第5話 愛と記憶のカーテン・コール

「へへ、感謝しろよ。お前ら。」

長靴を履いた猫によって、すぐに馬車を用意してもらったエクス達は、ラウルの待つ屋敷へと向かっていた。

「でも、この想区にもまさかあなたがいるなんて。」

「ん?俺達のこと知ってるのか?お前ら空白の書の持ち主だろ。この想区の奴らでも俺達のこと知ってる奴はまだ少ないのにな、なあ、ラプンツェル?」

それを聞くと、長靴を履いた猫の横にいた少女が口を開く。

「そうですね、おじさまはまだこの街では知られていないはずです。」

どうやらラウルが知らなかったのはそういう訳らしい。猫の話によると、これからラプンツェルを歌姫として売り出す予定らしい。

「確かに、別の想区であなたたちと会うとは思ってませんでした。」

シェインがそう言うと、猫はニヤリと笑う。

「成る程な。別の想区で俺達にあったってワケか。その想区の俺もさぞかしハンサムだったろうな。」

それを聞いたファントムは猫を睨み付ける。

「フン、くだらんことを言う。猫のくせに随分と自信家なのだな。」

「そんな事言っていいのか?ここでお前だけ降ろしてもいいんだぜ?」

ファントムは何も言わず、猫を更に凄みを増して睨み付けた。

「おお怖。あんまり見つめてくれるなよ?」


馬車は速度を上げ、屋敷への道を全速力で駆け抜けていく。

「しっかし、シェインも芝居が上手いな。」

「騙すなら味方からといったところです。シェインにもこれくらいは余裕のよっちゃんです。」

シェインは記憶喪失のふりをして、ラウルの警戒を逃れ情報を集めていたらしい。

「でも、なんでこの想区で記憶喪失になる事件が起こっているって知ってたんだ?」

「執事さんや家政婦さんから話を聞きました。それと、あの屋敷の人たちは誰もラウルさんの運命を知らなかったんです。恐らくこれも記憶操作によるものかと考えました。」

シェインは優秀な妹だとタオは頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

(でも、やっぱりタオはシェインが記憶喪失じゃなかったことを一番喜んでそうだな)

