第4話 未完の想区
扉の中に入った一行は、その光景に驚き、動けずにいた。
「何よ、この場所」
レイナが呟くが、誰も反応する事が出来ずにいる。
一行が全員で周囲を見回す。
しかし、何も無い。
本当に何も無かった。
空も。
大地すら。
唯、ひたすらに真っ白い空間が広がっていた。
「どうですか?皆さん」
いつの間にか目の前にいたエルが一行に問い掛ける。
「これがこの想区の全てです。ご理解頂けましたか?」
「な、なに…が」
レイナが何かを言おうとするが、言葉に詰まってしまう。
他の三人も理解が追いつかず、言葉が出てこないでいる。
「さすがのシェイン様でも状況を理解出来ませんか?」
「…当たり前です。あなたはここに案内する前に言っていました。ここに来ればこの想区の全てが分かると。ですが、ここには………何もありません」
シェインの言葉にエルが笑う。
その顔には様々な感情が入り混じっている様に見える。
「その通りです。この想区には何も無いんです。私が言った事を覚えてますか?この想区の『主役』と『物語』を知っているかと聞かれた時に言いましたよね。知っているとも知らないとも言える。つまりはこういう事ですよ、存在しない事は知っている。だけど、『主役』も、『物語』も存在しないのだから知る筈がないんです」
「そんな⁉︎そんな事がある筈ない!」
エクスの言葉に、出会ってから初めてエルが怒りを表情に出す。
「ある筈がない?今、この場にこうして存在しているのに?」
「エル!この想区はもしかして、既にカオステラーによって狂わされてしまったの⁉︎」
レイナの言葉にエルが再び笑う。
「まず、お詫びしなければいけませんね。この想区に来る際に、レイナ様が感じたカオステラーの気配は私がヴィランを利用してつくった偽りのものです」
「じゃあ、この想区にカオステラーは⁉︎」
「存在しませんよ。そもそも、存在する筈が無いんです」
「…どういう事?」
レイナが探るような視線をエルへ送る。
「だって、この想区にはストーリーテラーが存在しないんですから」
「ストーリーテラーが…存在しない?」
「はい。ただ、最初は存在していたのでしょうが、少なくとも私がこの想区に生まれた時には既に存在していません。何故なら、ここは創造主であるストーリーテラーに、見捨てられた想区なのですから」
その言葉を聞いた四人は驚き、黙ってしまう。
そして、エルは言葉を続ける。
「ストーリーテラーに見捨てられたこの想区には、『主役』がいません。当然ですよね、登場すべき『物語』すら存在しないのですから。この想区のストーリーテラーは『物語』を完結させる事なく、この想区を捨てたのです」
「…じゃあ…この想区には、あなた一人だけが?」
レイナの声は震えている。
「こんな想区が存在していたなんて」
「そうですね、こんな未完の想区が存在しているなんて、おかしいとおもいませんか?」
エルの自虐的な問い掛けに、レイナは再び黙ってしまう。
「グルルッ!ガァァ!」
「ヴィラン⁉︎何処から出て来やがった⁉︎」
突然のヴィランの出現に全員が慌てて武器を構える。
「全く、まだ残っていましたか。では、続きはヴィランを片付けてからにしましょう」
エルと協力してヴィランを撃退した一行だったが、まだ頭は混乱した状態が続いていた。
「これで終わりだと良いのですが」
「あのヴィランは案内人さんが操ってるのではないのですね」
「利用はしましたが、ただそれだけですよ」
「じゃあ、あのヴィランについては知らないんですか?」
「知っていますよ。あれは、元はここの住人達です。不完全な『運命の書』を与えられた事で、皆ヴィランに変わってしまったんです」
「そんな…」
エクスが俯き呟く。
「ちょっと待て。だったら、何であんたは平気なんだ?」
「それは…タオ兄、おそらく彼女はシェイン達と同じです」
「やはり、シェイン様は気付いていましたか」
エルが自身の『運命の書』を取り出し、一行に中のページを見せる。
ページには何も記されておらず空白が続いていた。
「そういう事。あなたは、『空白の書』の持ち主だからヴィランや想区の事を知っていた訳ね。元々、役割も無いからヴィランになってしまう事もなかった」
「その通りです」
「まさか、『空白の書』の持ち主だったとはな。なら、想区の案内人ってのは嘘かよ」
「嘘ではありませんよ。確かに私は『空白の書』の持ち主ですが、ちゃんと想区の案内はしましたよ。案内人が『運命の書』に記された役割だとは一度も言っていませんし、皆さんが勝手におもいこんでいただけでしょう」
「それらしく振舞ってやがったろうが」
睨むタオにもエルは笑顔を向ける。
「それよりも、疑問はまだ残ってます。全て答えて頂けるんですよね?」
「勿論です。その為にここまでご案内したのですから」
「では、お聞きします。『導きの栞』でヒーローの力を借りたのに姿が変わらなかったのは?」
「それは、ここが未完の想区だからですよ。ヒーロー達は皆、完成された物語の存在。未完の物語に存在する事は、決して許されないんです」
「成る程、だから姿が変わらなかった訳ね」
レイナがエルの説明に頷く。
「では、これが最後の質問です」
シェインが真剣表情で真っ直ぐにエルを見つめる。
「案内人さん、あなたの目的はなんですか?」
「彼女の目的って、どういう事?シェイン」
「気付きませんでしたか?新入りさん。案内人さんはカオステラーの気配をつくったと言ったんですよ」
エクスがシェインの言いたい事に気付く。
「つまり、彼女は僕達がこの想区に来るように仕組んだのか⁉︎」
「やはり、シェイン様は鋭い方ですね」
「俺達を誘い出した目的があるって訳か」
「答えなさい!エル!あなたの目的を!」
エルが前に出した左手が輝く。
「私の目的は…」
次の瞬間、彼女のその手には剣が握られていた。
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