第8話 せっかくだから可愛いものを選ばないと……
「えっこれ……?」
「うん、多分可愛いよ」
天衣ショッピングモール2階にある一角で私と悠輝は買い物をしている。
「やっぱり、もっと他のを……」
悠輝は更衣室から顔だけ出して、私が差し出したものの試着を拒んでいる。
「とりあえず着てみなって」
しかし、私は無理矢理に悠輝の手に掴ませた。
「うぅー何でこんなことに……」
「今更文句言わない」
「だって、恥ずかしいんだもん! 女の子の水着を着るなんて……」
そう、私と悠輝は二人で水着を買いに来ていた。今の悠輝が着るための水着である。何故こんな事になったのかと言うと、昨日の夕方に遡る。
「あつーい」
私は、悠輝の家のリビングでソファの上に寝転がりながら、テレビを眺めていた。
一応クーラーを点けているのだが、暑いものは暑い。温度を下げてもいいが、今度は冷えすぎて寒くなるし。丁度良い温度に中々ならない。
「悠輝はプールか……」
今日、悠輝は薫子たちと一緒にプールへと出かけている。多分誘われて断れなかったのだろう。行く少し前まで鞄の中の水着を見ては溜息吐いてたし。
「あれ、でも私水着あったかなぁ……」
学校用のスクール水着しか無かったような……。確か、遊び用のは、去年サイズもギリギリだったので捨てたのだ。
「まあ、この前ママと買い物に行ったみたいだし、その時に買ったか」
ママも捨てたのは知ってるはずだし。それに水着が無ければ悠輝も何か言ってきただろう。だから、多分大丈夫……。
そんなことを考えながら、ぐだぐだと夏休みの1日を過ごす。たまに悠輝の友達から、誘いがあったりするのだが、面倒なので基本的に断っている。悠輝も嫌なら断ってくれても良いのだが、友人関係を壊したくないとか言って頑張ってる。
本当に悠輝は真面目だなぁ……。独り言を呟く元気もなくなってきた。横になっているせいかだんだんと眠くなってくる……。まあ、いいか寝ても……。
「柚葉!!」
「うわっ……!」
突然の大声に吃驚して跳ね起きる。何、どうしたの!?
目の前には、何故か半泣きの悠輝がいる。あれ、でも悠輝はプールに……。
「あっもうこんな時間……」
時計を見ると18時半過ぎ。そろそろ夕飯の時間だし、悠輝が帰ってきているのも納得だ。
「……それで、悠輝どうしたの?」
「柚葉、ごめん……柚葉に恥かかせちゃった」
「恥?」
何の事だろう。プールに行って恥をかくって……うん?
「昨日の夜、確認したら学校用の水着しかなくて、それで行ったんだけど……みんな可愛いの着てて」
「あぁ……」
やっぱり水着は無かったのか。まあ、泳ぐだけならそれでも問題ないし、事前に何も聞いてこなかったのは仕方がないだろう。
「本当にごめん……」
「いや、まあ別にいいよ?」
確かに一人だけ、スク水は恥ずかしい気もするが、今回恥ずかしい思いをしたのは悠輝で私は別に恥ずかしい思いをしていない。周りにからかわれるとしても今日くらいだろうし、次から気を付ければ私の心は無傷である。
「あと、それと……」
「え、まだあるの!?」
話はまだ終わっていないらしい。
「その……言いづらいんだけど、プールの後に……」
「後に?」
後に何? 何なの?
「みんなで温泉に入ることになって……それで断れなくて、その…………うぅっ」
何を思いだしたのか悠輝が顔を真っ赤にする。
「…………」
温泉に入るって事は、裸になるってことで。薫子もみんなも服を着て無くて……。
「くっ!」
悠輝が他の子の裸を思い出して顔を赤くしてるなんて、何か悔しい!
「その……柚葉の友達の、その……見ちゃってごめんなさい……」
それは、仕方がないことだと思うけど……。でも、悠輝が他の子のこと考えて照れてるなんて、恥ずかしがってるなんて、……嫌だ。女の子の体見たいなら、私の体見てればいいのに! 今なら、勝手に見放題でしょ!?
