第5話 朝露の人
「ごめんね。あんな態度で・・・。」
男性が店内に戻ってきた私に申し訳なさそうに気を使った言葉をなげかける。
「あっ、いえ……。」
男性やキロクと呼ばれた店員さんになんだか申し訳なく・・・いや、恥ずかしくて顔を直視できない。
「時神様は戻って来られますかね?」
苦笑いで沈黙に耐えられず、無理やり話を作ってみる。
気が緩んだらきっと泣いちゃう。
泣いちゃ駄目なのに。
「・・・たぶん今日は夜遅くに戻られます。」
カウンターから破れたティーカップの破片を拾いながらキロクさんが静かに教えてくれた。
「そうです・・・か・・。」
ぎゅっと制服のスカートを握る。
泣いちゃ駄目だ。
「今日は1度帰って日を改めてまたここにおいで。」
ばっと顔をあげると男性が頭の上に手をのせて優しく撫でてくれる。
髪は濡れているのに・・。
「きっと今の君じゃ時ちゃんの真意がわからないだろうし、時ちゃん自身も冷静な判断が出来かねない。それに、」
指で入口近くにある振り子時計を指し示す。
時刻は18時45分をまわろうとしている。
「あっ。」
もうこんな時間だったんだ。
「遅くなればご家族も心配なさる。だから今日は帰りなさい。君の未練が君の手で断ち切れない限りはここに来れるから。」
穏やかに笑う男性の顔には温かさがあって、混乱して荒れまくっているであろう私の心をどこか落ち着かせてくれた。
「タオルと傘は持って行っていいから。次来た時に返せばいい。」
こくんっと頷いて頭を深々とお2人に向いて下げる。
「今日はすいませんでした。また、改めてここに来させていただきます。」
「気をつけてね」
男性がひらひらと手を振り見送ってくれる。
「・・・」
「あの、蜂蜜レモン美味しかったです。ごちそうさまでした。」
もう一度頭を下げて私はTime clockを後にした。
「さて、どうしたものかな?」
コーヒーを飲みながらカウンターに話しかける。
「どうしたもないでしょう。時様はご立腹なんですから。どうしようもありません。」
「相変わらずだね。」
「別に。」
この店の唯一の店員である時司神のサポートをしている万年筆の九十九神・記録神は相も変わらず僕に対してドライな対応をする。
「今回は派手な壊し方だったけど大丈夫?」
「片付けは終わりました。お代わりはいりますか?」
コーヒーの容器を持ち上げる。
「いただくよ」
カウンターの台にカップを置く。
容器からトクトクと湯気を出しながらコーヒーが注がれてゆく。
「ここ3ヶ月で何個割ったの?」
コーヒー容器を戻しながらキロクが申し訳なさ気に目を伏せる。
「5つです。」
「ははは!これはまた記録更新かい。」
「最近時様はイライラ傾向にありますし・・・。」
自分用のマグカップを取り出し、レモンティーを作りながらカウンター端におかれた卓上カレンダーにめを向ける。
その視線に釣られて僕もカレンダーに目をやる。28日の日に赤丸がつけられ、来月の12日にも赤丸がつけられている。
「もうすぐ月命日だからかね?」
「・・・」
2人だけの店内に沈黙が降りる。
まだあの子のことを忘れないでいるんだろう…というかあの子は衝撃的過ぎで忘れられないんだろう。
「人は必ず死ぬんだよ?誰が何を願ったって。」
ポツリ呟いた一言。
「そうですが、時様が1番死について分かられていますよ。」
不意なキロクの言葉に少し驚いた。
「なんですか?」
キッと睨むその目は純粋でしかない。
頬を緩めながら弁解を入れる。
「いや、確かにねって思ったのと君が僕の小言に返答するのは珍しいからさ。」
「別に私は時様のことに対しては今も今までも返答してまいりましたよ。」
「うん。そうだね。キロクは本当に時ちゃんが大好きだもんね。」
