第5話 悠輝の家で
「柚葉もやっと退院だね」
病室で私の荷物を鞄に詰めながら悠輝が嬉しそうに笑う。自分でやると言ったのだが、まだ完治したわけじゃないんだから休んでて、と言って触らせてくれなかった。
「さっきから同じ事言ってる……」
悠輝は今日病室を訪れてから、何度もそう言っている。さすがにちょっとくどい。
「だって嬉しいんだもん。やっと二人とも退院できるくらい良くなって」
「それは……うん」
事故に遭ったのがゴールデンウィークで、今は7月半ば。2ヶ月半も入院していたことになる。まあ、一ヶ月くらいは意識が無かったから、体感はもっと短いが、それでもやっと二人とも退院できると感じるくらいには病院で過ごしたのだ。多少感慨深くもなる。
「後は体が戻れば、全部元通りなんだけどね……」
悠輝が先ほどまでの嬉しそうな表情から打って変わって、少し表情を暗くする。それも仕方がない。
「そうだけど、方法が分からないしね……」
物語の入れ替わりでよくある展開として、入れ替わった時と同じ状況にしたりなったりして、元に戻るというのがある。
しかし、私たちの場合はそれをするのは止めた方が良い。他にも死者が出たような大きな事故。またそんな目にあったら、入れ替わる前に死んでしまうかもしれない。
「うん……何かのきっかけで戻るのを期待するしかないよね」
私が事故の時に、悠輝の怪我を代わってあげたいと神様に祈ったのは悠輝にも教えていない。勿論、それが絶対に原因とは言えないが、何となくそれが理由のような気がしてならないのだ。なので、入院中に何度も同じように祈って試してみたのだが、残念ながらこの通り入れ替わったままである。
「そうだね。だから、それまではこのままお互いに助け合おう」
「うん」
私の言葉に悠輝が頷いてくれる。いつも優しく私の事を考えてくれる悠輝。もしも、入れ替わりが私のせいかもしれないって聞いたら、悠輝はどう思うだろう。
多分気にしないと言ってくれるだろう。私のせいじゃないと。でも、心の奥底では嫌ってしまうんじゃないか? そう思うと、悠輝にこのことを話せない。
「よし、片付け終わり。お母さんが来るまでまだ掛かりそうだし、飲み物でも買ってくるね。何が良い?」
「何でも良いよ」
「それが一番困るんだけどなぁ……」
そう言いながら、悠輝が病室から出て行く。
悠輝は多分色々と無理している。女の子っぽくしようとするのだって多分嫌なはずだ。でも、悠輝は日に日に女の子っぽくなっている。私でいるのに少しずつ慣れてしまっている。
「それまで……か」
それはいつまでだろう。もしかしたら、それは。
「死ぬまでずっとだったら、どうしよう……」
私の事はともかく、悠輝にこれから先ずっと負担をかけるかもしれない。それなのに何も出来ない自分が凄く歯がゆかった。
担当の先生や看護師さんに送り出されて病院を出る。おばさんが運転する車に、悠輝と乗って自宅へと向かった。
「久しぶりの我が家ね、悠輝」
「……うん」
おばさんが運転しながら、嬉しそうにそう言った。私からしたら我が家に帰れる訳ではないが、悠輝の家で過ごすなら、病院にいるよりもずっといい。何度も訪れて慣れた場所ではあるし。
しばらく車に揺られて、見慣れた場所にやってきた。私と悠輝が暮らす部屋があるマンションだ。
「何か、懐かしい……」
「うん、私も退院して帰ってきた時、そう思った」
私の言葉に悠輝も同意する。ずっと住んでいるこの場所をこんなに長く離れたのは初めてだ。戻ってきただけで少し安心する。
3人でエレベーターに乗って、5階に上がる。私の家は507号室で悠輝の家は隣の508号室だ。今から入るのは508号室になる。
「……お邪魔します」
「悠輝、ただいまでしょ? 何変なこと言ってるの?」
「あ、うん……ただいま」
慣れた場所過ぎて、無意識にお邪魔しますと言ってしまった。確かに今は悠輝だから、ただいま、と言うべきだ。
「柚葉ちゃんも上がって」
「はい、お邪魔します」
悠輝も言い間違えたりするかと思ったが、普通に答えていた。玄関に入って、自分の靴と私が脱いだ靴を揃えて置き直したりしている。
「何か、慣れてない?」
悠輝の反応というか、雰囲気というか、自分の家だから慣れた感じというよりも、私として来慣れた感じがある。
「あ、うん。ゆずっ……悠輝が退院する前から、お邪魔したりしてたから」
悠輝も女の子っぽい仕草やしゃべり方は慣れてきたみたいなのに、私のことはいつも柚葉と言いかけてしまう。二人の時は元の名前で呼び合ってるし、気を抜くと普段の通りに呼んでしまうのだろう。
「へー来てたんだ」
「う、うん」
特に変な言い方をしたつもりは無かったのだが、悠輝が少したじろぐ。いや、何でそんなびくっとした反応になるの?
