第5話 結末を願う少女
どうしてだったのだろう?
私が生まれた想区に『主役』がいないのは。
どうしてだったのだろう?
私の想区には『物語』がなかったのは。
どうしてだったのだろう?
この想区をストーリーテラーが見捨てたのは。
どうしてだったのだろう?
私の『運命の書』だけが『空白の書』だったのは。
どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?
誰か教えて、どうして?
私だけが残されてしまったの?
剣を手にしたエル。
その瞳は真っ直ぐに四人を見つめていた。
「武器を抜いたって事は、俺達とやり合うつもりか?」
「ちょっと待って!タオ!」
エクスがタオとエルの間に立つ。
「エル!教えてくれ!君の目的は!」
エルは返事をする事なく、剣を両手に握り構える。
「無駄ですよ、新入りさん。彼女のあの目は言葉じゃ止まりません。やるしか無いです」
「そんな!レイナも何か言って…」
レイナの方を見たエクスは言葉を失ってしまう。
彼女の手には既に戦う為の本が開かれていた。
「覚悟を決めなさい、エクス」
「でも!」
「エクス様はお優しいのですね………ですが、今は不要ですよ」
剣を手にしたエルがエクスに迫り、その刃を振り下ろす。
金属音が鳴り響き、刃が止まる。
盾を手にしたタオが刃を受け止めていた。
「マジで、馬鹿力、だな」
「タオ兄!」
シェインが銃弾を放ち、エルが距離をとる。
「大丈夫⁉︎タオ!ごめん!僕!」
「気にすんな、ファミリーを守るのは大将の役目だからな」
エクスが剣を抜き、構える。
「やるよ、僕。まずは、彼女を止める」
エクスの言葉に三人が笑う。
「よっしゃあ!タオ・ファミリーの力、みせてやろうぜ」
「それでこその新入りさんです」
「行くわよ!みんな!」
「うおぉぉぉぉ!これで!どうだ!」
エクスの一撃により、エルの手にした剣が砕ける。
砕けた剣を見つめ、敗北を受け入れたエルが目を閉じる。
「私の負けですね、止めを刺して下さい」
エルは命を奪われるのを待つが、その時は訪れない。
「僕達は君の命を終わらせたりしないよ」
「何故ですか?私は皆さんを殺そうとしたんですよ」
「それ、嘘ですよね」
シェインの言葉にエルが驚き、目を見開く。
「どうして?そう思うんですか?」
「そりゃあ、戦ってたら分かるだろ。本気かどうかなんて」
当然の事の様に言われ、エルは戸惑ってしまう。
「今まで、私達は旅をして色んな戦いをくぐり抜けてきたんだから。あなたに悪意が無い事くらい分かるわよ」
「そうですか、流石は『調律の巫女』一行ですね」
「聞かせてくれないかしら。あなたの事を」
真剣な眼差しを向けるレイナ。
「目的ではなく?私の事を?」
「あなたを知る事で、あなたの目的も分かる気がするのよ」
「分かりました。でも、少し長くなりますよ」
そう言って、エルは自身の事を語り出した。
ーー私はこの未完の想区に生まれました。
『主役』も『物語』も存在しない想区。
ストーリーテラーに見捨てられた不完全な場所。
その上、私の『運命の書』は『空白の書』でした。
それでも、私はそんな事を気にした事はありませんでした。
周りのみんなは優しくて、不完全な『運命の書』を持ちながらも精一杯暮らしていました。
ですが、ある日私は一人になりました。
一人の住人がヴィランへと変わり、その事がきっかけとなり、他の住人も次々とヴィランへと変わっていき、『空白の書』の持ち主だった私だけが残されました。
孤独な日々が続きました。
何度も思いました。
どうして?と。
ですが私は一人、誰もいない。
そんなある日、私は想区の外に出ました。
『沈黙の霧』の中を彷徨い続けるうちに、私は不思議な気配を感じるようになりました。
気配の先にはカオステラーによって、運命を歪められた想区がありました。
いくつかの想区を渡るうちに、私は皆さんを見つけました。
私と同じ『空白の書』を持ちながらも、困難な運命と強く戦っている皆さんを見て、私は自分の運命を決める事を決意したんです。
「そして、皆さんをこの想区に来るように仕組んだという訳です。自分の運命を決める為に」
エルの過去を聞き終えたレイナが問い掛ける。
「それで、あなたが決めた運命って?教えてもらえるかしら?」
