第2話 月夜に吠えしカデンツァ

「しっかし、本当に着いてきて良かったのかよ、お嬢。」

タオが不満気にレイナに聞いた。恐らく急に出てきて見せ場をかっさらったラウルの事が気に食わないのだろう。

「まあまあ、そんなにイライラしないでよ。私もまだ状況がよく飲み込めてないし。でも、今の状況じゃこうする以外どうすることもできないでしょ。」

エクス達はラウルの呼んだ馬車に乗せられ、ラウルの屋敷へと向かっていた。夜霧を切り裂くように、二頭の馬は地を強く蹴り森を駆け抜けていく。

「だってよ、町のやつら、そいつのことばっかりヒーローみたいにキャーキャー言ってやがったしなあ?」

そう言うとタオは強くラウルの肩を叩く。

「ハハ、すまないね。気にやむことはないさ。君たちもよく戦ってくれていたよ。」

「そういうことじゃねーよ!」

ラウルの掴み所のない受け答えにタオは余計苛立ちを募らせていた。


「ねえ、ここはあの時の想区なのかな?」

「うーん、どうなのかしら。」

エクスは少し前から疑問に思っていた。以前訪れたオペラ座の怪人の想区では、ファントムがクリスティーヌを、長靴を履いた猫がラプンツェルをオペラ歌手として育てていた。

結局、最後はラプンツェルは長靴を履いた猫の主人であるカラバ侯爵と結ばれるという流れになっていた。しかし、この想区では長靴を履いた猫やラプンツェルの姿は見ていない。ということは、別の想区なのだろうか。

「まあ、まだ来たばかりだし、この想区についてはもう少し調べなくちゃね。」

レイナにそう言われて、エクスはそれもそうかと納得した。


「あの、ラウルさん。聞きたいことが…。」

「ラウルで構わないさ。なんだい?僕の知っている範囲ならなんでも答えるさ。」

エクスの言葉に対してラウルは飄々とした態度で答えた。

「それじゃ、ラウル。さっき言っていたファントムの手下と言うのは…。」

エクスが気になっていたことを聞く。それを聞くと、ラウルの笑顔は一瞬のうちに深い哀色へ変わってしまった。

「ファントムは、僕の宿敵だ。奴は僕からクリスティーヌを奪おうとしている。」

哀しみを秘めたその瞳の裏には、激しく燃え盛る怒りが隠されているように感じた。

「え、じゃあクリスティーヌは貴方の恋人なのね。その運命をファントムがヴィランを使って歪めようとしていると言うことかしら。」

レイナがそう言うとラウルの声はいっそう暗い水の底へ沈んでいるような声へ変わっていく。

「恐らくね。だが、一つ言えるのは、奴のいる陽の光の届かない闇の世界になど、絶対にクリスティーヌを行かせはしないさ。」

ラウルの表情は決意に満ちていた。エクス達はラウルがヴィランと戦っていた理由が理解できた。


黒い森の中をしばらく進んでいると、シェインが気になっていることを聞いた。

「子爵さん。そのカッコいい剣は何処で手に入れたんですか?」

シェインが目を輝かせてそう言うと、ラウルは気さくに微笑んで答えた。

「フフ、これは僕が子爵の爵位を戴いたときに一緒に渡されたものさ。」

「そうなんですか!それならシェインも爵位をもらってみたいですね。」

その時エクスはあることに気づいた。興味津々にラウルと話すシェインとは逆に、タオとレイナはついさっきから何も言わなくなっていた。


「うむ、あと少し。もうすぐで着くよ。」

森を抜け、平原を走っていると、ラウルが後ろを向いて言った。しかし、レイナとタオが反応しない。二人の目は何処か遠い所を見つめているようだった。

「あれ?二人ともどうしたの?」

エクスが咄嗟に聞く。そうすると二人は首を素早く降って瞬きをした。

「あら、私何かしてた?」

「何かって…てっきり僕は何か考え事でもしてたのかと。」

エクスがそう言うとタオは思い出したかのように話し始めた。

「いや、なんだかな。この景色どっかで見たことあるなと思ってたらな、桃太郎の想区の景色に似てたからさ。」

「あ、私もよ。私がまだ幼い頃、故郷でよく森やこういう平原で遊んでいたのを思い出したのよ。」

それを聞いてエクスは不可解に思う。こういう森ならどの想区にも大体あるし、平原だってそうだ。何かがおかしい。二人のこの状態は、街の時のエクスの状態によく似ていた。一体何がこの想区に隠れているんだ。


「はっ!不味い!ヴィランだ!」

ラウルが突然叫ぶ。それと同時に馬車から飛び降りる。エクス達も後を追うように馬車から飛び出た。

「へっ、八方塞がり、四面楚歌って訳か。」

タオが言うように、既に馬車はヴィランの大群に囲まれていた。

「囲まれているのなら、コソコソ隠れる必要はない。正面突破といこうじゃないか!」

ラウルが素早く剣を引き抜く。月明かりに照らされた薔薇の装飾が、黄金色に輝く。それを見たエクス達は、ヒーローとコネクトする。戦闘準備完了。

「今度はあんたに遅れはとらないぜ?子爵さんよ。」

タオは闘志を昂らせて叫ぶ。それはまるで、月夜に吠える獣のように。


ラウルは先程と同じ驚異的なスピードと狂気的な荒々しさ、そして気高い剣の技で次々とヴィランを片付けていった。しかし、タオもそれに劣らない速さを見せていた。次々と倒されていくヴィラン。タオは息を切らしながらもラウルに噛みつくように追い付いていく。


「うん、中々やれるようだね。やはり君たち来てもらって正解だったようだ。」

戦いが終わり、馬車の中でラウルが言う。

「あったりめーだ。貴族さまなんかに負けてたまるか。こちとらチビの頃からずっと特訓してきてんだよ。」

タオは息を切らしながらそう言うと、ラウルを睨み付けた。

(俺はこんなに疲れてんのに、あいつは息一つ切らしちゃいねえ。クソっ…。)

タオは心の中で自分を殴った。

「お、やっと着いたようだ。皆さん、ここが僕の屋敷です。」


馬車から降りると、そこには赤と白の美しい薔薇が咲き誇る薔薇園が広がっていた。

「綺麗…。」

レイナは思わず声を震わせる。その時、エクスは薔薇園を見てシンデレラの想区の城を思い出した。あの城の庭にも、こんな感じで薔薇が咲いていて、

(って、また何を考えているんだ。僕は…。)

エクスはまたつい昔の事を思い出していた。何者かに記憶の引き出しを勝手に開けられているような、そんな感覚がした。


「さあ、どうぞ上がって。一応皆さんは立派な客人ですからね。」

ラウルがエクス達をもてなすため、屋敷の中にいた執事やメイドを呼び出した。

屋敷の外には8人ほどの執事とメイドが並んでいた。四人は屋敷の中へ入っていく。そこは入り口からすでに高貴な雰囲気を醸し出していた。屋敷の中はかなり広く、部屋も多く見える。


と、その時シェインが振り返る。

「おっと、シェインはここで別行動です。屋敷の人たちにこの想区について聞き込みに言ってきます。」

「おう、広いからわからなくならないようにな!」

「タオ兄もからかわないで下さい。もう子供じゃないんですから」

シェインが怒った口調で言う。

「では、後の皆さんは応接間に来てください。」

そう言われてエクス達はラウルに着いていった。

埃一つない廊下を歩いていく。

一つのドアの前を通ったとき。

エクスの耳に微かに音が響く。

音色から察するに、オルゴールだろうか。

それは、何故だか、とても懐かしいような、

そんな音色だった。





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