第2話 かんながら たまちはえませ 

 「拓斗、学食行こうぜ」

 貴史の手招きに文雄が続く。

 「早く行かないと、パン売り切れちゃうよ」


 (まったく二人は脳天気なもんだ)

 「今日はいいや、何だか食欲ないんだ」

 「何だよ拓斗、『武士は食わねど、爪楊枝つまようじ』ってか」

 文雄の言葉に、

 「んじゃ、お茶買ってきてやるよ」

 貴史が心配そうに答える。

 (何だかんだ言っても、やはり持つべきものは友達だ)

 二人の背中を見るとは無しに見送ると、今度は俺の背後から別の気配が・・・


 「芹沢せりざわ君、だったよね?」

 振り返る俺の眼に飛び込んできたのは、女子達の間で学年一と噂されている美男子が。

 いや学校一と言っても良いかも知れないな。確か名前は?・・・

 そんな俺の表情をいち早く察したのか、その美男子は自分から名乗ってきた。


 「ぼく、斎藤です。芹沢君とは一年生の時からずっと同じクラスだったんですよ」

 「えっ?」

 (なに? こんな男、俺は知らんぞ!)

 彼はそう言いながら、音も立てずに俺の後ろの席へと座った。別にそこで昼ご飯を食べようというわけじゃない。それが証拠に、斎藤君は涼しそうな眼差しをして誰もいない校庭を眺めている。


 「芹沢君にも聞こえたんですね?」

 背中越しに彼の声。

 振り返ると、まだ彼は片肘を付いたまま校庭から視線を離さない。


 「聞こえたんでしょ? 殺せって・・・」

 見開いた俺の眼にチラっと視線を合わせると、今度は眼を細めて微笑む。


 「お、お前にも聞こえるのか?」

 俺はぐっと声のトーンを落として尋ねた。

 「やだなあ、僕には何も聞こえませんよ」

 「じゃあ、何で殺せって?・・・」

 それには何も答えない。斎藤君は更に眼を細めながらはにかむようにと微笑む。そんな彼はおもむろにポケットから紙切れを取り出すと、何やら文字を書き始めた。

 そこには、『惟神霊幸倍坐世』という文字の羅列が。


 「 

 言いながら、その文字の上にルビを振る。


 「えっ、なにそれ?」

 「かんながら たまちはえませ。つまりは、神の御心のままに、神にこの命を捧げますっていう意味ですよ」

 そう言う彼の首には、何やら不思議な形をした首飾りが。

 勾玉まがたまではない、かといって宝石のように輝いてもいない。薄い水色をした、小指の先ほどの大きさの平たい石である。


 「か、かんながら たまちはえませ」

 俺は文字をなぞりなから、その言葉を音に変えてみた。

 「そう、困ったときは、そう心の中でとなえてみて下さい」

 ニコリと微笑む彼は、男の俺からみてもゾクゾクするくらい透き通っているように見える。



 そこに、貴史と文雄が戻ってきた。

 「パン売り切れちゃてたよー、今日昼飯無しだわ」

 人一倍大食らいの文雄にとっては、まさに死活問題であろう。


 「よう、斎藤。ほれっ拓斗、ウーロン茶」

 貴史はそれを放ってきた。

 「えっ、お茶じゃなかったっけ?」

 「お茶も売り切れてたの。お前買ってきてもらっておいて、贅沢は敵だぞ」

 茶化す貴史に、俺は机に両手を付いて見せた。


 「なんだ拓斗、お前ら友達だったの?」

 貴史は俺と斎藤君を見比べるように尋ねる。

 「・・・・・」

 次の言葉が出ない俺に、文雄がたたみかける。

 「拓斗、お前も相当な歴史おたくかも知れないけれど、斎藤はそれ以上の達人だぞ。俺も戦国時代ゲームの中で家臣を選ぶときには、こいつにアドバイスをもらってんだ」

 「やっぱりお前、新しいゲーム買ったんじゃん」

 確信をついた貴史は、文雄の頭をひとつ小突いた。


 「それじゃ、ぼくはこれで」

 俺は、思わず席を立とうとする彼の手首をつかんだ。

 (なんて冷たい手をしているんだ!)


 彼は別にあらがうことなく、俺の手の温もりを感じているようだ。

 「何か?・・・」

 「いいや、もういい」

 その手の冷たさに、俺は思わず握った手を離した。


 (かんながら たまちはえませ)

 俺は斎藤君の背中に向かって、もう一度その言葉を呟いた。

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