第4話 私ってこんなに可愛かったの?
目が覚めてから、一ヶ月ほどが過ぎた。
私は、まだ病院にいるが悠輝は少し前に退院してしまった。
いつも悠輝が来てくれたり、自分から行ったりして時間を潰していたので、凄く退屈である。
「悠輝は今頃学校かな……」
今は13時過ぎ。お昼休みが終わり、午後の授業が始まっている頃だろう。
悠輝は大丈夫なのだろうか……。
今の悠輝は、私こと柚葉である。そのまま学校に行って上手くやって行けてるのか。
「うーん」
入院中に週に一度のペースで薫子が来ていたのもあって、悠輝も薫子には慣れた様子だ。だから、薫子と何とか過ごしてるんじゃないかな……。
「薫子と二人……」
正確には、他の3人の友達と5人で過ごしているはずだけど、そうだけど……。
「絶対帰りは薫子と二人っきりだしなぁ」
3人とは学校を挟んで反対側に家があるので、帰りは薫子と二人で帰ることが殆どだった。薫子の性格からして、退院したばかりの私と一緒に帰ろうとするだろう。薫子のその行動は、私を心配しての行動だと分かるけど、分かるけど!
「でも、二人が一緒に仲良く下校するのは何かムカムカするー!」
周りから見たら女の子同士でも、悠輝から見たら異性だぞ? いくら悠輝が恋愛ごとに関心薄そうでも、何かのきっかけで薫子を好きになったりする可能性も……。むーっ!
二人の間に入って適度に距離を取らせたいけど、私はまだ入院中だし……。
「ていうか、何で一度も来ないのよ!」
慣れない生活で色々と大変なのも分かるけど!けどっ!
「もーっ!」
枕をベッドに何度か叩きつける。しかし、そんなことをしても、もやもやとした気持ちが晴れるどころか、物に当たった罪悪感に苛まれるだけだった。
一旦落ち着こう。そうした方が良い。
気分転換に一度病室から出ることにする。1カ所に籠もっているからうじうじと考えてしまうんだ。
とりあえず病室から出たが行く当ても無い。うーむ……いや、用を足して来ようか。
右腕は相変わらず使ってはいけないが、もう歩けるくらいには回復した。まだ痛むところもあるが生活に支障はなさそうだし、体力さえ戻れば悠輝みたいに退院できるだろう。
ゆっくりと歩いて少し距離のあるトイレに向かう。表札を確認して、青い人が立っているマークの方へ入る。最初こそ少し抵抗があったが、一ヶ月も経てばもう慣れた。
「ふぅー……」
女の子の頃には、使ったことが無かったもので、立ったまま用を済ます。感想を上げればきりがないが、一番思ったのは、さっと済ませるから楽だということだろうか。あ、あとする時に個室じゃないのは、まだちょっと抵抗がある。
拭いたりせずに滴を切って仕舞う。もう慣れたけど拭かないのも何か気になるなぁ。
手を洗ってトイレから出る。何だかんだ慣れたので、それほど苦労もない。悠輝の体だと思うと、ちょっとドキドキして変な気分になるのが少し問題なくらい。
「ふぅー」
「はぁ……」
今、溜息みたいなのが聞こえたような……。
声のした女子トイレの方を見ると、丁度トイレから出てきたらしい私の姿をした悠輝が居た。その頬がほんのりと赤くなっている。
「あ、悠輝……じゃなくて柚葉」
危ない危ない。うっかり、いつもの癖で悠輝と呼んでしまった。今は人の目もあるし気をつけないと。
「えっ……!? ゆっゆゆゆずっ!」
私の声でようやくこっちに気づいた悠輝が、こっちを向いて口をぱくぱくとする。みるみる顔が赤くなっていった。
「何、赤くなってんの?」
「えっいやその……別にっ」
この慌てようは何だろう? トイレで私の体に何かしていたとか? 悠輝が興味を持ってくれるなら寧ろ歓迎だけど、多分違うか。
「もしかして、まだ恥ずかしいの?」
頭で思ったのと別の可能性を口にする。さすがに一ヶ月もその体で過ごして今更ないとは思うけど。
「…………うん」
悠輝がこくりと頷く。え、当たり? 悠輝ちょっとうぶ過ぎませんか?