「今日は悠輝が好きなカレーにするわね」
「あーうん」
玄関で話していたら、台所の方からおばさんの声がする。おばさんの料理美味しいから、何だって楽しみになってしまうな。
「悠輝、肩貸そうか?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
病み上がりの私を気遣ってか悠輝が申し出てくれたので、お願いする。肩を借りるってことは密着出来る。よしっ。
悠輝にくっついてリビングまで歩く。当たり前のことだが、今の悠輝は女の子なので、その体はとても細くて華奢で……これは肩を貸して貰うんじゃなくて、こっちが貸した方が良いのでは? 今はこっちが男の子なわけだし。
「柚葉、こっちが肩貸そうか?」
「えっ!? いや、私よりも悠輝の方が退院したばかりで本調子じゃないんだから、それは駄目でしょ」
「あー、そうだよね」
確かに、悠輝の言うとおりだ。別の機会にするしかない。
ていうか、話してて頭が少しこんがらがる。心の中では、悠輝と呼んでるのに、口からは柚葉と呼ぶし、悠輝も私の事悠輝と言ってくるしで……。ああ、ややこしい。
「はい、座ってて。テレビ見たいのある?」
「特に見たいのは……」
「そっか。一応点けとくから、変えたくなったら自分で変えてね。リモコンはここに置いておくから」
悠輝は、私をダイニングテーブルの椅子に座らせると、テレビのリモコンを置いて、どこかに行ってしまった。
「
「ありがとう、柚葉ちゃん。じゃあ、この野菜の皮剥いておいてくれる?」
「はい!」
と思ったら台所の方から悠輝の声が……って今おばさんの事名前で呼んでなかった?
「これは一体……」
悠輝に聞きたいが、今は料理を手伝っていて忙しいみたいだ。そして凄く楽しそうに見える。
仕方がない、後で聞くことにしよう。そう決めて、テレビのチャンネルを適当に変えていった。
「はい、召し上がれ」
「いただきます!」
テレビを見ながら待っている間に、夕飯が出来上がった。目の前には、ハンバーグカレーやサラダなどが並んでいる。
「そのハンバーグは柚葉ちゃんが作ってくれたのよ。ね?」
「は、はい……」
悠輝が少し恥ずかしそうにして、頬を朱に染める。
「そうなんだ……じゃあ、ハンバーグから……」
適当なサイズに切って口に運ぼうとすると悠輝がじっとこっちを見てくる。そんなに見られると食べづらい。
「あむっ……おいしい」
「本当!? 良かった……」
悠輝がぱっと明るい表情になる。嬉しそうだし、表情可愛いしで大変良ろしいんだけど……。
「柚葉、いつの間に料理始めたの?」
確か、悠輝も料理は出来なかったはずだ。それがどうしてこんなに美味しい料理を……。
「少し前から、お母さんが教えてるのよ。ね、柚葉ちゃん」
「うん。そのっ家で料理……とか手伝いがしたかったから……」
なるほど、悠輝なりにママの不味い料理を食べないようにする策か。お手伝いで作ると言えばママも悪い気はしないだろうし。
「柚葉ちゃん偉いわね。悠輝も見習いなさい」
「はーい」
おばさんの言葉に軽く返事をする。
それにしても、本当に美味しい。さすがはおばさんの子供だけ会って悠輝にも料理の才能があったのかな……。
「いっそ、このまま……」
「……? 悠輝何か言った?」
無意識に呟いてしまい、隣に座る悠輝に不思議そうな顔をされてしまう。
「ううん、何でもない」
うん、何でもない。いっそこのまま戻れないとしても、悠輝が料理上手の可愛いお嫁さんになるなら良いかもしれないとか思ったなんて、口が裂けても言えないんだからっ。
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