「何か、ムカツク!」
「……っ! ごめんね、本当にごめんね!」
悠輝は一瞬びくっとしたかと思うと、ぺこぺこと頭を下げる。
別に悠輝が悪いわけでもないのだが、それでも何故かイライラするのだ。もしかして、浮気された人の気持ちってこういう……? いや、まだ悠輝と付き合ってる訳じゃないけど。
「……あの柚葉?」
ずっと、考え込んでいると、返事がないのに焦ったのか悠輝が恐る恐るといった感じで聞いてくる。
「その、出来ることならお詫びするから……あのっ」
入れ替わってから、何度目かの出来ることなら何でもするを聞いた気がした。しかし、今までも今回も悠輝が悪いわけじゃないのだ。この前悠輝が怒ってたときは、私も何にもしなかったし。だから、そのまま許して……。
「じゃあ、一緒にプールに行こう。二人っきりで」
あげてもいいのだが、ついついそれを利用してしまう。こういうところは自分でも最低だと思うのだが、悠輝が何でもしてくれるって言ってるのに、その権利を放棄するなんて勿体なくて出来ない。
「え、プール……?」
悠輝は予想外の言葉だったのか目をぱちくりさせて驚いている。
「そうプール。今度は、ちゃんと可愛い水着でね」
「それでいいなら……分かった」
悠輝も頷いてくれたのでプールデートが決定した。去年も二人でプールに行ったが、あの時は泳ぎの練習のためだった。でも、今年は違う。二人っきりで可愛い水着を着て……いや着て貰って、デートをするんだ。
そして、今そのデートのための可愛い水着選びをしている。
「まあ、悠輝はデートとは思ってないんだろうけど」
男の子と女の子が二人で出かけるなら、だいたいデートになると思うが、悠輝の中ではただ幼なじみとお出かけくらいになっているだろう。他の友人達よりも近しい幼なじみの称号だが、それによって関係の進展が阻まれている気もする。
「……着替え終わったよ」
更衣室の中から悠輝の声がする。凄く不安そうで小さな声だ。よっぽど恥ずかしいのか。「じゃあ、見せて」
「……心の準備するからもう少しだけ待っ――」
時間が掛かりそうなので、さっとカーテンを開ける。驚いた顔で固まった悠輝の姿が目に入った。
「い、今待ってて言ったのに……」
悠輝の顔がみるみる赤くなっていく。いや、顔だけじゃなくて全体的に赤くなっている気がする。見られるのがかなり恥ずかしいのだ。
可愛らしい反応ばかり見ていないで、水着の方を見る。水色のビキニタイプで、上下ともにひらひらとした飾りのついたデザインでとても可愛い。悠輝の入った私は弱々しくて可愛らしいイメージがあるので、そこも上手くマッチしている。唯一の欠点は全然成長していない胸部だが、そこは今後に期待しよう。うむ。
「思った通り良い……」
自分が着ることになったら雰囲気的に似合うか分からないが、悠輝が入っている間はぴったりだろう。
「全然良くないよ! こんなの恥ずかしすぎて、プールなんて行けない……」
両腕で自分を抱くような仕草をする。その動きも可愛いのだが悠輝に自覚はないみたいだ。
「似合ってるから恥ずかしくないって」
「恥ずかしいよ! ワンピースタイプにするとか……せめて上がキャミソールみたいになってるのにしてぇ」
凄く可愛いし、個人的にはこれで決めても良いくらいなのだが、悠輝があんまり嫌がるので他のを持ってくる。
「これならまだ……」
同じく水色のワンピースタイプの水着。細かいドット柄で下はスカート状のひらひらがついている。可愛いよ、でも、だがしかし……。
「やっぱりさっきの方が……」
「えーっ!?」
元々持っていたのは、ワンピースタイプだが、今年はビキニタイプにすると決めていたのだ。そう、別に中身悠輝で自分が気恥ずかしくないから選んでるわけじゃ……。
「…………分かった。じゃあさっきので良いよ」
「えっ本当?」
悠輝があっさりと妥協してくれた。嬉しいけど、どうして?
「今年は自分で着るけど、来年には戻ってるかも知れない……いや戻ってるはずだから、柚葉が良い方でいいよ……」
最後の柚葉がのところは、周りを気にしたのか、恥ずかしいのか大分小さい声になっていた。
「ありがとう」
「うん」
悠輝が少し頬を赤くしながら頷く。
「じゃあ、これ脱ぐからお会計に……」
「さっきの大丈夫なら、ビキニタイプで良いんでしょ? 他にも微妙な違いで迷ってたのあるから色々と着てみてよ」
「えっ!?」
「じゃあ、着替えて待ってて!」
「ちょっと待っ!」
悠輝が後ろで何か言っていた気がするが聞こえないふりをして水着の物色に向かう。せっかくのデートなんだから、一番可愛くなる水着にしないと。
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