第3話 戦舞台のプリマ・ドンナ

応接間で、エクス達はラウルにこの想区について様々なことを聞いた。

「まず、この想区にファントムの手下…あの怪物どもが現れたのは、つい一ヶ月ほど前の事だった。」

ラウルは執事の運んできた紅茶を飲み、落ち着いて話し始めた。

「一ヶ月前、僕は仕事で久しぶりにあの街へやって来た。愛しい恋人のいるあの街へ。」

「あら、クリスティーヌとは長い間会っていなかったのね?」

レイナの言葉にラウルは俯いて話す。

「ああ、幼少の頃、親の都合であの街を離れなくてはならなくなってしまった。そこからクリスティーヌとは会っていなかったのさ。」

その言葉に間髪入れず、ラウルは続ける。

「だが、僕は別れるとき約束していた。いつか必ず迎えにいくと。しかし、いざ迎えにいくと、それを邪魔するようにあのファントムの手下達は現れた。」

ラウルは苦い表情を浮かべ、話を続けた。

「ファントムのことは自らの運命の書で知ってはいたが、まさかあんなに手段を選ばない奴だとは思ってもいなかった。」

それを聞いてレイナは言う。

「まあ、そう言えばあの時のファントムもそうだったわね。」

「ん?お嬢、あの時のファントムは偽物だぞ。ほら、あのクリスティーヌとラプンツェルを競わせようとした奴だろ。」


以前エクス達が立ち寄った事のある、ここと同じようにファントム達のいた想区では、偽物のファントムが運命を歪め、クリスティーヌとラプンツェルを競い合わせることで最高の音楽を作り出そうとした。しかし、その結果、ストーリーテラーが想区の秩序を守るために放ったヴィラン達によって葬られていた。


「うーん、でも本物も結構手段を選ばない感じだった気がするけど。」

「まあそうだな。元々そういうやつなんだろ。あの仮面野郎は。」

そう言うとタオは胸を張ってラウルに言う。

「つーわけだ。とりあえず、子爵さんよ。この事は俺達、タオ・ファミリーに任せとけって。あんたは自分の仕事に集中すればいいさ。」

エクスは何となく分かっていた。タオはこれ以上ラウルに自分のメンツを潰されたくないということを。だから自分の仕事に集中しろといって自分達で解決しようとしている。

(何だかんだ、タオもやっぱり負けず嫌いなんだな。)

「あ、お前!今ちょっと俺の事バカにしたろ!」

そう思うと、エクスはちょっとクスッと来てしまった。でも、タオもどうやらエクスの事がわかってたみたいで怒られてしまった。

「せっかくだけど、僕は最後まで戦うよ。だってこれは元々僕らの問題だからね。」


「あの、ラウル。この想区にはラプンツェルと言う女の子と長靴を履いてる猫はいないのかしら?」

レイナがラウルに訪ねる。

「さあ、僕はそんな者達のことは見たことも聞いたこともないが…。」

ラウルの答えを聞いて、三人はここは多分前訪れたオペラ座の怪人の想区とは別であることを理解する。

「あ、そうだった。もう一つ、言い忘れていたことがあった。」

ラウルが再び口を開いたその時、


「ここは…どこですか?」

応接間の扉が開き、シェインが中へと入ってくる。

「うん?どうしたのさ。ここはラウルの屋敷じゃないか。」

エクスが不思議そうに答える。しかし、シェインの次の言葉は想像の範囲を遥かに超えていた。

「あなた、誰ですか?」

「えっ。」

場が混乱に呑まれる。エクスの名前をずっと呼んでいないせいで名前を忘れたのか?いや、そんなはずは。だとしたら、これは…。

「シェイン、ま、まさかお前、記憶喪失になったんじゃないだろうな。」

「あなた達、誰ですか?」


「クソっ…クソっ!何でだよ!何でシェインが…。」

夜が明け、タオはラウルに貸してもらった寝室で一人嘆いていた。

「俺がしっかり付いていれば…今頃こんなことには…。」

エクスは、そんなタオを見て、やりきれない気持ちを感じていた。

(どう声をかけたらいいんだろう…。)