キロクが少し恥ずかしそうにマグカップに口をつける。
入口の振り子時計は19時30分に近づいている。
「しかし、時ちゃん遅くないか?」
「私がなんだって?」
「!?うわっ!」
突然な声に危うくコーヒーカップを落とすところだった。
「びっくりするだろ!突然声かけるとか。」
ふんっと顔を背け、一つ離れでカウンターの席に座る。
「お帰りなさいませ。時様。」
嬉しそうに新しいカップをだしながらキロクがレモンティーを作り始める。
「ただいま。さっきはすまなかったな。」
「いえ、大丈夫ですよ!はい、レモンティーです。」
まるで仔犬のように懐いてるキロクの時ちゃんと僕のこのあからさまな対応の差を少し不満に思いつつ黙っておく。
「3ヶ月記録更新おめでとう。」
嫌味がまじく拗ねた口調で毒づく。
と、カウンターからいきなり目潰しが飛んでくる。なんて理不尽な・・・。
「あぁー何個だっけ?また買出しいかなきゃか〜」
目を抑えながら時ちゃんがいるであろう方向に向かって
「なら、わらなきゃいいじゃん。」
と言うや否や口の中に氷を投げ入れられる。
「じゃれるのはその辺にしとけよ、キロク。」
気がないような声が隣から聞こえる。
「まぁ確に割過ぎは良くないよな。経費的に。」
反省してるかどうか分からないが経費のことを考えているのはわかる。
だいたい時ちゃんは考えている物事に対して話す時は声のトーンが下がる。
「今日はどうでしたか?」
「うん?あー、上のヤツからの分かい?大したことはないが・・・」
「が・・?なんか気になるの部分でもあったの。」
潰された目をぱちぱちしながら時ちゃんの方を見る。
真剣な横顔でレモンティーを口に運ぶ。
小さな喉がこくんと動く。
「不気が多い気がした。別に警戒する程じゃないが、最近は妖気も不気も多い気がしてならなん。」
「不気が多いなら土地神が一番に気づくんじゃ?」
「そんな土地神が狙われたのがここ2ヶ月で4件だとさ。」
・・・。
土地神襲撃未遂及び襲撃事件に関しては上(高位神)でも問題視していたが…。
ポンっと肩に手をのせられる。
「神気飛ばして警戒はしとけよ。」
真っ直ぐな瞳が僕の瞳に映る。
「あぁ。気をつけるよ。」
笑って頷く。
時ちゃんの見立てはだいたい当たる。
その見立てが嫌なものほど当たりやすい。
警戒するには十分だ。
「話変わって、今日の子の依頼どうするの?」
ティーカップをカチャンと音たてながら受け皿に戻し、人差し指を唇にあてる。
長い黒髪が映える白い肌…少女の姿をしたこの神が最高神・天照大神よりも実際は高位神と誰が信じるだろうか・・・。
・・・・・・・・・・・。
「・・・本人次第。としか言いようがない。」
その瞳はどこか遠くを見ながらぽつり話す。
「事実私が時戻りをするに値する者だから都市伝説になってしまっているこの店にたどり着いた訳だ。時戻りを拒むのは当人の問題だ、私に拒否権はない。
あるのは…代償を考えさせることのみ、時間の流れを変えるというのがどういうことか、何の為の時戻りかを考えさせることだけだからなぁ。」
「答えはあの子次第ってことかい?」
ピンッ。
いつの間にかティーカップの中で指で弾かれくるくるとまわるスプーン。
それを手にとりこちらに向け、「そ〜ゆこと!」と可愛らしくウィンクする。
「相変わらずまわりくどいね。」
「しかたない。」
苦笑いをしながら互いにカップないの液体を飲み干す。
「ご馳走さん。今日はお暇するよ。」
カウンターの上にコーヒー代をおいて椅子から立ち上がる。
コッチンコッチンと鳴り響く時計針の音に見送られながら店を後にする。
外は雨があがり、満天の星空だった。
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