偽典・幽霊屋敷レストランができたわけ 後
「幽霊屋敷レストラン」のドアを開くとがらんとした大きな広間に出た。ところどころにロウソクが点った燭台が立っているばかりであたりには何もない、誰もいない。あれほど厳しかった暑さも全く気にならないどころかほんの少し肌寒いくらいだ。エアコンが効きすぎてるのかな。
でも、不思議とぼくはわくわくしていた。名ばかりでも「オカ研」としてこんな名前のレストランに入ったからには何か見つけ出したい。目を凝らすと、ぼくは正面に飾ってある写真に気がついた。古めかしい装飾の写真立てに飾られたそれは廃墟のものだった。日中に撮られたモノなのだろう、その家についた傷やサビがはっきりと見えて年季が伺える。
「その写真は ユーカリが丘 というところにある幽霊屋敷でございます」
後ろから突然聞こえた声にぼくはぎょっとして振り向く。給仕服を着て黒髪をぴったりと七三に分けた男がいつの間にかぼくの後ろに居たのだ。痩せこけた頬、落ち窪んだ眼窩はロウソクの光に照らされて、より不健康そうに見える。
「そこに住んでいた一家が何者かによって惨殺されて以来、奇妙なこと起きるって噂です。なんでも夜な夜な家族の笑い声が聞こえるとか、料理をしている奥方の幽霊が見えるとか」
驚くぼくに構わずウェイターらしき男は語り始める。うん?でもちょっと待って。
「一家惨殺なんて物騒な目にあったのに、その幽霊たちは笑っているんですか?」
ウェイターはにこにことした笑みを貼り付けてぼくの話を聞く。どうやら悪い人ではないみたいなんだけど…
「それはもう、その幽霊たちは自殺したわけではないんですから、笑ってますよ」
よくわからない、自殺した幽霊は笑わなくって、殺された幽霊は笑うのか。
「そもそも、自殺した人は幽霊なんかにはなりません。だっておかしいと思いませんか?この世にいるのが辛くて、嫌で自殺した人が、幽霊になってまでこの世にいようとするなんて」
男は髪型が気になるのだろう、何度も分け目の部分を手で撫で付けては語り続ける。
「そして、生前の家に住んでいる幽霊が笑っている理由なんて簡単です。死んだことに気がついていないんですよ、彼らは。だからいつも通り、日常を繰り返すんです。家族で団欒もすれば、料理だって作る。不躾に自分の家に入ってくる侵入者がいたら、ちょっと驚かせて追い出したりもします」
この人はぼくの、ぼくたちの目的を知っているのだろうか。なんだか罪悪感を感じてしまってぼくは思わず左胸を手で押さえた。
「そして、ここに住んでいた一家もそうです、彼らはまだ自分が生きていると思っているんですよ。」
えっ!なんてことだ!じゃあここはもしかして…まるでぼくの心がわかっているかのように男はうすら笑う。
「ええ、ええ、噂の廃墟はここです。あなたのような若い方はたいがいここに、肝試しなんて言ってくるんですよ。夏には特に、でも、もったいないじゃないですか」
ひと呼吸おいてから男は紫色の唇をゆがめた。この男と話しているとなんだか部屋がどんどん寒くなっていくように感じる。
「あなたたちはここにずかずかと上がり込んで、記念写真なんか撮って「何もなかったね」なんて言ってがっかりして帰っていく。幽霊たちは勝手に家を踏み荒らされて怒る。せっかく死者と生者が一つの空間にいるのに、それじゃあもったいない」
「ですから私は家主と相談してここをレストランにしたのです、この廃墟に来る方はお客様。そして、客人をもてなしてくれるのは_____数年前に亡くなった幽霊夫婦。そういうことにすれば、お互いに見えずとも、無闇に触れずとも満足できるでしょう?」
へえ、おもしろい。まだ半信半疑だけれど、それじゃあこのお店では幽霊の手料理が食べられるんだ。
「さあ、お腹もすいたでしょう、おかけください。」
そう言って男…店主は一歩脇に下がり大広間の中心を手で指した。今まで彼がいて見えなかったそこには真新しいテーブルとひとつの椅子が用意されている、いつの間に用意したのだろう、全く気がつかなかった。
「申し遅れました、私はギャルソン。ようこそ、幽霊屋敷レストランへ。幽霊一家のおもてなし、当店自慢の家庭料理の味をお楽しみください」
幽霊屋敷レストラン・偽典 贄乃なまにえ @nienonamanie
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。幽霊屋敷レストラン・偽典の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます