青の告白

泉 遍理

青の告白

「あ、ごめんなさい。見えなくて…お洋服、濡れませんでした?」

「大丈夫。グラス、空だから」

「ならよかった。停電かしら。ちょっと怖いですね」

「せっかくいい酒飲んでるのに真っ暗なんて、迷惑な話だ」

「これじゃ席が見えない。お一人? ちょっと座らせていただいていいですか。携帯も席に置いてきちゃって、明かりが」

「待ち合わせ相手がまだなんだ。どうぞ」

「ありがとうございます…いつもここにいらっしゃるんですか?」

「月に二、三度かな。割と気に行ってるよ。初めてかい?」

「はい。結構高そうなお店ですよね」

「味は悪くないな。あとは場所かな」

「隠れ家みたいですよね、ここ」

「しかし何も見えんな。そっちにボトルがあるんだが」

「えーと…きゃ」

「あぁ、すまない。手掴んじまったか」

「ホント何も見えないですね。はい」

「年はいくつだい」

「え? 26ですけど、急になんですか」

「手がすべすべだったからさ。若いね」

「あ、手のモデルやってるんです。指輪とかブレスレットとか」

「ほう。顔も美人なんだろうな」

「あはは。見たら驚きますよ」

「そりゃあ楽しみだ。こんなときに停電なんて…いや、むしろラッキ

ーか。これも何かの縁だな」

「あなたは何のお仕事を?」

「何だと思う?」

「そうですね…うーん…お金持ってそうだから、銀行員とか?」

「いや、貿易関係だ」

「えーすごーい。何を扱うんですか」

「いろいろさ。聞きたいかい。もう少しこっちおいで」

「変なことしないでくださいよ」

「大声じゃ言えないんだよ。それに暗い中でこうやってしゃべって

ると、子どもの頃の秘密基地で内緒話してるみたいで興奮するだろ」

「男の人って変わらないですね」

「実はな、宝石を扱ってる。それも訳アリのな」

「呪いのダイヤ、とか?」

「はは、面白いな。そんな映画みたいな話じゃないが、嘘みたいなで

かいダイヤも扱うぜ。まっとうなルートじゃないけどな」

「えーと…どういうルート?」

「誰にも話すなよ? 盗品ってことさ。もちろん、俺が盗んでるわけ

じゃない。俺はあくまで仲介者さ。盗みについては何も知らない」

「そんな、怖いこと」

「見返りがでかいんだよ。実は今日、2年寝かせたダイヤをさばく

んだ」

「いくらになるんですか」

「ま、俺の取り分で3億は固いだろうな。でかいんだぜ。触ってみる

かい?」

「えー、なんかやらしいなぁ。でもいいんですか」

「どうせ明るいところで出せるもんじゃないんだ。俺の手の中の…こっち、そう、これだ。5カラットのブルーダイヤ。市場で6億は下らない」

「すごい。ちょっと持ってみていいですか」

「そりゃ駄目だ。この暗がりで持ってかれたら困るからな。おっと。もちろんこのまま帰すわけにもいかない」

「そんなこと言われたって…今、初めてお話しした相手ですよ」

「こういう出会いの方が運命感じるだろ。明るかったら、お互い誰かも知らないまますれ違ってたんだぜ」

「ちょっと、やめて。離して」

「ここまで話したんだ。朝までつきあってもらうぜ。こいつさばいたら、しばらく豪遊だ。一緒に来いよ。楽しいぜ。いい酒飲んで、すぐに忘れられなくしてやるよ…え、なんて言った?」

「いちいちキザね、って言ったの。ダサい。もういいですよー」

「おい、俺にそんな言葉…なんだ、急に明るく…誰だお前たち!」

「会話、全部録音させてもらったわ。刑事さん、ダイヤはポケットです。こいつホント不用心」

「ちょっと待て。なんの話だ」

「パラダイスブルーはあなたが持ってる、って説明したの」

「なんで名前を知ってる。お前、どこかで…いや、違う。お前は死んだはずじゃ…」

「言ったでしょ、わたしの顔見たら驚くわよって。もちろん初対面よ。双子の姉とは会ったんでしょうけど。手のモデルしてたのも姉。ま、見間違えるのも無理ないけど。姉は2年前、広告の撮影中にパラダイスブルーを盗んだと中傷されて自殺したわ。でも姉がそんなこと、するはずがない。あなたが指示して盗ませたんでしょ。わたしはずっとあなたを探してた。でもわたしの顔見せたら警戒されるに決まってるから、電気消して賭けに出たの。でもかえってそれがよかったみたいね、吊り橋効果って知ってる? なに勝手に興奮してたのかしら」

「じゃ、全部お前の罠…」

「えぇ、仲介人は来ないわよ。もちろんもう警察。あなたの言う通り。朝までだってつきあうわ。一生忘れられなくしてやる。あたしとは運命なんでしょ?どうしたの、顔が真っ青よ。ダイヤの呪いかしら」

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