第3話 親友と幼なじみが仲良くなりそうなのが面白くない
病院で目を覚まして3日が過ぎた。
悠輝と話し合った結果、元に戻るまでお互いのフリをして過ごすことが決まった。まあ、当然だろう。話しても信じてもらえないだろうし。
入れ替わりのお話で、自分しか知らないような事を話して信じてもらうというのがあるが、私たちの場合それは難しい。
何年も幼なじみをやっているだけあって、お互いのことで知っていることは多い。下手をすればお互いの両親よりも知っている事が多いんじゃないだろうか。
そんな関係の二人が入れ替わったのを記憶で証明しようとしても、事前に確認して話を合わせていると思われるだけである。
というわけで、目覚めてからは悠輝のフリを一応している。と言ってもおばさんをお母さんと呼んだり、女言葉で話さないようにしたりするくらいで真似をしたりしているわけじゃない。普通にしてるだけで変に思われることもないのだ。悠輝は色々と空回っているみたいだけど。
今はだいたい14時くらい。特にすることもなく暇を持て余していた。おばさんが悠輝の部屋からゲームとか漫画を持ってきてくれたけど、右手が使えないので遊べたものじゃないし。この病室にはテレビもないし。
「悠輝のところに……」
まだ体中痛いところだらけだが、右腕以外は動かせないわけではない。車いすに座って行くことは出来る。
今日まで、怪我は大したことがない悠輝が病室まで来てくれていたが、たまには自分で行こう。
そう決意し、ゆっくりと動いてベッドの横にある車いすに座る。右手が使えないので、左手だけで車いすを動かす。ちょっと大変だけど、そこまで遠くないし大丈夫だろう。
自分の病室を出て悠輝の病室に向かう。必死に車輪を回していると、悠輝の病室がすぐそこに見えた。
「よし、後ちょっと……ん?」
悠輝の病室のドアの前に女の子が立っている。自分と同い年くらい。肩に掛かるくせっ毛の長い髪がふわふわとしていて可愛い。少し垂れ目で肌が白く、一見大人しそうな印象。
「って、あれは……!」
「何で薫子が悠輝の……あっそうか」
今は私が悠輝で、悠輝が私だ。つまり、私のお見舞いに来たであろう薫子は悠輝のところに行ってしまうのだ。
考えている間に薫子が病室に入ってしまう。
「どうしよう……」
薫子は多分、私を心配してお見舞いに来てくれたのだろう。その気持ちは嬉しい。でも、今そこにいるのは、私ではなく悠輝だ。病室で私と薫子が一緒に過ごしているということはつまり、悠輝と薫子が二人きりでいるということで……。
「……むー」
それは面白くない。いくら薫子が私のためにお見舞いに来て、私とおしゃべりをしているつもりでも、私の悠輝と二人きりで過ごすなんて納得出来ない。
「適当言って追い返そう……」
薫子には悪いがそうしよう。これがきっかけで二人が仲良くなったりして、悠輝が元に戻って薫子と付き合いたいとか言い出したら大変だ。
車いすを進めて、悠輝の病室の前まで来る。後は、中に入って薫子を追い返すだけだ。一度息を吸い込んで心を落ち着けてから、そっと扉を横に少しだけ動かす。
ベッドの脇に座っている薫子の背中が見えた。悠輝はベッドの上にいる。まだ、二人ともこっちには気づいていない。
「……よし」
中に入ろうと、もう少しドアを開ける。
「それでね、このニャニャミのぬいぐるみストラップと悩んで、結局両方買っちゃったんだけど、お小遣いなくなっちゃって」
「……う、うん」
「ママにお願いしたら、使いすぎだーって怒られちゃったんだ。でも、仕方ないよね。どっちか一つなんて決められない時もあるよね」
「そ、そうだね……」
薫子が悠輝を圧倒している……。そうか、悠輝は薫子にファンアニの話題続けさせるとまずいって知らないのか。そうだよね。今まで話したこと殆どなさそうだし。
ファンアニとは、ファンシーアニマルズという様々な動物をキャラクター化したファンシーグッズのことだ。ちょっとしたアニメーションや絵本などにもなっていて、誰でも一度は聞いたり見たりしたことがあるだろう。全国各地に関連グッズを扱う専門店もあり、ファンアニショップとか呼ばれている。
ちなみに県内だと、私たちが暮らす天衣市の隣にある風宮市にしかファンアニショップはない。これは、以前薫子に聞いた。
薫子はわざわざ隣の市まで通うほどの熱心なファンである。ファンアニの話になると、普段の天然でおっとりした様子とは変わり饒舌になるのだ。
しかも、話し出すと長いため、適度なところで話題を変えないといけない。相づちを打っているだけでは、話を聞いているだけで何時間も経ってしまうのだ。
これなら、悠輝と薫子が良い感じになることもない気がしてきた。薫子を追い出すのもやっぱり悪いし、ここは静かに立ち去ろうかな。
そう思い、バックしようとしたところで、悠輝と目が合う。
悠輝が口をぱくぱくと動かして何かを伝えようとしている。多分、助けを求めている。
しかし、ここで話に入ったら、結局追い出すことになってしまうかもしれない。必要がないなら、大切な親友にそんな真似はしたくない。
「頑張って」
声には出さずに口ぱくで伝える。通じたのか通じていないのか悠輝がふるふると首を振った。
「ん? どうしたの柚葉ちゃん。後ろに何か……?」
そう言いながら薫子が振り返る。完全に目が合ってしまった。
「あ、御坂君こんにちわ! 御坂君も目が覚めたんだね」
「う、うん」
