第2話 責任取ってくれるなら許してあげる

 柚葉を、私と入れ替わっているはずの悠輝を呼びに行った後、おばさんは一度家に戻ると言って、病院を後にした。色々と必要な物があるのだろう。

 体は起こして貰って、壁に背を預けている。寝たままでは、やって来た悠輝と話しづらいし。

 ただ待っていても退屈なので悠輝が来るまでの間に今分かっていることを頭の中で整理することにした。

 私は、高木柚葉。小学5年生の女の子だ。でも、その体は同い年で幼なじみで、未来の恋人(仮)の御坂悠輝のものになっている。

 さらに怪我をして病院に入院しているらしい。怪我の理由は、二人でバスに乗っていた時に事故にあったこと。入れ替わった原因は……。

 トントンと部屋のドアがノックされる。考え事は後にしよう。

「どうぞ」

 私がそう声を掛けると、ゆっくりとドアが開いた。

「……柚葉だよな? 大丈夫か?」

 車いすに座った小学生くらいの女の子がゆっくりと病室に入ってきた。車いすの後ろには、その女の子よりも少し年上の男の子がいる。

「……」

 しばらく、何も言わずに女の子を――自分を眺める。

「あ、あの柚葉……?」

 女の子が不安そうにその表情を変える。

「すっごく変な気分」

「えっ!?」

 私がそう呟くと女の子が素っ頓狂な声をあげる。不安そうな表情から、ぽかんとした顔にころりと変わる。

「だって、自分の顔が目の前にあるんだよ?」

「あ、うんそれは分かるけど……柚葉なんだよね?」

 女の子が念押しで確認してくる。その慌てた様子が何だか可愛くて、からかいたくなってしまう。

「何言ってるの? 僕は悠輝だけど」

「えぇっ!? そんなわけ……」

 今度はあたふたと視線を彷徨わせている。

「いや、今お前自分の顔が目の前にって言っただろうが。悠輝も気付よ」

 車いすの後ろに立っている男の子、柚葉の兄和矢かずやがそう言って会話に入ってくる。

「あっ……言われてみれば確かに……」

 悠輝もはっとしたような表情になる。ああ、慌ててる様子が何か可愛いからもう少し見てたかったのに。

「もう、邪魔しないでよお兄ちゃん!」

「いや、何の邪魔だよ?」

 文句を言うがお兄ちゃんは気にした様子がない。むー。

「そうだよ、柚葉だよ。で、そこの私が悠輝なんでしょ?」

「うん」

 悠輝が頷く。予想通り入れ替わっているみたいだ。これで私の方が私のままとかだったら、悠輝の心がどこに行ったのかとか大変なことになってたかもしれない。

「それでどうしてお兄ちゃんまでいるの?」

 しかも、事情は把握しているらしい。せっかくなら悠輝と二人だけの秘密にしたかったのに……。

「お兄ちゃ……和兄は、柚葉のこと心配してお見舞いに来てたんだよ? それで目が覚めたわたっ……俺が悠輝だって説明して……」

 ようするに目が覚めたときにお兄ちゃんが居て、悠輝がすぐに自分の事を説明したということだろう。いや、それでもすぐに信じないでしょ普通。お兄ちゃん馬鹿なんじゃないの?

 お兄ちゃんの方をじとーっとした目で見る。

「何だよ人の顔じろじろ見て」

「いや、人が入れ替わってるなんて当事者以外じゃ信じられないようなこと信じるなんて、お兄ちゃんは馬鹿……じゃなくてピュアなんだなぁって」

「今、思いっきり馬鹿って言っただろ!」

 だって、この場合は人の言うことすぐ信じすぎだと思うよ。この場合は妹の頭を心配するところでしょ。

「お兄ちゃ……和兄も最初は疑ってたんだよ? でも、話している間に信じてくれて……その優しいだけだから……」

 いや、分かってるけどさ。お兄ちゃんがお人好しで優しいことくらい。何年も兄妹やってるんだから分かる。ただ、今回はその……邪魔?

「ところで、悠輝の話し方少しおかしくない? さっきからお兄ちゃんのこともお兄ちゃんって言いかけてるし」

 悠輝はお兄ちゃんのことを和兄と呼んでいる。家がマンションの隣の部屋同士で、小さい頃に知り合って、そう呼んでからずっと同じ呼び方なのだ。今更言い間違えるのはおかしい。

「それは、その……」

「お前がいつ目覚めるか分からなかったから、柚葉っぽく話せるように練習してたんだよ。お前の言うとおり普通は言っても誰も信じないから、悠輝は柚葉のフリしてるしかないだろ?」

 それで、練習しているうちに癖が付いたと……。悠輝、慣れるの早すぎない?