「二人ともおはよう。」

「おはようございます。」

扉を開け、レイナとシェインが入ってきた。「お、おはよう」

エクスはタオに視線を送りながら、二人に向かって挨拶する。しかし、タオは下を向いたまま何も言わなかった。その空気を掻き消すように、レイナが叫ぶ。

「タオ!あなたが落ち込んでてもシェインはもとに戻らないのよ!だったら早くこの想区の事件を解決して、記憶を取り戻しましょう!」

我に帰ったタオは、昨日、シェインの出てきたあとにラウルが話したことを思い出す。

「まさか、君達までこうなってしまうとはね。実は、この想区でヴィランが現れてから、記憶を失うという不可解な出来事が相次いで起こっているんだ。」


「そう…だよな!俺に今できるのは、この想区を元に戻すために仮面野郎をぶっ飛ばす事だけだ!」

タオがそう言うと、エクスとレイナは嬉しそうに微笑む。

「よーし!行くぜ、タオ・ファミリー!」

「おー!」

その次の瞬間、寝室にノックが響く。

「さあ、皆さん、そろそろ出掛けましょう。」


ラウルに連れられ、エクス達は再び街へやって来た。

「すごい…なんだか昨日より人が多い気がする。」

「そりゃそうさ。今日は新作オペラの初上演日だからね。」

そうか、昨日配ってたチラシは今日のオペラのものだったっけ。エクス達は納得すると、オペラ劇場へと入っていった。そこは外よりも人が多いが、みんな静かに幕開けをまっているようだった。

「もうすぐ始まるようだね。クリスティーヌの身に何もなければいいが…。」

「まあ、ファントムも上演中にクリスティーヌをさらおうとはしないんじゃないかしら。」

レイナがそう言うと、タオは眉間に皺を寄せて言った。

「わからないぜ。なんたって手段を選ばないあいつのことだ。逆に一人で歌っているシーンとかは、周りに誰もいないからさらいやすいんじゃねえか?」

「とにかく、集中して見ていよう。」

エクスがそう言うと同時に、辺りのランプが消え、幕が上がり始めた。そして、一つの光と共に、赤い髪の歌姫が姿を現す。


歌姫の舞台は観衆を呑み込んだ。

一つの旋律が、一人の歌が、千を超える人々の心を掴んだ。いや、包み込んだのだった。

「素晴らしい…。」

ラウルは涙を流していた。きっと、幼い頃からクリスティーヌの歌を聞いていたから、彼にとっては成長したクリスティーヌの歌という感動もあるのだろう。


しかし、次の瞬間。舞台は混沌に包まれた。

舞台の光は失われ、歌声は闇に溶けていった。そして響く、怪物の鳴き声。

「来やがったか…!」

タオは椅子から立ち上がり、舞台に飛び乗る。同じように、エクス達も闇を駆ける。

「って、シェイン!?何でいるのよ!」

レイナが着いてきたシェインを逃がそうとするが、

「大丈夫です。戦い方は、何となく覚えてますんで。」

「なんでだよっ!」

タオが突っ込むが、今はそれを気にしている暇は無かった。

「クリスティーヌ、無事かい?」

「あ、ありがとう。ラウル。」

クリスティーヌは混乱した様子で答える。

「下がっててくれ。僕たちで片付ける。」

ラウルがそう言うと、クリスティーヌは首を横に振る。

「いいえ、私も戦うわ。だってこれは…」

エクス達は暗い闇の中、ヒーローとコネクトし、光を放つ。

「私の舞台だもの。」

それを聞いてラウルは前を向く。

「…わかった。だけど、無茶はするなよ。」

そう言って抜かれた剣には、確かな決意と、紅に染まる殺意がこめられていた。


シェインは確かに戦い方を覚えているようだった。動きは殆どいつも通りのシェインといった感じだ。そして、クリスティーヌの歌は傷ついた体を治癒する能力があった。そのお陰もあり、思ったより劇場への被害は小さく済ませることができた。


「ふう、段々と奴の呼び出すヴィランも強くなってきているようだ。」

戦いが終わり、オペラ座のメンバーの方へ向かったクリスティーヌをエクス達は劇場の外で待っていた。外はすっかり夕暮れで、空は昨日と変わらず茜色に染まっていた。

「…ファントム、中々姿を現さないな。」

「それだけ奴もこちらを警戒しているということだろう。」

ラウルは思い詰めたような表情をする。

「まあ、ファントムも戦力が無限にあるわけではないと思うから、そのうち姿を現すはずよ。」

レイナが劇場の方を見つめて言う。前訪れたオペラ座の怪人の想区で聞いた話では、ファントムはオペラ座の劇場の地下に迷宮を作りそこで暮らしている。それをエクスは思い出した。しかし、エクスは別のことが気になっていた。

(記憶喪失と昔の記憶を思い出す…この二つにはなにか関係があるのかな…。)

エクスはこの想区に来てから度々シンデレラの想区の事を思い出していた。馬車の様子から察するに、それはレイナとタオも同じだろう。そして、シェインの記憶喪失。記憶に関する出来事が二つ重なっている。これは一体なんだというのだろうか。


と、その時、

「きゃあぁー!」

劇場の方から叫び声が響く。

「クリスティーヌの声だ!まさか…!」

全速力でオペラ座の控え室へ駆けていく。

そこには、ヴィランの亡骸と、


「遂に会えたな。我が宿敵よ。」

仮面の男が立っていた。



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