エクスとレイナは二人の様子を見てほほえましく思った。


屋敷はすぐそこに見えていた。薔薇園に馬車が入ろうとしたその時、ファントムが頭を抱え呻き始めた。

「ぐっ…忌々しい音色め。」

どこからか流れてくる懐かしいメロディー。

エクスは思い出した。

「屋敷に訪れた、あの時の…!」

そのメロディーは記憶を掻き乱す。そして、エクス達を追憶へと誘う。


「エクス、この事は誰にも言うな。」

「エラ、それが私の名前よ。少なくとも今はまだ…ね。」

「いまの私は"シンデレラ"。これからはそうよんでね、エクス。」


言の葉が、エクスの心の臓を掴む。エクスは馬車から降りると、その場に崩れ落ちた。

「まだ…だ…。まだ倒れるわけには…。」

エクスの目の前に、巨大な黒い影が現れる。

「クウハク…ショウネン…ツライ…キオク…タベル…ソレデ…シアワセ…ニ…ナレル。」

黒い影は段々とエクスに近づく。気づけばレイナも、タオも、シェインも、その場に倒れていた。

「ふざけんな…!ここまで来て止まれっかよ…!」

黒い影が広がり、四人を覆う。その時、

「ハアッ!」

黒い影を切り裂いたのは、ファントムだった。

「何で…立てるんだよ!」

「愛、実に愚かな想いだ。だが、今の私はそれに動かされている。」


「へへ、中々やるじゃねーか。さて、俺たちもやるとするか。」

長靴を履いた猫とラプンツェルが馬車から降りてくる。

「おい、起きろ!おめーらが連れてこさせたんだからおめーらが何とかしろ!」

猫の激励で、エクス達は立ち上がる。

「そうだ、記憶は記憶でしかない。そこにどんな不条理があったって、そこにどんな理不尽があったって、今は前を向いて進める!」

切り裂かれた黒い影の中から、小さなオルゴールが姿を現す。猿の人形が乗った、小さなオルゴールが。それは、ファントムが自らの近くに置き続けていた、思い出の品だった。

「何故貴様がそれを…!」

ラウルがオルゴールと共に姿を現す。

「何故って?これは貴様の記憶を透写したものだからだ。」

オルゴールは音色を奏で続ける。それは、懐かしき日の記憶、その全てを引きずり出すものだった。


そして、突如として黒い影は巨大な怪物を生み出した。

「メガ・ヴィラン…!」

「もうすぐこの影は混沌の語り部へと進化を遂げる。貴様らの記憶を糧とすることでな。」

ラウルは剣を抜き、ファントムに襲いかかる。

「クリスティーヌを返してもらう!」

「ふざけるな。光届かぬ闇の世界になど、クリスティーヌを行かせはしない!」

メガ・ヴィランも同時にファントムへと襲いかかる。しかし、それをエクス達と猫達が阻む。

「おっと、デカブツ。お前らの相手は俺たちだぜ?」

タオが威勢よく言い放ち、ヒーローの魂にコネクトする。

「タオ兄、援護します。」

シェインもタオに続いてコネクトする。

「カオステラーになる前に絶対に倒すわ!」

「これ以上記憶を奪わせたりしない!」

レイナとエクスもコネクトし、戦闘準備が整う。

「おっと、忘れないでくれよ?俺の新しい伝説が始まるってのに。」

「おじさま、私がサポートします!」

猫とラプンツェルも覚悟を決めたようだ。

「行くよ!みんな!」


長靴を履いた猫はその体の小ささに似合わない大きさのヴィランを一人で殲滅していく。

「おじさま、流石です!」

「へへ、このくらい余裕だぜ?」

エクス達も手下のヴィランを片付け、メガ・ヴィランへと立ち向かっていく。

「うおおおおお!」

6人が力を合わせ、メガ・ヴィランへと渾身の一撃を放つ。大きく吹き飛んだ醜い巨大な怪物は、その形をとどめず闇に溶けていった。


「クリスティーヌは、クリスティーヌはお前の物じゃない!」

ラウルの振るう殺意の剣。それは決してファントムに届かない。

「我が宿敵、ラウルよ。貴様は、運命に逆らってまで何を求める?」

ファントムの振るう愛の剣。それは決してラウルを傷付けなかった。

「僕が求めるのは、クリスティーヌの幸せだ。」

「なら、私に任せてはくれないか。」

それを聞くと、ラウルの手は止まる。

「ふざけるな…闇の世界でなど、彼女を幸せにできるはずがない!」

大きく降り下ろす剣。ファントムはそれを弾く。だが、それは本当に弾くだけであった。


「何故、僕を斬らない。」

答えは一つだった。

「クリスティーヌが悲しむ。先程のような悲しむ顔は見たくない。」

ラウルは、剣を落とした。

「何故だ…何故だ。貴様にいくら愛があっても、僕は認められない。僕の方が、彼女を幸せにできるはずなのに…。」

「本当に幸せを願っているなら、彼に預けていいんじゃないかな。」

エクスがそう言うと、ラウルは頬に哀しみを伝わせながら話す。

「黙れ…『空白の書』などという、神に見捨てられた存在のお前に何がわかる!」

「僕も、あなたと同じだ。好きな人がいて、でもその好きな人には、運命で結ばれる人が決まっていて…。」

エクスの話を聞いて、レイナは思い出す。

「エクス、やっぱりまだシンデレラのことが忘れられないのね。」

エクスは続ける。

「でも、その時、好きな人には幸せになってほしいって思えるなら、影からそっと見守ってあげればいいと思う。」

ラウルは屋敷の方を見る。扉が開いたその先には、あの日と変わらない笑顔の彼女が立っていた。

「ラウル、私、幸せよ。だって、小さい頃お父さんを亡くしてからずっと影から見守ってくれてた人と一緒になれるんだもの。」

「そうか…。」


ラウルの心を、記憶を閉ざしていた仮面が剥がれ、あの日の記憶が鮮明によみがえる。

絶対、迎えにいくから。

だから、待ってて。

「ありがとう」

忘れていた最後の言葉。

「でも、ごめんなさい。」

仮面を被る歪んだ愛は、今、真実の愛へと変わった。

ラウルはその場に崩れ落ちた。


「終わったのね…。」

「ああ、全くシェインのせいで今回はヒヤヒヤさせられたぜ。」

タオが愚痴をこぼす。

「まあ、俺の武勇伝がまた一つ作れただけでも俺はよかったぜ?」

長靴を履いた猫は満足気に話す。

「え?『調律』しちゃったらそれは無かったことになるわよ?」

「え、ちょっ」

「まあ今回は不完全なカオステラーだったけど、一応やらなくちゃね。」

「まっ、待て」

『混沌の渦に呑まれし語り部よ

我が言の葉によりて、

ここに調律を開始せし…』


こうして、エクス達は平和な想区の姿を取り戻した。

「結局、クリスティーヌはファントム…エリックと結ばれることになっていたようだけど…。」

レイナは何か悩んでいるようだった。

「ねえ、エクス。これって本当に本当の幸せなのかしら。」

エクスが答える。

「レイナ。多分、皆全員を幸せにするのって、凄く難しいことなんだと思う。だから、本人達が願うささやかな幸せを、愛する人の幸せを願うという幸せを、大切にしていけばいいんじゃないかな。」

それを聞いてタオが言う。

「坊主、お前も中々言うようになったな。」

「さ、皆さん、次の想区目指して行きましょう。」

エクス達の長い旅は、まだまだ続く。
















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追憶のマスカレード 待屋 西 @gakuho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る