第7話 別に怒ってないってば……
「もう夏休みかぁ……」
私は
「まぁ、面倒だしいっか」
勉強がどうこうではなく、悠輝として周りと接するのが凄く大変なのだ。こっちからしたら親しくないのに、相手は友人のように振る舞ってくるし。まあ、兄のおかげか男子の話題もそこそこ理解できるから、私よりも悠輝の方が大変なんだろうけど。
「はぁ……」
「どうしたの? 溜息なんか吐いて」
ふと見上げるとベッドの脇に悠輝が立っていた。青っぽいエプロンを着けていて、前髪もピンで留めている。
「あっ悠輝……」
「あっ悠輝じゃないよ。もうお昼になるから、起きなさい」
悠輝がそう言って私の左腕を引っ張る。
「あと、1時間……」
「長いよ!? もうお昼ご飯出来たよ。早く食べようよ」
しばらく抵抗したが、悠輝が諦めてくれないので、しぶしぶベッドから立ち上がる事にする。
「……分かった。起きるから引っ張らないで」
「うん」
悠輝が手を離してくれる。よし、それじゃあ……。
「悠輝連れてって」
「ちょっと!? 柚葉!?」
立ち上がると見せかけて、悠輝に後ろから抱きつく。
「だだだから、だきっ抱きつかないでって前にも……」
「誰かに見られたらまずいからって言ってたでしょ。ここなら、見られないし」
「そういう問題じゃなくて……その、えっと……だからぁ!」
学校での一件以降、たまにこうやって抱きついているけど、悠輝はいつもこんな風に真っ赤になって慌てる。その反応が可愛くて、私はついついまた抱きついてしまうのだ。
「ああ、悠輝は可愛いなぁ」
「かっ可愛い!?」
うっかり思っていたことを口に出してしまう。それを聞いた途端、悠輝は完全に動きを止めた。
「……悠輝?」
さすがに心配になり、後ろから悠輝の顔をのぞき込む。今まで見た中で一番真っ赤な顔をしている。どこを見ているのか、どこも見ていないのか視線ぐるぐるとを彷徨わせている。
「おーい、悠輝」
「……はっ! ビックリした……っ」
そこで少し顔を後ろに向けて、私と目が合う。
近い。凄く近い。少女漫画とかなら、この体勢のままキスでもしそうだ。まあ、別にキスをするようなロマンチックなシチュエーションではないけれど。
「あっ……あぅっ…………っ!?」
「えっ」
しばらく硬直していた悠輝が私を突き飛ばしてもの凄い勢いで離れる。予想外の行動に何も出来ず尻餅をついてしまう。
「いたたっ」
少し悪ふざけをしていたとはいえ、悠輝に倒されるとは思っていなかったのでビックリした。打ち付けたお尻をさすりながら立ち上がって、悠輝の方を確認する。
見ると湯気でも出そうなほど、真っ赤になった悠輝がぷるぷると震えていた。これは怒ってる? もしかしてやり過ぎてしまっただろうか。
「あっあの、悠輝?」
「お昼ご飯、リビングのテーブルに準備してあるから、早く食べてね……」
そう言って、悠輝は一人で部屋を出て行ってしまった。
「嫌われちゃったかな……」
悠輝が出て行った扉を眺めながら、私はすぐに動くことが出来なかった。
「悠輝、ごめんってば」
「別に怒ってるわけじゃないよ……。それと呼び方」
そう言いつつも、悠輝は先をすたすたと歩いて行ってしまう。
あの後、一緒にお昼を食べる間も、食べ終わった後も、悠輝はあまり話してくれなかった。とはいえ、家に帰ったりはしないので完全に嫌われたわけではないと思うけど。
今は、悠輝が夕飯の買い出しをするというので一緒に来たのだ。早く、悠輝に機嫌を直して貰いたい。
「あっゆ柚葉、買い物かご持とうか? これでも男の子だし……」
「まだ、病み上がりでしょ。カート使うからいい」
スーパーに入り、かごを手に取った悠輝にそう言ってみるが、却下されてしまう。
「じゃあ、わっ僕がカート押すよ」
「……うん」
カートを押して先に行ってしまいそうだったが、今度は頷いて止まってくれた。
これで置いて行かれないだろう。カートが近くにないと入れるの不便だろうし。
「それで、何買うの?」
「えっと……今日は人参が安くて、後は……」
悠輝が鞄からメモを取り出す。どうやら、値段を含めて事前に確認しているらしい。悠輝の主婦力高すぎない?
