。
そりゃあ、思い出すも何も、数年前バンド仲間に誘われて参加した、田舎町で行われた壮大なイベント。ウチらが参加していいの…?って臆するような錚々たる海外アーティストたちに混じってライブをした。
名ソリストTonyの追悼映画の試写会と追悼演奏会。
「え…あの会場に…って言うか、川島さんって…主催者じゃ?」
柳君が思い出して声を上げた。皆一瞬柳君を見、思い出した。川島さん。シアタータイムの社員さんで、ドキュメンタリー映画『Tonyの詩』を作り上げてイベントを主催した、故Tonyの知り合いだった人!ライブハウスにもわざわざ聞きに来てくれた…
「え⁉︎あの川島さんの…?」
「僕は息子です」
やっと思い出して貰えた…と彼は笑った。
だって、まだ中学生くらいだったよね。分かんないよ!
「すっかり大人だ…」
皆、親戚のおじさんみたいになってる。
「21歳です」
あの子が21歳…ウチらが年取る筈だ。
「 懐かしい歌を聴いて、ついシャシャッちゃいました」
そう言ってニッコリと笑った。
あの頃は思春期真っ只中でふてくされて居たよね。本当に大人になった。
「僕はあの日、色々な音楽を知った。どの音楽にも様々な想いが込められて居て、人間一人一人に違う魅力があるように、どんな音楽にも魅力があるって知った。そして、力があるって。人はその時々で求める音楽が違う。そして、ヘヴィメタルを求める時も人によってはあるんだ。それを否定は出来ないよ」
川島さんは桜さんの取り巻きに向かって話した。
「僕の知り合いのメタラーは、俺の音楽が分かるようになったら大人だ…って言ってて、そうか?って思ったけどね。今はちょっと分かるような気もする」
思い出したように笑った。こんな顔して笑うんだな…あの少年が。
「背負っているものも感じる心も人それぞれ。だったら求める気持ちには素直にならないと」
そう言った視線は桜さんに向いて居た。
ハッとしたように、嬉しそうに、切なそうに、桜さんは目を伏せた。
「邪魔してすみません。今日の演奏も良かったです」
川島さんは微笑んで、立ち尽くしているツレを促した。
その背を見送りながら、このすごい偶然に感動して居た。
凄いイベントだったし、感動したし、忘れられない体験だったけど、それは過去だった。
私たちは前を向いて進んできた。一つのイベントに心を残したままじゃ前に進めない。常に前を見て過去は過去としてきた。だけど、繋がって居た。こんな形で。
あのイベントを通して、あの少年もこんなに大きな人間に成長し、そして私たちは助けられた。言葉にできない感動は私だけじゃ無いようで、駐車場に向かいながら
「鳥肌立った」
そう案山子君が呟いた。皆も頷く。
「…って言うか、叔母さん、実写映画化の話あったの⁉︎」
思い出して叔母さんに視線を向ける。後ろで小太郎が頷いた。
「しないわよ。私が生きている内は。騒がしくなるのはごめん。死んだら香夜が好きにしたら良い」
「なんで…」
「私の遺産、相続するんでしょ?印税も。映像権も」
「だから、遺産相続なんて狙ってないって…」
言いかけたけど、叔母さんが真剣な目でこっちを見て居るので言葉を切った。
「あんた以外に、誰が居るのよ」
叔母さんは怒ったようにそう言った。怒って居るみたいなのはいつもだけど。
「責任持って継ぎなさい。私はどうでも良いけど、あんたはそう思って居ないんでしょ」
そう続けた。そうだった…私の書いた物語が有る。叔母さんの小説を切り離すことは出来ない。
結果的にそうなるのか…不本意なのに…そう思って下唇を噛んで頷いた。
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