第9話 プールデート
「…………」
はぁ……緊張する……。
今日は、悠輝とのデート当日。というわけで、プールに来ていた。
途中までは一緒だったのだが、着替えのために分かれてしまった。
「遅いなぁ……」
悠輝は、女の子になっても着替えはそんなに時間が掛からなかったはずだ。どうしたんだろう。
暇を持て余して周囲を眺める。中高生くらいの男女二人組が、カップルが意外と多い。
「私たちもカップルに見えるのかな……」
どうだろう。小学生くらいだと、周りはそう思ってくれないかも知れない。いや、周りどころか悠輝も……。
駄目だ駄目だ。一人で考えていると悪い方にばかり考えてしまう。良い方に考えよう。
「良い方に……」
悠輝だって、最近は意識してくれている感じはあった。だから、今日のもデートだってちゃんと分かってくれてるかも。うん、きっとそうだ。
「……お、お待たせ…………」
考え込んでいる間に悠輝がやってきたらしい。その声の方へと振り返る。
「…………可愛い」
水色で無地の水着。色だけ見ると少し地味な気もしたが、下はフリルのスカートになっているし、そして上は胸元のリボンが個人的に可愛くてお気に入りだ。
「そ、そう……?」
悠輝が頬を赤らめながらもじもじとその身をよじる。ああ、反応まで可愛いよ~。何か一周回って敗北感が……。
「ゆずっ……悠輝? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。えっと……遅かったね。何かあった?」
悠輝の可愛さを喜ぶ気持ちと敗北感との間で葛藤していると、悠輝から心配されてしまった。慌てて話を変える。今は、悠輝が可愛いのが丁度良いんだ。深く考えるな、私。
「何かあったというか……着慣れてなかったのと、心の準備が必要だったのと、混んでたのと……あと、着るときに勇気が必要だったのと……」
二つくらい同じ内容のような……。まあ、つまり恥ずかしくて遅くなったのか。
「似合ってるよ」
「そっそれを言われても、あまり喜べないというか……」
悠輝がさらに顔を赤くする。両手で顔を覆って隠してしまった。
「そこは喜んでいいって。それじゃあ、遊ぼっか」
悠輝に左手を差し出す。今は、私が男の子だしリードしてあげないとね。
「…………うん」
悠輝がおずおずと右手で手を取ってくれる。しっかり握り合ったのを確認して二人で歩き出す。
「この前も思ったけど、平日なのに混んでるね」
「みんな夏休みだし」
8月といえば、みんな夏休みのはずだ。パパとかママとか年中仕事してる気がするけど、多分のそのはずだ。
「この前と言えば、薫子と達と来たときは何してたの?」
私の分からないところで悠輝が女の子達と、何をしていたのか、聞かせて貰おうじゃないか。
「うーん……普通に泳いだり、プールで流されてたり……あっウォータースライダーとかやったよ」
「ウォータースライダー……」
「薫子と一緒に乗ったんだけど、薫子怖かったみたいで少し泣いちゃって……悪いことしたなぁ」
薫子と一緒に……。
「それって、去年一緒に乗った二人乗りのやつ……?」
「うん」
二人の思い出の出来事を他の女の子とも一緒に……。一緒に。 むーっ。
「あれって、体が密着するよね……?」
「そうだね。薫子なんて取っ手掴まないで抱きついてきたから困ったよ」
抱きっ抱きついた……!? 二人で何やってるの! いくら、今は女の子同士とはいえ……悠輝もちょっとは気にしろ!