「そういえば、悠輝はいつ目が覚めたの? 今日は事故から何日? 事故の規模は? そんなに大きい事故だったの?」

 私が矢継ぎ早に質問する。それにお兄ちゃんが一つ一つ答えてくれる。

「要するに、事故からだいたい一ヶ月経ってて、悠輝も今日目が覚めたばかり。かなり大きな事故で二人とも生きてるのが不思議なくらいと」

 お兄ちゃんに確認すると頷いて返してくれる。

「それでね柚葉、その……いくつか謝りたいことが……」

「謝りたいこと?」

 悠輝が言いづらそうにもじもじとしている。何だろう? 特に心当たりはないけど。

「その、えっと起きてすぐに柚葉の体で男子トイレに突撃しちゃって……あっその時は何もしてないよ? 鏡を見に行っただけで……」

「えっと……」

「あと、少し前に我慢できなくて……その、柚葉の体でとっトイレに……えっと、ふふ拭くときとか紙ごしとはいえ触っちゃって…………ごめんなさい!」

 悠輝が顔を真っ赤にしてもじもじとする。その時のことを思いだしているのかもしれない。よっぽど恥ずかしかったのだろう。

「…………」

「ゆ、柚葉が怒ってるのは分かるよ……柚葉の体に……体で……うぅっ」

 もう悠輝の方が泣きそうである。

「いや、別にいいよ。仕方ないし」

 悠輝がえっという顔をしてこっちをみる。

「男子トイレ入ったのも悠輝は男の子なんだから、間違っても仕方ないし、トイレは私だってしたくなったら行くし」

 寧ろ積極的に行くまである。立ってするのとか面白そうだし。悠輝のなら見たいまであるし。

「柚葉はやっぱり優しいね……でも、女の子に恥ずかしい思いさせたんだから怒っても良いんだよ……?」

 こっちが大丈夫だと言っているのに、悠輝は責任を感じているらしい。悠輝は気にしいだからな……。

「いや、大丈――」

 言いかけて、閃いた。男の子が女の子に恥ずかしい思いをさせる。男の子が責任を感じているこれは、この状況は……。

「うん、そうだね。やっぱり女の子の方が見られたりする恥ずかしさ大きいと思うし、ちょっと許せないかも」

 まあ、恥ずかしいというのは嘘じゃないし。許せないというのは嘘だけど。

「やっぱり……」

「だから、その……」

 悠輝がしゅんとする。今だ、あれを言うんだ。

「えっと……せっ責任取ってくれるなら許してあげる……」

 自分で言っておいて何だが、恥ずかしさで顔が熱くなる。ドラマとか漫画で見た台詞を自分で言える日が来るなんて……。

「分かった。責任取るよ」

「……!」

 これは、OKってことでは……。ついに悠輝と……。

「それで、どうやって責任取れば良いの?」

「………………はい?」

 あれ、悠輝の反応が思っていたものと違う。

「だから、どうやって責任取れば良いのかな?」

 悠輝は真剣な表情のままやや首を傾げている。これはどう見ても意味が分かってない。 男の子の女の子に対する責任の取り方なんて一つに決まってるじゃないか! 言わないと分からないの? それなら。

「…………っ」

 言えるかー! そんな恥ずかしいことこっちから言えるか! 説明したら告白してるのと変わらないじゃないか!

「あ、あの柚葉?」

「……帰って」

「えっ?」

「今日はもう帰って!」

 物でも投げつけたいが、体が痛くて思うように動かせない、かといって近場には大した物がない。

「柚葉、そんなに怒って……せ、責任取るから教えて……」

「いいから、今日は帰れー!」

 うぅ恥ずかしい。やっと悠輝と付き合えるかと思ったのにどうしてこうなるんだ。悠輝の馬鹿! 鈍感!

「待って! もう一つ謝りたいことが……」

「何よ!」

 悠輝が車いすの上で姿勢を正す。

「今回のこと全部ごめん!」

 そう言って、座ったまま頭を下げる。予想外の行動に固まってしまう。

「入れ替わった原因は、多分バス事故で……あの時間にバスに乗るの提案したの俺だから……この入れ替わりも俺のせいだから……本当にごめん」

「えっ……それは……」

 悠輝のせいじゃない。違う。だって……。

「元に戻るまで、柚葉に大変な思いさせちゃうと思う。だから、ごめん……」

 それだけ言って悠輝は、お兄ちゃんと病室から出て行く。ドアを閉める直前、お兄ちゃんがもの言いたげにこっちを見たが何も言わなかった。でも、お兄ちゃんが言いたいことは分かる。

「そんな目で見なくても、分かってるよお兄ちゃん……」

 一人になった病室で呟く。

 悠輝は悪くない。だって入れ替わった理由は多分……。

『私が代わりになってもいいから』

 あの時、私は神様にそう祈った。だから、これは私が原因なのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る