第1話 声
(・・・を殺せ、その手で殺せ)
「なに?」
(そうだ、その手で殿を殺すのだ・・・)
「まただ、またあの声が聞こえる」
俺は焦点も合わさず、ただ前方の黒板を見つめる。窓の外からは、校庭ではしゃぐ生徒たちの声。
そう言えば、4時間目は隣のクラスがドッヂボールをやっているはずだ。
「・・・よって、家臣の明智光秀は時の権力者でもある織田信長を、京の本能寺にて討ち滅ぼすことになったんだな。つまり謀反と言うことですな」
「やるなあ、光秀。それって、げこ・・・げこき・・・」
「
「そうそう。だけどさあ、光秀ってそんなに武力キャパ高かったっけ?」
「なにお前、もしかして、もうあのゲーム買ったの?」
文雄と貴史のコンビはいつも話が脱線する。すると決まって、小日向先生はそれを遮るようにと、誰かに質問を当てるのだ。
「お~い
(やばい、よりによって俺かよ)
「では歴史おたくの芹沢君、質問です。何で明智光秀は織田信長を本能寺で討とうと思ったのでしょうか? 君の考えを聞かせてくれないか」
(何故って、そんなもん俺にはチョロいもんよ。光秀が天下取りたかったからに決まってんじゃん。いろんな
そう言いたい気持ちをグッとこらえ、俺は黙って下を向く。
「芹沢くん、ちゃんと授業聞いてた? それに、答えるときはまず、スタンダップでしょ」
俺は椅子を引き、立ち上がろうとした。とその時、またあの声が。
(・・・を殺せ、その手で殺すのだ)
「誰をだよ?」
「えっ、なに?」
(その手で、殿を殺すのだ・・・)
「だから、殿って誰だよ!」
先生に向かって大声で叫ぶ俺に、静まり返る教室。しばしの沈黙。
「と、殿とはもちろん織田信長のことですよ」
眼鏡をかけ直す小日向先生。
「うん、わ、分かったよ芹沢君。落ち着いて、もう着席しなさい」
「すみません、先生。ちょっと頭が痛くて・・・」
頭を軽く振りながら、俺は椅子に座った。
「やるなあ拓斗、まさに授業中の下克上だな」
「うん、拓斗の武力キャパは小日向や光秀よりも高いかもな」
茶化す二人の言葉を無視するように、俺はもう一度校庭に眼を移す。
もうすぐ4時間目も終わるのだろう、ドッヂボールをしていたD組も着ていたビブスを外し、手際よくボールを片付けている。
その声と入れ替わるように、昼時を告げる為だろうか、何処かの工場のベルが聞こえて来た。
ところが、不思議なことにあの声はもう聞こえなくなっている。同時に、少しずつ胸の動悸も小さくなっていった。
「・・・よって、次の授業では羽柴秀吉の「中国大返し」と、その後明智光秀の末路について学習したいとおもいます」
小日向先生は、何事も無かったかのように穏やかな顔をしている。
俺は先生に眼を合わせると、軽く頭を下げた。先生は少しだけ微笑みながら、たった今書いていた黒板を消している。
「だけど拓斗、あの状況で『殿って誰だよ!』はヤバイだろう」
貴史の一言に、空かさず文雄が返す。
「いっそのこと、小日向に『お殿様―っ!』って詰め寄った方がきまってたかもなあ」
そう、俺達の社会科を受け持つのは
歳は四十代だと聞いているが、頭の
それにがたいは良いくせに、なにせ気が小さいときている。まあ、その分俺達にとっては気の休まる授業というわけだ。
それからいつも茶々を入れるこの二人、いちおう俺の親友。
同級生と同時に、ライフル射撃部のメンバーでもある。
ライフル射撃と言っても、実際の弾を撃つわけじゃない。十数メートル離れた的に向かってライフルからビームを発射して点数を競うという競技だ。
こんな馬鹿ばっかり言っている二人だけど、貴史と文雄は全国大会にも出場したことがある神奈川県の代表選手でもある。かくいう俺は、その補欠。
そうそう、俺の名前は
自称歴史おたくと言ってはいるものの、俺が興味を持っているのはあの安土桃山時代、そう俗に言う戦国時代というやつだ。
そのお陰か、歴史の授業では何かと質問のお鉢が廻ってくる。
それ以外自分では、ごく普通の高校二年生だと思っている。体調だって至って健康!と言いたいところだが、ひと月ほど前から始まった例の声に悩まされている。
おかげで食欲減退、睡眠不足。最近ではお腹の周りに発疹まで出てきて、ほとほと困っている。
でもそんなこと誰にも言えやしないし、ひとり
ところがある日、そんな俺にあいつが話しかけてきたんだ・・・
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