「私が決めた事は結末を迎える事。どんな物語にも結末があります。だから、私は自分の生まれた想区で、自分だけの物語を生き、結末を迎えたいのです」
「だから、案内人なんて名乗ったのですね。そして、シェイン達と物語を生き、最後に結末を迎える。それが、案内人さんの目的ですか」
「はい、自分勝手な事をしたのは分かっています。ですが!その上でお願いしたいのです!どうか!私に結末を迎えさせて下さい!」
エルの悲痛な叫びと願いにタオ、シェイン、エクスが黙る。
「ふざけるなーーーーーーーーー‼︎」
俯き震えていたレイナが突如激怒する。
「何が!結末を!迎えたいよ!あんた!ただ逃げようとしてるだけじゃない‼︎」
レイナの言葉にエルが反発する。
「なっ⁉︎何でそんな事言うんですか⁉︎大体、あなたに私の気持ちが分かるんですか⁉︎」
先程まで激怒し、興奮していたレイナが静かに語る。
「分かるわよ。勿論、全部理解出来るなんて言わないけど。あなたが一人でいる寂しさに耐えられなくなっている事くらいなら」
「どういう事ですか?」
「私のいた想区はね、もう無いのよ」
「えっ?」
驚くエルにレイナは語る。
「カオステラーの事は知っているのよね?だったら、カオステラーに狂わされた想区がどうなってしまうかも?」
「…壊れて、無くなってしまう………まさか⁈」
エルがレイナの言おうとしている事に気付く。
「私の住んでいた想区は、カオステラーによって狂わされ、壊されたわ。そして、私だけが生き残った…」
語るレイナの声は震え、瞳には涙が溜まる。
「一人になって、何度も思ったは、もう終わりにしたいって、それでも私は…」
震えるレイナの手をエルが握る。
「もう、いいです。ごめんなさい、レイナ様」
涙を流すエルをレイナが抱きしめる。
「エル。あなたの本当の願いを聞かせてくれない」
顔を上げたエルを一行が笑顔で見つめる。
「嘘をついても無駄ですよ、案内人さん。シェインは直ぐに見破りますから」
エルの瞳からは涙が溢れ、止まらなくなる。
「わた、し、もう、ひとり、は、いや、です」
「うん。一人はつらいね。一人は悲しいね」
レイナがエルの頭を優しく撫で続ける。
「僕達と一緒に行こうよ、エル」
「ですが、私は…」
「そりゃいいや。あんたみたいに強い奴はタオ・ファミリーは大歓迎だぜ」
「タオ様…」
「一緒に行きましょう、エル」
優しさに包まれ、最高の笑顔でエルは答える。
「よろしく、お願いします」
エルが仲間になり、未完の想区を旅立つ事になった一行。
旅立つエルは、自分の想区へ別れを告げようとしていた。
「大丈夫?エル」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、レイナ様」
「分かっていると思うけど、あなたがいなくなった後、この想区は…」
「無くなってしまうんですよね?この想区は最後の住人である私の為に存在し続けてくれていた」
「ええ、確証がある訳ではないけど、きっとヴィランになってしまった他の住人達のあなたへの想いで、この想区は存在出来ていたと私は思うの。だから、あなたが旅立つ事を決めてこの想区を出れば長くは保たないと思う」
エルの瞳に涙が溜まる。
「泣いていいのよ」
「泣きません、私にはもう素敵な仲間がいますから。それに泣いたらみんなが心配しちゃいます」
離れた場所にいた三人と合流し、改めてエルが挨拶をする。
「レイナ様、タオ様、シェイン様、エクス様。不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「なんか嫁入りするみたいだな」
タオが苦笑する。
「それよりも、案内人さん。シェイン達はもう仲間なんですから、様付けはやめましょう。シェインでいいです」
「シェ、シェイン…」
「はいです。案内人さん」
照れるエルに、シェインが満足気に返事をする。
「あれ?シェインはその呼び方のままなの?」
「気に入ってますので」
エクスの指摘に当然のようにシェインが答え、全員が笑顔になる。
「じゃあ、出発しましょう!」
レイナの掛け声に一行が付いて行く中、エルは振り返り、呟く。
「いってきます」
こうして、新たな仲間を加え『調律の巫女』一行の旅の物語は続いていく。
孤独な少女の願いと真実 唄神楽 @utakagura
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