そんなに待ってないよ
水城玖乃
第1話 悠輝になった柚葉
大好きな相手が、大切な幼なじみが私を抱きしめている。その両腕でぎゅっと力を込めて。
もしもこれが夜景を見たりするデート中とかだったらどれだけ嬉しいだろうか。でも、今はそんなロマンチックな状況じゃない。
彼は私を抱きしめながら気を失っている。体中血まみれで、どこをどう怪我しているのかも分からない。私も体のあちこちが痛くて、この血がどちらのものなのかも分からない。
でも、一つ分かるのは私の方が怪我が軽いということだ。
彼は必死に私をかばってくれた。だから、私は多分大丈夫だ。でも彼は……?
もし、私が助かっても、彼がいないなんてありえない。そんなことになるくらいなら、私が死んだ方が良い。
最初の衝撃からどれくらい経ったのか。まだ助けは来ない。最初は聞こえていた他の人のうめき声みたいなのも聞こえなくなっていた。気を失ってしまったのか、それとも。
全く身動きがとれなくて、だんだんと眠くなってくる。私は必死に眠気に耐えた。もし、ここで眠ってしまったら、もう二度と彼に会えない気がして。
私が代わってあげられたらどんなに良いだろう。せっかく助けてもらったのに私が怪我をした方が良かったなんて思うのは、いけないことだろうか。それでも……。
「
あまり力の入らない腕で彼を抱きしめる。
神様どうか彼を、悠輝を助けてください。私が代わりになってもいいから。だから……。
だんだんと意識が遠のいていく。もう、これ以上睡魔には勝てそうになかった。
目を開けると真っ白な天井が見えた。自分の部屋の物では間違いなくない。ここはどこだろう?
「――っ」
体を起こして周囲を確認しようとしたところ、強烈な痛みに襲われる。自分の体に意識を向けると体中あちこちがズキズキと痛んだ。
「なにが……!?」
自分が発した声に違和感を覚える。あれ? 私の声はこんな声だっただろうか?
「悠輝っ気づいたのね? 待ってて、今先生を呼んでくるから!」
近くから聞き覚えのある女の人の声がしたかと思うと、気配が遠ざかっていく。
そうだ、今の声は悠輝のお母さんだ。私の幼なじみで大好きな男の子の母親だ。
今、先生を呼んでくると聞こえた気がする。先生って学校の? でも、ここは多分学校ではない。そんな気がする。それならば。
周囲を確認するために、もう一度、起き上がろうと試みる。今度は痛いのは分かっている。痛みに驚くことはない。
「…………っ」
覚悟をしても痛いものは痛い。必要がないなら動きたくないところだが、今は痛みを我慢してでも周囲の確認をしたい。
腹筋に力を入れると痛むので、手を使って起き上がることにする。
「――いだっ!?」
右手に体重を掛けると、激痛が走る。あまりの痛みに悶絶する。骨折でもしてるのかもしれない。
今度は、左手を使う。両腕とも怪我をしている可能性もあるし、今度は慎重に、ちょっとずつ体重をかけていく。さっきのような痛みはない。左は無事らしい。
左手を使いながら、腹筋に力を入れすぎないようにしてゆっくりと上体を起こす。
「ふう……」
ようやく起き上がれたことに安堵して、貯まっていた息を吐き出す。それから、ゆっくりと周りを確認する。
自分の寝ていたベッドの横に医療ドラマの中でしか見たことのないような機械がある。つまりここは。
「……病院」
自分は何か怪我をしてこの病院に運ばれてきたのだろう。えっと、気を失う前に何か……。
「悠輝、先生を連れてきたわ。って駄目じゃない起き上がったりして。安静にしてないと」
悠輝のお母さんが、白衣を着た白髪頭のおじいさんを連れて戻ってきた。そして私は再びベッドに寝かされる。
ちょっと待って欲しい。今なんて言った?
「自分がどこにいるか分かるかな?」
悠輝のお母さんが連れてきたお医者さんの先生らしい人が寝ている私に話しかけてくる。
「病院……」
「うん。ここは病院だよ。君はバス事故に遭ったんだ。覚えてるかな?」
「バス事故…………あっ」
そうだ思い出した。自分は事故に遭ったんだ。悠輝と二人で遊園地に向かう途中、行きのバスで。悠輝と一緒に……はっ!
「無事なんですか! ゆ――いったぁ……」
慌てて起き上がろうとして、咄嗟に右手を突いてしまう。またさっきのような強烈な痛みに襲われる。
「安静にしてなさい。君は大けがをしてるんだよ」
「でもっ……!!」
自分の事よりも、悠輝の事だ。だってあんなに大けがで……。
「
「ゆずっ……えっ!?」
何だろう。さっきから所々おかしな言葉が聞こえる。いや、言葉だけじゃない。
この病室は見た限り自分だけの一人部屋のようだった。それなのにさっきから、悠輝のお母さんが悠輝、悠輝と言っている。
そもそも、悠輝のお母さんが自分の病室の方にいるなんておかしい。まだお嫁さんにも行ってないし。悠輝も怪我をしたなら、間違いなくそっち優先だろう。ここにいるとしたらママやお兄ちゃんのはずだ。
「これって、もしかして……」
目が覚めたら、自分が別人のように扱われている。現実では聞いたことがないが、ドラマや小説でなら見たことがある。目覚めてから今までの事を踏まえて、導き出される結論は……。
「わたっ……僕は
「何言ってるの? そんな当たり前の事を聞いて……」
悠輝のお母さんの表情で冗談を言っているのではないことが分かる。
それでも、まだ信じられない。自分でだした結論だとしても、そんなことはありえないと、そう思ってしまう。
何かないか。自分が本当に悠輝になっているのか。すぐに確認する方法は……そうだ。
「意識もはっきりしていますし、大丈夫なようですね。何かあれば、お呼びください」
「はい、先生ありがとうございます」
悠輝のお母さんたちが話している。先生はもう、出て行くみたいだ。
今は誰もこっちを見ていない。見られているときに試すのは気が引けるが今なら、二人は会話に夢中だ。
動かせる左手で自分の股間に触れる。
「なっ……あぁっ」
予想通りの手応えがあった。出来れば外れて欲しい予想だった。
「つっついてる……」
いや、生えてる? どっちでもいい。そこにあってしまったのだ。男の子だと証明するものが……。
「私、男の子に……悠輝に……?」
少なくとも自分の体ではあり得ない。だって、私は――。
「私が、柚葉なんだけど……」
幸か不幸か、その声は誰も聞いていない。私が悠輝の幼なじみの
「どうしよう……」
こういう時、どうしたらいいんだろう。こういう物語の主人公たちは、まず何をしたっけ……?
「おばっじゃなくて、お母さん!」
「悠輝、どうしたの?」
まず、最初にするべき事は、一つだろう。
「ゆっ柚葉を呼んでくれない?」
自分が入れ替わった相手と会って、話し合うのだ。きっとこれが正解だ。
「……分かったわ。でも、柚葉ちゃんの体調が優れないようだったら駄目だからね」
そう言って悠輝のお母さんが病室を出て行く。
何か変な感じだ。おばさんの事をお母さんと呼んで、悠輝のことを柚葉と、自分の名前で呼ぶなんて……。
「悠輝の体…………」
見下ろせば、自分の体ではなく悠輝の、好きな男の子の体。
「……ふふふっ」
こんな状況なのに、言いしれぬ高揚感に包まれてにやにやしてしまう。入れ替わったのは困るが、好きな相手の体が自分の手元にあると思うと、どうにもドキドキした。
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