そのまま悠輝に先導される形で店内を回る。しかし、顔を合わせたくないのかそっぽを向いている。やっぱりまだ怒っているようだ。
「それでね、そのっさっきはごめんね」
「……だから、別に怒ってないってば。……これかごに入れて」
悠輝に人参を渡される。
「でも、その悪気があった訳じゃなくて、その……柚葉が何か可愛くて……つい」
「そ、その話題は今は止めてよ……これお願い」
今度は豚肉を手渡される。一瞬見えた顔が少し赤くなっていた気がした。
「お願い、出来ることなら何でもするから、機嫌直してよ」
「……別に機嫌が悪い訳じゃなくて……」
悠輝が特売のカレー粉を持ったまま俯いてしまう。これ相当怒ってる。どうしよう……。「私は、怒ってるんじゃな――」
「あら、悠輝君と……高木柚葉ちゃん? こんにちわ」
悠輝が何かを言いかけたところで、突然声を掛けられた。多分私たちの両親と同年代の女の人。誰? 今、悠輝の方は知ってるみたいな言い方だったし、悠輝の知り合い?
「……こんにちわ」
とりあえず挨拶を返す。やはり知っている人なのか、悠輝も小さな声でこんにちわと返していた。
「二人とも、もう怪我は良いの? 事故大変だったわね」
「あっはい。もう大丈夫です」
まだ私が使ってる悠輝の体は右手がリハビリ中で定期的に通院しているが、基本的には元気だ。
「あ、悠輝と……高木」
今度は、同じクラスで悠輝の友人の
「当麻、友達にあったらちゃんと挨拶しなさい」
「……こんにちわ」
女の人に言われて、石井も挨拶をしてくる。多分、この二人は親子だな。つまり、この人は石井のお母さんだったのか。
悠輝と二人でこんにちわと返す。
「二人とも、お買い物?」
「あっはい。夕飯の買い出しです」
「偉いわね、お家のお手伝いして。当麻も見習いなさい」
悠輝がそう答えると、石井母が石井に説教する。
「……」
こういう言われ方は嫌なものだし、助け船でも出そうかと思ったが、何も思いつかなかったのでやめておいた。まあ、いいか石井のことだし。
「それにしても、二人で夕飯のお買い物なんてまるで夫婦みたいね」
「ふっふふうふ!?」
悠輝が石井母の言葉に素っ頓狂な声を上げる。
「べっ別にわたっ私たちはそういうのじゃないです!」
あわあわしながら、顔を赤くした悠輝が必死に否定する。しかし、これでは照れて誤魔化しているようにしか見えない。ていうか、悠輝噛みすぎ。
「あっあの、そろそろ帰らないとなんで……ゆずっ悠輝行こう」
「うん」
昔から、二人は仲が良いねとか、将来は結婚するのかな? とか、周りから言われたりしたので、私も悠輝もこの手の反応には慣れている。そのはずなのに……。
「柚葉、どうしてあんなに慌ててたの?」
「あっ慌ててないよ! どう言っていいか分からなかっただけだよ!」
何故か顔を赤くして、必死に否定する悠輝。もしかしたら、悠輝が私の事をそういう意味で意識しててくれているのかな?
「そうだといいな……」
私は、そう呟いて愛おしい幼なじみを見つめた。
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