第1話 気高き戦士のプレリュード

「ここは…?何だか見覚えが…。」

沈黙の霧を抜けた一行は、とある想区に辿り着いた。

「うーん、新入りさんもそう思いましたか?シェインもなーんかどっかで見た風景だなーと。」

数多くの馬車が行き交う街の中心地。商人のような人から貴族のような上流階級のような姿の人まで、そこには様々な人々が居た。身なりの整った紳士や淑女たちが挨拶を交わしながら、エクス達の周りを通りすぎて行く。空は茜色に染まり、建物に取り付けられたランプ達に明かりが灯され始めていた。だが、依然としてこの想区が何であるかを判別するには至らないものばかりである。


「何だか平和そうね。ほら、あんなところにオペラの広告を配っている人もいるし。」

そう言うとレイナは広告を配っている青年に向かって走っていった。

「その広告、私にも一つくれるかしら♪」

「何やってんだよお嬢!ここが何処かもわからねえのに!…ん?」

レイナに続いて走り出したタオは、何かに気づいたようだった。それを追いかけるようにエクスとシェインも向かう。


「まったく、姉御もタオ兄も急に走ったりするのは止めてください。そわそわし過ぎです。まずは落ち着く事が大事です。」

「いいじゃないシェイン。たまには私達もオペラでも見てゆっくりしましょうよ。」

それを聞いてエクスは小さな溜め息をこぼす。

(早く次の想区を調律しに行きましょう!とか言って張り切ってたのはレイナなのに…)

まあ、たまにはいいかと三人も少し納得すると青年から広告を受け取った。


「今日の上演では期待の新人がヒロインを務めるんだよ!ぜひ見てってくれよ!」

「へー、そうなのね。このクリスティーヌって子がその期待の新人なのかしら。」

レイナの言葉にハッとなったエクスは、シェインと顔を見合わせる。

「そうか、ここは…」


「あのファントムとか言う仮面の野郎の居た、オペラ座の怪人の想区、だな!」

エクスが最後まで言い終わらないうちに、タオが答えを言ってしまった。タオは自分の方が先に気づいたと言わんばかりに勝ち誇った顔をしている。

「あのー、タオ兄?そんなにドヤ顔されてもイラッと来るだけなので止めてもらえますか?」

シェインは目を細めて言った。いつも通りの皆に何故だかエクスは故郷のような安心感を覚える。いや、むしろ故郷のシンデレラの想区ではここまで安心して暮らせていただろうか。全知全能の存在、ストーリーテラーから見放された「空白の書」の持ち主である自分には、あの想区に居場所なんて無かった。


「ところでタオ兄。さっき走り出した時なにか見たようでしたが?」

シェインは思い出したことを聞いた。タオは首を捻りながら答える。

「いやー、それがよ、なーんかどっかで見た事があると思ってさ。」

「え?この想区の事ですか?それならさっきわかったじゃないですか。」

そう言われてタオは首を振る。

「いや、違う違う。向こうの通りをなんかすばしっこい二人組が通りすぎてったんだよ。そいつらどっかで見たんだよなあ。」

「まあ、他人の空似ってやつじゃないかしら。気にすることないわよ。ね、エクス?」


「ねえ、エクス?聞いてるの?おーい、エクスってばー。」

自分を呼ぶレイナの声によってエクスは我に帰った。

(…?おかしいな。いつもはこんなことを、こんな時に深く考えたりしないのに。)

エクスは昔の事を思い出していた自分に違和感を感じた。さっきのは、まるで記憶に手を引かれ連れ去られていたようだった。

「とりあえず、この想区が何かわかっただけでも良かったわ。やっぱり行動しなくっちゃ情報は得られないのよ!墓穴に入らずんば虎児を得ず、ね!」

「たまたま運よくわかっただけじゃないですか。この行動は情報収集とは呼べませんよ、あと墓穴じゃなくて虎穴です。」

レイナとシェインの声が遠く感じる。エクスは自分に違和感を抱いたままだった。


だが、そんなことはすぐに心の隅の隅に追いやられた。

「みんなぁ、逃げろ!で、出たんだよ!あのバケモノだ!」

その叫び声を合図に、一斉に町の人々は走り出す。

子を抱えた母も。

酒に酔った老人も。

広告配りの青年も。

町は一瞬で混沌に包まれた。


「どうやら、ヴィランのお出ましのようだぜ。」

タオは身構えながら告げる。

「わかったわ!シェインは町の人を上手く誘導して!タオとエクスと私でヴィランを片付ける!」

「合点承知の助です。」

レイナの言葉を聞きすぐにシェインが動き出す。

「しっかし、かなりの数だな。ま、俺たちなら行けるよな?」

「勿論よ。こんなとこでくたばってたまるもんですか!」

レイナが勢いよくファインティングポーズを決める。

「それじゃ、行こう!」

エクスがヴィランに向かって構える。しかし、それを遮るかのように、目の前に一つの影が。


「現れたか。ファントムの手下め。」

ヴィランに向かってそう言い放ち、三人の前に舞い降りたのは、気品のある服を纏った高貴な雰囲気の青年だった。その手には、薔薇の装飾が施された短剣が握られていた。

「突然なんだよ!ビックリするじゃねーか!」

タオが声を荒げると、青年は振り向いた。

「君たち…誰だ?」

「それは俺たちのセリフだっつーの!」

落ち着いて、落ち着いてとエクスとレイナがタオを押さえる。

「まあいい。君たちも戦うのなら着い

てこい!」

「何でお前が仕切ってんだよ!」

苛立ったタオをなだめながら、この想区での最初の戦闘が始まった。


ヒーローとコネクトしたエクス達は、街に被害が出ないように素早くヴィランを片付けていく。そんなエクス達を押しのけるかのように、尋常ではないスピードで青年は剣を振るう。その姿は、獲物を狩る狼のように。だがそんな獣のような剣技の中にも、青年の高貴なオーラは纏われていた。

(速い…あの人は一体?)


戦闘が終わり、青年が再び振り向く。

「ふう、なんとか片付いたな。」

青年は額の汗を拭きながら、エクスたちに話しかける。

「君たちもありがとう。ところで…君たちはどうやらこの想区の人間ではないようだが?」

青年の質問に待ってましたと言うようにレイナが答える。

「ええ、私たちは空白の書の持ち主で、混沌に陥れられた想区を『調律』する旅をしているの。」

それを聞くと、青年は目を丸くした。先程までの怒りを秘めたのとは明らかに違う、とても喜んでいるような表情だった。

「そうか!君たちは空白の書の持ち主か!」

青年の反応に驚くレイナたちに、任務を終えたシェインが駆け寄ってくる。


「姉御ー。終わりましたよー。」

シェインは謎の青年に気付く。

「あれ、どちら様ですか?」

それを聞いた青年はハッとして申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや、僕としたことが、名を名乗らず相手の事を聞くなんて。」

失礼しました、と青年は言うと、自分の名を告げた。

「僕の名はラウル。爵位は子爵、これでも貴族の端くれです。」

青年の高貴な雰囲気にも、今の言葉でエクスたちは納得できた。

「なるほどな。で、あんたは何でヴィランと戦ってたんだ?」

タオは気にしたことはすぐに聞くタイプだ。

「それには色々と訳があります。とりあえず、ここにいても仕方ないです。場所を変えましょう。」

そう言われて、エクスたちはラウルに着いていくことにした。


混沌が消え、夜を迎え入れた街。その地下奥深くに、一人の男が佇んでいた。

「決して、奪わせはしない。彼女は私のものだ。」

その手に握られた大剣が、闇へと振りかざされる。

「永遠にな。」

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