オレンジ色の空と夢

非常口

オレンジ色の空と夢

 まるで、燃えるようなオレンジ色の空だった。

 いつかテレビで、獣たちの生き様を描くドキュメンタリー番組を見たことがあったが、そのときのサバンナの夕日よりも、こっちの方が何倍も綺麗だ。


 でもそれは、隣にハルカがいるからかもしれない。

 サラサラと風になびく髪、大きな瞳と愛嬌のある顔。

 僕の――大切な幼なじみだ。


 僕とハルカは河原の土手に座って、ずっと空を見上げていた。

 手をつなぎ、寄りそいあいながら。

 時が止まったかのように、あたりはひっそりと静まりかえっていた。


「ねえハルカ、左手を出して」

「なあに、アッちゃん。突然どうしたの?」


 ハルカは不思議そうにしながらも、笑顔で言うとおりにしてくれる。

 僕はその細くてやわらかい薬指に、指輪をはめた。


「え……?」

「ハルカ、結婚しよう」

「うそ……、どうしよう。すごく嬉しい……」


 ハルカが涙を流す。きらきらと、オレンジ色に輝いていた。


「わたしね、ずっと夢だったんだ。アッちゃんの、お嫁さんになるの」

「僕たちはずっと一緒だ。今までも……そしてこれからも……」


 僕とハルカは、15歳。

 家が隣同士で、ずっと一緒に育ってきた。

 物心ついたときから、会わなかった日は一度もないくらいに。


 登下校は毎日一緒。休み時間もいつも一緒。宿題をやるのもサボるのも、先生に怒られるのも一緒。学校のあともハルカは毎日俺の部屋に来て、夕食も一緒に食べた。どっちかが病気になったら、必ず看病しに行った。遠足でも修学旅行でも一緒に行動した。高校ではクラスが別々になってしまったが、ことあるごとにハルカが教室に遊びに来てくれた。当然、お昼も毎日一緒に食べていた。

 友達にはからかわれるを通り越して、半分あきれられていた。

 それでも、とてもほほえましく見てくれていた。


 そんなことを思い出していると、大きな鐘の音が聞こえてくる。

 昼の12時を知らせるチャイムだった。


 実に単調なメロディ。

 街中に響き渡るので、毎日嫌でも耳に入ってくる。

 でも今日に限っては、けっして嫌だとは思わなかった。


「まるであたしたちの結婚を祝福してくれてるみたい」

「ああ、僕もそう思った」


 僕たちは顔を見合わせると、笑う。

 お互い、心からの笑顔だった。

 この先に起こることを、知っていながらも――


 正午。いよいよなんだ……。


 突然だった。遠くから地鳴りのような振動音が聞こえてくる。

 それでも僕たちは驚かない。手をつないだまま寝転んで、いっそう濃くなったオレンジ色の空を見つめ続けていた。


 僕たちは知っているんだ。

 この振動は、もうやむことがないと。だんだん大きくなっていくことも。


 二週間前、日本政府は緊急発表をおこなった。

 その内容とは、二週間後――今日の正午、太陽が急激に膨張して爆発するとのことだった。

 地球はその爆発に飲みこまれ、為す術もなく滅んでしまうのだという。


 まだ昼なのに、空がオレンジ色に染まっているのも、

 まだ15歳なのに僕がハルカに結婚を申し出たのも、

 このような理由があったからだ。


 そしてこの話には、まだ続きがあった。

 日本政府は急きょ、開拓用だった宇宙船を避難脱出用に使うことを決定し、その乗組員1000人は抽選で選ばれることとなった。


 ハルカは外れた。

 僕は……当たった。


 発着場への出発当日、ハルカは笑顔で見送ってくれた。

 それなのに僕は、途中で引き返してきてしまった。

 どうしても、あのときのハルカの笑顔が忘れられなくて。

 宇宙船は今ごろ、太陽系の外へと飛んでいることだろう。


「……後悔してる?」

「してたら今、ハルカをお嫁さんには選んでないよ。僕にとっては、ハルカがいない数十年よりも、ハルカがいる数日の方が大切だから」

「アッちゃん……ありがとう。えへへ」


 そして、振動音が急激に大きくなっていく。

 オレンジの空は輝度を増し、見ていられないほど眩しくなって――


 世界は……滅亡した。


 僕はその最後の瞬間まで、ハルカの手を握り続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

オレンジ色の空と夢 非常口 @ashishiF

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