薫子に御坂君とか言われるのは、変な感じがする。いや、薫子から見たら今の私はそうなんだけどさ。
「柚葉ちゃんのお見舞い?」
「あ、うん。でも、か……一ノ瀬さんが来てるみたいだし、今度にするね」
そう言って部屋を出ようとする。元々、自分の部屋に戻るつもりだったし、今薫子と話すとボロを出す気しかしない。
「いやいや、御坂君は柚葉ちゃんと話してて、私ちょっと売店見てくるから」
そう言うと薫子が私の後ろに回って、車いすをベッドの脇まで動かしてしまう。
「柚葉ちゃん頑張ってね。ひゅーひゅー」
去り際に悠輝の耳元でそう囁くと、病室から出て行った。距離が近すぎて完全にこっちにも聞こえているので、もし入れ替わっていなかったら、凄く恥ずかしい状況になっている。薫子のことだから、わざと御坂君に聞こえるように言った。なのかもしれないけど。
「頑張ってって何の事なんだろう……?」
一方の悠輝は相変わらずの鈍感ぶりで全然気づいていない。本当に悠輝は全く……。
「あ、そうだ。一ノ瀬さんがリンゴ剥いてくれたから、柚葉も食べたら? 元々、柚葉へのお見舞いだし、柚葉が食べた方が良いと思うよ」
「薫子がリンゴを……」
入院中に女の子が隣に座ってリンゴの皮を剥いてくれるとか、男の子が喜びそうなシチュエーションですね。もしかして悠輝、内心デレデレなんじゃ……。
「はい。あ、利き手使えないよね。はい、あーん」
「え、あ……あーん」
悠輝が突然爪楊枝を刺したリンゴを口の前に差し出してくる。少し恥ずかしいが素直に口を開けた。
「……美味しい」
一口かじると、新鮮なリンゴの甘みが口の中に広がる。あーんとか、出来れば私が悠輝にやりたかったのに……ぐぬぬ。あっでも、端から見れば私が悠輝にあーんしてるように見えるのか……。それならまあ……。
「一ノ瀬さんって料理とか上手そうだよね。リンゴの皮剥くとき、包丁捌き凄かったし」
どうせ私は料理どころか、リンゴの皮一つまともに剥けませんよーだ。何だよ、薫子のこと褒めたりして。
「もう一つ食べる?」
「いらない!」
「そっそう……?」
思わず怒鳴ってしまうと、悠輝がたじろいだ。自分の態度に自己嫌悪してしまう。
「……ごめん」
「えっいや、別に謝られるようなことないけど……」
少しの間沈黙が続く。自分のせいとはいえ、気まずい。
「じゃあ、自分の部屋に戻るね」
「え、柚葉!?」
「薫子は、ファンアニのこと話すと長いから、適度に話題変えた方が良いよ。あと、天然だけど、結構鋭いところもあるから、変なことしないように気をつけてね」
「……分かった」
扉を開けようと手を伸ばすと勝手に扉が開く。
「あれ? 御坂君、もう戻るの?」
外から扉を開けた薫子が私に気づいて声を掛けてきた。
「うん。そろそろ戻るよ」
「そっかー。じゃあ、これ持って行って。御坂君の分」
そう言うと、薫子が手に持っていた袋からお菓子を一つ取り出して私の腿の上に乗せた。
「……ありがとう」
「どういたしましてー」
薫子に扉を開けて貰っている間に外に出る。
「ドア、ありがとう。もう大丈夫」
「うん。御坂君、お大事にね」
薫子の言葉を受けて、その場を離れる。男の子になってみて思うけど、薫子って自分が思っていた以上に気が利いて可愛い子なのかもしれない。
「よっ! 元気か?」
18時くらいになると、お兄ちゃんが私の病室にやってきた。
「……何だ、お兄ちゃんか」
「何だとは失礼な……」
お兄ちゃんが溜息を吐く。
「悠輝の方に行かなくていいの? 今はあっちが妹だよ」
「お前も一応妹だろ。それに先に寄ってきたよ。友達の子がいたから出てきた」
ああ、薫子まだいるのか。もう帰ったと思ってた。
「悠輝大丈夫そうだった?」
「ああ。おどおどしてたけど何とかやってたよ」
それなら良かった。悠輝と薫子が仲良くなるのは、あまり好ましくないけど、かといって私が薫子と仲悪くなりたくもない。今は悠輝に私として薫子と上手くやって貰うしかないだろう。
「あと、お土産」
「ケーキ……」
お兄ちゃんが渡してきた箱を開けると、苺のショートケーキが入っていた。
「何か箱でかくない?」
「あと二つ、悠輝の病室の方に置いてきたんだよ」
なるほど、3コあったのか。多分自分のを薫子にあげたんだろう。このお人好し兄め。
「……半分あげようか?」
「……いや、いいよ。お見舞いなんだしお前が食えよ」
一瞬の間から食べたかったのがよく分かる。
「ふんっ……いただきます」
「ちょっと待て……今なんで人の腹を殴った」
意地張ってるのが見え見えだからです。仕方がない、そんな顔を見せられたら半分残すしかないじゅないか。
「はい。夕飯前にあんまり食べたくないから残り食べて」
「本当に自由だな、お前は」
そう言って、少しだけ嬉しそうにお兄ちゃんが残りのケーキを食べる。
お兄ちゃんは本当に格好つけたがる。私の前では無駄なのに。甘い物が好きだから、本当は食べたかったのもばればれだし。
「妹の前で格好つけられると思うなよ」
「え、何だって」
ぼそっと言うとお兄ちゃんに聞き返される。
「別に……」
お兄ちゃんはまだ私のお兄ちゃんのつもりらしい。悠輝の兄貴分だったとはいえ、今は体的には他人なのに。
何故か私は、美味しそうに妹の残りのケーキを食べるお兄ちゃんの姿に少しほっとしていた。
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