「…………むー」
「どうしたの? 何か怒ってる?」
「怒ってないけど……」
怒ってはいないけど、むかつくのだ。
「最近、薫子と仲が良いんだね」
「うん。良い子だよね。いつも助けられてるし、見てると元気になるよ」
「…………そう」
面白くない。面白くない面白くない。悠輝が薫子のこと褒めるのなんて聞きたくない。
「あっそうだ。せっかくだし二人で一緒にウォータースライダーする? 去年みたいに」
「…………する」
むかむかは止まらなかったが、悠輝が誘ってくれたのに断るのも気が引ける。なので了解した。
並んで歩いて、ウォータースライダーの所まで移動する。
「混んでるね」
「……うん」
二人で列に並んで順番が来るのを待つ。
さて、困った。ウォータースライダーはあまり得意ではないのだ。
去年は悠輝と一緒だったので、やるだけやってみたのだが、正直何が楽しいのかは分からなかった。強がって、意外と大丈夫だったとか言ってしまったので、問題ないと思われているのだろう。悠輝と一緒なのは嬉しいけど、うーむ。
「あ、次みたいだよ」
えっもう!? まだ心の準備が……。
「次の人どうぞ」
係の人のその言葉に悠輝が返事をする。
「行こう」
そう言って、私の手を掴んで悠輝が係の人のところまで行く。
「じゃあ、乗ってください」
「はい。……前と後ろどっちが良い?」
この乗り物は二人乗りで、前と後ろに座れるようになっている。どちらが良いのか……。
薫子みたいに抱きつくなら後ろ? 前からだと抱きつけないし。でも、男の子が女の子に抱きつく乗って周りから見たら変かな……。それなら、前の方が……。
「あ、あのカップルだと、どっちが前が多いですか?」
分からなくなってきたので、係の人に聞いてみる。
「だいたい男性が後ろですかね。どちらでも大丈夫だとは思いますけど」
「じゃあ、後ろに乗る」
「…………分かった」
係の人の答えを聞いて、後ろに決める。今は男の子だしその方が自然だろう。伝えると、悠輝は少し恥ずかしそうに頬を朱に染めていた。
「それじゃあ押しますよ」
二人が乗ったのを確認した係の人がそう言うと、乗り物をコースへと一気に押し出す。
「うわっ!」
コースを下に滑っていく。だんだん速度が上がっていき少し怖くなってくる。
「……っ!」
悠輝にしがみつこうかと思ったが、今取っ手から手を離すのは危ない。それに男の子が怖がって女の子に抱きつくのは、どう考えても周りに引かれてしまう。
早く終われと願いながら必死に耐える。そうしていると、水面に衝突した。
「ぶわっ……」
慌てて浮上して息を吸う。何度も強く息を吸ってばくばくする心臓を落ち着けた。
「こ…………」
怖かった。思ったよりも速度が出ていた。もうやりたくない。
「楽しかったね!」
着水用のプールから二人一緒に出ると、乗る前の恥ずかしそうな様子は既になく、楽しそうな笑顔で悠輝がそう言った。
「もう一回行く?」
「い、いやもう良いんじゃない? 他のこともしようよ」
「そっか……」
悠輝は少し残念そうにしていたが、二度目は諦めてくれたみたいだ。
「疲れたね」
「うん、くたくた」
本当にくたくたである。水に入って遊ぶのは中々体力が奪われる。少し前まで入院していた体にはきつい。
二人でしばらく泳いだり流されたりしながら遊んでいたのだが、いい加減疲れたしお腹も空いたので椅子とテーブルがあるテラススペースへと来ていた。
「待ってて、何か食べ物と飲み物買ってくる」
テーブルに突っ伏している私にそう言い残し、悠輝は売店の方へと歩いて行く。
「こういうところで、さっと動けたら気が利く良い彼女なのかな……」
でもまあ、今は悠輝が女の子だし、これはこれで……。
そんなことを疲れて回らなくなった頭で考える。
「はい」
「っひゃぁ!?」
突如頬に冷たい物が当たり、変な声が出る。跳ね起きて確認すると、悠輝が買ってきた缶ジュース差し出していた。
「悪戯良くない……」
「ごめん……違ったかぁ。こういう時はこうするんだと……」
何が違ったのか分からないが、今の悠輝の行動は可愛い彼女っぽい気はする。変な声聞かれたのが恥ずかしくて、批難しちゃったけど。
「はい、オムそばとたこ焼きと、フライドポテトと……」
悠輝がテーブルの上に並べていく。随分と色々と買ってきたなぁ。
「ありがとう」
「うん、じゃあ食べよう」
二人でいただきますをして食べ始める。とりあえずオムそば。
うん、特別おいしい訳じゃないけど、こういうところで食べるならあり。
「美味しい?」
「まあまあ。柚葉の料理の方が美味しいよ」
「そそっか……ありがとう」
悠輝が顔を赤くして俯く。何かドラマとかで見る典型的な新婚さんみたいな会話になってしまった。悠輝の料理が美味しいのは本当だけど。
悠輝が黙り込んでしまい沈黙が続く。気まずい。何か話題は……。
「そう言えば、髪伸ばしてくれてるんだね」
「髪? うん、薫子から伸ばしてたって聞いたからそうしてるんだけど、違った?」
「ううん、伸ばしてたけど……」
私は3月くらいから髪を伸ばしていた。理由は悠輝が髪が長い女の子が好きみたいだったからだ。
本人にはっきり聞いたわけではないのだが、昔から悠輝が可愛いっていうキャラクターはだいたいロングだし、ショートとロングの2択で芸能人とかで可愛いと思う方を聞くとほとんどロングの方を可愛いと言う。本人に聞いても特に髪が長い女の子の方が良いと思ってるわけじゃないと言われたこともあるのだが、自覚がないだけで多分髪が長い子が好きなのだ。髪の毛が長い薫子のことも褒めるし絶対そうだ。
しかし、私は昔から髪をそこまで長くしたことがない。正直長いと面倒そうとまで思っていたのだが、悠輝の好みなら伸ばすしかない。何ヶ月前かの私はそう決意して、伸ばし始めたのだ。
「そういえば、髪型で要望とかある? 伸ばした後どうしたいかとか」
「特に……」
とりあえず伸ばそうくらいの気持ちだったし。まあ、髪も柔らかいしくせがないから、伸ばすと綺麗なロングになるって美容室で言われたことあるし、やっぱりサラサラな感じ?
「何かあったら言ってね。元に戻るまでの間、ちゃんと手入れとかしておくから」
手入れって悠輝そんなに気にしてくれてたんだ……。何だか悠輝に負担ばかり掛けてるような……。
「食べ終わったら、もう少し遊ぼう。この水着だと、泳ぐのは向かなそうだけど」
そう言って、悠輝が自分の着ている水着を見下ろして少し恥ずかしそうにする。その格好も悠輝に恥ずかしい思いをさせてるんだよね……。
「午前中からいたら、疲れちゃったね」
15時過ぎになり、さすがに疲れたと二人でプールから退場した。今は着替え終えて、ロビーのベンチに座って休んでいる。
「そうだね。そろそろ帰ろっか」
せっかくのデートだし名残惜しいが、お互いにくたくただし、帰って休んだ方が良いだろう。
「……柚葉、ちょっとお話してからにしない」
悠輝が耳元で囁くように言う。小さな声とはいえ、悠輝が外で本当の名前を呼ぶなんて珍しい。
「いいけど」
「良かった……」
悠輝は何度か深呼吸をする。しばらく繰り返して、落ち着いたのか、こっちをじっと見つめてくる。
「あのね、前に柚葉が言ってた事……なんだけど……」
少し言いずらそうに切り出してくる。その頬は朱色に染まっていて、まるで告白前の女の子みたいに可愛らしい。
「責任をとるって約束のこと……」
「それ……」
その話は、入れ替わりで責任を感じていた悠輝に自分が言ったことだ。責任をとってくれと。
「私……俺と柚葉がっ……その……」
ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。悠輝が今言おうとしてるのは……。
「付き合って……ううん。けっ結婚する……ってことだよね?」
悠輝が首を傾げてこっちを見る。自分の考えが正しいか確認しているのだ。あの時は、責任を取るっていうのがどういうことか分かっていなかったから。
「そのっ……柚葉になってからね、少女漫画見たり……恋愛ドラマ見たりしてて、それで、多分柚葉の言っていたのってこういうことなのかなって思って……」
そうだって言うだけで良い。そうすれば、悠輝とずっと望んでいた関係に……恋人に。
「元に戻れたら、柚葉の旦那さんになって……万が一、絶対にないとは思うけど、戻れなかったら、お嫁さんに……それで……良いんだよね?」
返事をしない私に悠輝がもう一度聞いてくる。その様子は告白の返事を待っている少女のようで。
「っ…………」
口を開くが上手く言葉が出ない。そうだって言いたいのに言えない。
『私が代わりになってもいいから』
事故の時に私が強く思った気持ち。願い。
悪気があったわけではなく、純粋に悠輝に助かって欲しくて祈った気持ち。
でも、今悠輝に不自由を強いているのは、これが原因で……。
証拠も何もない。でも、それが原因だって私の心が告げている。
「悠輝……」
「……何?」
予想外の言葉だったのか、悠輝が少し驚いた様子で返事をする。
「この入れ替わりは……」
「入れ替わりは?」
ずっと黙ってきた。言ってしまったら嫌われるんじゃないかって……でも。
「……私のっ……せいなんだよ」
その言葉を私は必死に絞り出した。
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