「もう、一ヶ月も経ってるんだよ?」
「だって……全然慣れないし、その……ないのが変な感じで……拭くときとか特に……」
悠輝が両手を後ろに回して、もじもじとする。さっきから顔が真っ赤で、どれだけ恥ずかしいのかが伝わってくる。
こんな状態の悠輝を他の人に見せるのも何かいけない気がして、その手を引いて私の病室に戻る。
「いい加減慣れなさいよ」
ベッドに座り開口一番に言う。
「そんなこと言われたって……今まで生きてきたのと全然勝手が違うし……それにやっぱり柚葉に悪いし……」
仕方ないと言ったのに、まだ悪いとか言ってるのか……。気にしいもここまで来ると、少しイライラするぞ。
「お互い様だから良いって。それに、その…………でしょ」
責任取ってくれるんでしょ、と言いたかったが、恥ずかしくてその部分をはっきりと口に出来ない。
「うん、責任は取るけど、それで悪くない訳じゃないし……」
「悠輝、だから――」
「だって、もうこれセクハラとか超えて犯罪だよ! 私悪いことしてるよ!」
いや、セクハラも犯罪だよ? それと悠輝は自然に自分の事私って言うようになっちゃってるね。
「それに、その……見ちゃった」
「?」
何を見たって? ……え、もしかして宝箱見られた!? あれには悠輝との思い出の品とか入ってるし、今見られるのは恥ずかしい……。
「お風呂入ったときに、柚葉の裸しっかり見ちゃったよ!」
「……っ!」
そっち!? いや、寧ろ帰ってお風呂入るまで見てなかったの? 私とか結構早いうちに確認してたんですけど。何か、私の方が悪いみたいな感じが……。
「ごめん……出来るだけ見ないようにしようと思ってたんだけど、その……うっかりと好奇心が重なってそれでぇっ……」
悠輝の目元に涙が浮かぶ。いや、何で泣くの? 反省してるから? しなくていいよ反省なんて。私だったら、一人でお風呂入ったら、それはもうあちこち見たり触ったり、とても悠輝に言えないようなことするよ?
「悠輝、それもあれで良いから!」
責任うんぬんのことは恥ずかしいので、あれで誤魔化す。しかし、悠輝はふるふると頭を振る。
「駄目だよ……柚葉のこと辱めちゃったもん。それだけじゃ許されないよ……」
それ絶対使い方間違ってるから! だって悠輝見ただけなんでしょ? 寧ろもっと興味津々になってくれた方がいいくらいだよ!
「もう、泣かないでよ……私が良いって言ってるんだから。悠輝が納得いかないなら……その分もっと……」
「もっと責任を取る?」
「そう! それでいいから」
そもそも責任を取るにもっとがあるのか分からないけど、そういうことにしておこう。
「分かった……ありがとう柚葉……」
擦って少し赤くなり、まだ濡れている瞳でこっちを見上げてくる。
う、上目遣い可愛い!! 何これ、私ってこんなに可愛かったの? それとも悠輝が入ってるから可愛いの? えっえっ!?
「と、とりあえずタオル貸してあげるから、濡らして目の上に乗せたら? そんな顔じゃ帰れないでしょ……」
そう言いながら、タオルを取って差し出すと、悠輝がこくりと頷いてタオルを受け取った。そして病室内にある流し台でタオルを濡らして目の上に乗せた。
「何かシュール……」
流し台の前に立ったまま顔を上に向けてタオルを乗っけている様は横から見たら面白い。
「せめて座ったら?」
「……うん」
悠輝がタオルを少し浮かせて椅子の位置を確認しながら座り、またタオルを目の上に乗せる。
しばらく、そのまま放置していると、疲れたのか悠輝がタオルを外した。
「顔どう?」
「可愛い……じゃなくて、少しは良くなったんじゃない」
ついうっかり思っていたことを言ってしまった。さっきの悠輝の可愛さについて考えていたせいだ。だって、こう胸がときめくレベルの可愛さだったよ?
「えっと、そうだ。家に帰ってみてどう? 学校とか何か困ったことある?」
悠輝が泣き出したせいで元々聞きたかったことを忘れていたので、その話をする。確認しておかないとね。家でのこと、学校でのこと、薫子とのこと、薫子についてどう思ってるか、薫子好きになってないことの確認とかとか。
「うーん、学校は頑張って話し合わせるので精一杯かな。女の子の話題よく分からなくて」
まあ、そうだろう。お兄さんがいる
「家は……ママの料理凄いね……」
このママは私のママのことだな。凄い……確かに凄いね。まさかあの食材達があんな激不味料理に変わるんだから。私もママの呪いを受けているのか料理全然出来ないし。
「まあ、私でいる間は、食べなきゃいけない時は絶対あるから頑張って。何なら、不味いと吐き出してママをいじめてもいいよ」
一応、仕事が忙しい中、出来るときだけでも料理を作ろうとしてくれる心意気は、子供として感じているので文句を言ったことはないが、あの不味さは尋常じゃないし、悠輝が耐えられないなら、止めさせてかまわない。悠輝にあんなもの食べさせるの悪いし。
「ううん、頑張って食べるよ……ただ」
「ただ?」
悠輝なら、食べると言うと思ったが、何か付け加えたいことがあるようだった。
「お母さんの料理が恋しくなった……」
そう言う悠輝の表情はとても寂しそうで、この状況を少し楽しんでいる自分が少し心苦しくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます