第6話 朝露の人

自室。

真っ暗な部屋のベッドの上で膝を抱えて顔を腕に沈める。


『何でもかんでも教えて貰えるわけじゃないんだ。ましてや自分の未練も分からないような奴に時戻りの資格はない!!』


頭の中でずっと半鐘されている時司り神と名乗る少女の言葉。


「資格はない・・・か。ざまあみろじゃん」


目尻が熱くなる。泣きたくない。

泣いたらだめなのに、泣く資格なんて私にはない。おじいちゃんは私が殺したようなものなのに…。

何であの日あんなことを口走ってしまったんだろうか。

言ってはいけない言葉を。

コンコン。部屋の扉が優しく叩かれる。


「千秋?明日土曜日でしょう。来週からは学校行きなさいよ。」


鼻をすする音が微かに聞こえた。

母も祖父の死を受けて泣いたのだ。いや、泣いていたのだ。つい先程まで…


「わかった。」


短い返事をし、顔を腕の中にさっきより深く埋め、目を閉じる。


ー 2日前

学校から帰ってきた私に母が果物籠を持たせ、おじいちゃんの様子を見てきてと頼んできた。

その日は家に帰ってから友達と最新クレープを食べに街のクレープ屋に行く予定が先約であったのだがそれを母に申し立ててもろくに取り合って貰えず、苛だ出しさを隠しきれないまま嫌々祖父のお見舞いに1人で行かされた。

昔は祖父が大好きだった。

まだ祖母が生きていた頃だ。祖父母は明るく元気で優しくなんでも教えてくれる人だった。

だが、祖母が私が小4の頃に脳溢血で亡くなった。なんの前触れもなく祖母は私達を置いていった。

祖父は本当に祖母が大好きだったのだろう・・・だから祖父は祖母が亡くなってから人が変わった。

厳しく何にでも口出しをしてきて段々鬱陶しくなってきて、そのうち話す回数も会う回数も減り避けるようになっていた。

会えば勉強しろ。学力は必要だ。遊びばかり惚けるな。そんなことを繰り返し言われた。

うんざりだった。

ほっておいて欲しかった。

会いたくなかった。

真っ白な巨塔の中に渋々足を踏み入れエレベーターで5階に向かう。

エレベーターをおりて東に向かって歩き病室を3度ノックする。


「はい。」


冷めた声が聞こえ、引き扉を開ける。真っ白なカーテンが風でやんわり靡いていた。

ベッドの上側を起こした祖父がこちらを見て少しだけ驚いた表情だったのを覚えている。


「久しぶりー。母さんに頼まれて来たの。体調は?」

「あぁ、大したことはない。」


果物籠をテーブルの上におき、ベッド向かいのソファーに腰を下ろす。


「最近はどうだ?」


メガネ越しに祖父が尋ねてきた。たぶん私は素っ気ない態度をとった。

沈黙が流れまた祖父の「勉強は?」の一言で破られた。


「別に・・・」


その返答が祖父には気に入らなかったのだろう。


「別には回答では無い!ちゃんと答えなさい。」


その言葉が火に油を注いだ。


「あ〜もううるさいなぁー!!おじいちゃんには関係ないでしょ?私が何しようが勝手じゃない!」


祖父は私の態度に衝撃とあの顔はたぶん・・怒りよりも裏切られたような・・まるで祖母が亡くなった時のような顔だった。


「千秋!!その口の利き方はなんなんだ。」

「おじいちゃんがしつこいからでしょう?」


頭に血が登ってしまったから段々声が大きくなっていく。


「おじいちゃんはいっつもそうだよ。私と顔合わせれば勉強勉強勉強。私は勉強だけするんじゃないのよ?!」

「!」


祖父の顔から少し気力がなくなった気がした。孫のこれほどまでの激昂を見たことないからだろう。


「おばあちゃんが亡くなってからおじいちゃんは変わった。変わっちゃった。私もおじいちゃんと一緒で変わった。」


一息ついて、キッと祖父を睨みつけながら憎々しく言い捨てる。


「昔は好きだった気持ちも今じゃ大っ嫌いな気持ちでしかない!わざわざ来たのに胸糞悪いったらありゃしないわ。こんなんなら…おじいちゃんに会いにこなきゃ・・・おじいちゃんの孫じゃなきゃよかった!!」

「・・ち、あき・・」


私はテーブルの上に置いた果物籠を叩き倒して乱暴に引き扉を開け足速に病室から退室した。

扉が閉まる直前に「千秋!」と祖父が怒鳴るのが聞こえたが無視をして家への帰路についた。

家に帰ったのがおそらく7時半だったはずだ。それから30分もしないうちに母が急いで部屋に入って来た。

はじめは気が立っていたから苛立ちを煽ったが母の顔色が普通でなかったから我を忘れ母に駆け寄った。

母は肩で息をしながら


「おじいちゃんが・・おじいちゃんが亡くなったって。今・・さっき」

「えっ?」


知らず知らず口から声が漏れた。

死んだ?祖父が?ものの数分前まで会話していた相手が死んだ?

訳が分からなかった。ただ頭の隅で自分のせいではないかと考えだした。怒らせたことで血管か心臓を止めたとかだったらどうしよう。

私が、「おじいちゃんの孫じゃなきゃよかった」なんて言ってしまったから。

私はなんてことを。取り返しのつかないことをしてしまったの!

あぁ私のせいだ。私のせいでおじいちゃんは死んだんだ。

そう思わずにいられなかった。

通夜のあった今日まではあっという間に過ぎた。自分を責めながら時間だけが虚しく過ぎた。

そんな通夜の中近所のおばさん達が「時間をやり直せたらねぇ。」と言っていたのをすれ違いさまに耳にした。

それに対し、誰が「昔都市伝説で一時期あったわよね。確か…Timeclockって店で~時間をやり直せるとかなんとか」と言い「あったあった!」と話が盛り上がった。


直感的にそれだと思った。

やり直せたら…おじいちゃんは。


『Time clock』


頭の中で繰り返し唱えながら自室に戻りパソコンを立ち上げ、入力する。

あからさまな嘘情報や半信半疑のもの沢山あさった中に新聞の切り抜き写真を目にした。

それを読んで家を飛び出した。



チカチカ

朝日がカーテン越しに差し込み瞼を持ち上げる。

あぁ、あのまま寝てしまったのか。

時刻は6時半

私は戻るためにどうしたらいい?

分からない。おじいちゃんを死なせたくない。あんなことを口走りたくなかった。

ちゃんとおじいちゃんに気持ちをぶつけて昔みたいに仲良く話したかったのに…


『たかが金で変えられていい時間があってたまるか』


なら・・・この気持ちを代償に出来ないだろうか?

後悔の念がおじいちゃんの死に対してではなくおじいちゃんへの言葉なら私は。

考えるよりも先に行動していた。家を飛び出し、昨日と同じ道を辿る。

坂を走り小道に抜け3本目の電柱を右に曲がる。

『Time clock』店の看板を見て深呼吸をする。入口にはまだcloseと書かれた手作りの看板が張り出されていたが、かまわずドアノブを回す。

ぐいっと押すと勢いよくドアは開いた。


「まだ開店前なんですけど?」


無愛想でめんどくさそうな声がカウンターから聞こえ、そちらを見る。

白のワイシャツに黒いエプロンがカウンター越しに分かる。黒い髪はおろされ虚ろな目が私自身を捉える。


「あの、早朝に申し訳ありません。でも昨日の件で答えが出たので来ました。」


つまらなそうにじっと見つめられる。


「私はおじいちゃんに酷い言葉を言ってしまった。それを取り消してちゃんと話し合いたい。だから代償は私の、、この相手と話すことを避ける心でどうでしょうか!」


真っ直ぐに時神様の瞳を見つめ返す。


「いいだろう。」


時神様はカウンタードアに開け、私の前まで歩み寄り穏やかな微笑みを向けた。


「お前の気持ちに決心が着いたのが見受けられたし代償は問題ないだろう。契約条件は完了した。」


腕を伸ばすように言われ腕を出す。

その腕に時神様の腕が重ねられ互いが互いの腕をつかむ形になる。


「準備はいいな?」


頷き返す。


パチン。


時神様が指を鳴らすと同時に2人を中心に足元が微かに光を放ち円状に形取りそれは時計のようになった。2本の光の線が右と左に回る。


「我、時司り神は汝・西原千秋の望みを聞き入れる。過去に戻りし時間を始点へ。我が力を持って過去を断ち切らん。」


ぶわァっと風が巻き起こる。

目が開けれない!

足元の光が増す。眩しい。


「時戻りは1度限り、2度目はない。後悔を断ち切らなければ死後の苦しみとなる。肝に銘じておけ」


段々声が遠くなる。目は瞑ったままの状態の中で一瞬浮遊感が訪れ、パニックを起こし勢いよく目を開ける。



チュンチュンチュン

目を開けたらそこはカーテンから朝日が差し込む自室のベッドの上だった。

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