第3話 朝露の人
なんだろう。
一気に気が抜けた。
ここTimeclockは一種の都市伝説だったのにこんなあっさり見つかるなんて・・・やはり都市伝説はデタラメだったのだろうか?
〜Timeclock〜
いつもは何もないただの空き地なのに、ある時にだけTimeclockと書かれた看板のレトロ感溢れる店が建っていて、そこの店主に未練ある時間に戻して欲しいと願うと願いを叶えてくれるという都市伝説。
ただし願いを叶えるには代償が必要・・だとか言われている。
例えば高額な札束や美術品なんだとか・・・。
確かに私はがむしゃらに後悔した時間に戻して欲しいと思ったから小さな希望を込めてここに来た。ただ、見つかればいいと願った。だけど見つかって中に入れば暖かく迎えられて(?)一抹の不安がだんだん大きくなってくる。
「ところで、お嬢さん。」
はっとして声の方に顔を向ける。
コーヒーカップを受け皿に戻しながら男性がこちらに顔を向けていた。
「・・・・はい・・。」
小さな声で返事をする。
自分でも驚くほどのか細い声で。
「緊張しなくてもいいよ。なーに叔父さんの疑問をきいてみようとしてるだけなんだから。」
優しい微笑みに心が落ち着く。
大丈夫。都市伝説は都市伝説。この店があろうがなかろうがまだ・・・。
カチャン。
カウンターの向こう側で食器が擦れ合う音が響き、我にかえる。
「私はね、よくここに来るんだよ。このコーヒーが飲みたくてね。
だから君みたいなお嬢さんがなんでこんな所にずぶ濡れになってまで来たのか不思議に感じてね。」
ドキッ。
小さく、だけど確実に身体が震えてしまった。それは「なんとなくです。」や「たまたま」なんて答えを言ってはいけなくなってしまう条件なのに・・。
こういう時に臆病な自分につくづく呆れてしまう。
「実は、このお店は失礼かもしれませんが私達の世代にはちょっとした都市伝説で有名で。」
暫しの沈黙。
女性の手の動きが止まり、男性も黙ってしまった。あぁ、やってしまった。
きっと気分を害してしまった・・そう思ったら。
「ふっはははは、いや、失礼。ふっ。ここは確かに人が来ないがまさか都市伝説になってだとはビックリだ。」
男性はお腹を抱えて笑いを止めようと必死だった。そんな男性を店員さんは冷たい瞳で軽く睨み、仕事再開と手を動かし始める。
少し落ち着いてきた男性は更に質問をしてきた。
「なら君はその都市伝説とやらを確かめにわざわざここに来たの?雨の中?凄いね。」
カッと身体が、いや正確にいうなら顔が熱くなる。男性の言葉に否定ができないから。
「・・そうですね。馬鹿らしいですよね。・・・でも、私には時間がないから。」
「どうして?」
「それは。」
続く言葉が喉の奥でつっかえる。胸が苦しくなる。ギュッと胸元を右手で掴む。目を閉じれば浮かぶ光景。
「・・ここの都市伝説は未練ある時間を持つ人がここに来るとその未練ある時間をやり直せるんです。代償が必要だけど。私は2日前に戻りたくてここに来ました。」
目から熱いものが流れ落ちる。透明な滴がカウンター机ポツリポツリと落ちていく。
「どうして2日前に戻りたいの?」
男性は私の涙には触れず、優しく聞いてきた。
それは今の自分には何よりありがたくてしかたなかった。
「・・ふ、2日前に、私は祖父の見舞いに母に無理やり行かされました。
その日私は友達と遊びに行く予定があったのに、母が行かないと遊ばせないって言うから渋々行ったんです。
ヒック。
別に祖父が嫌いだったとかじゃないんです。ただ、祖母が亡くなってから祖父は私に厳しくなって口うるさく「勉強しろ」って言うからあの日喧嘩したんです。
なんでそんな事言われなきゃいけないのかって。祖父も私も頭にくると我を忘れがちで・・・それが祟って私は・・・」
涙をタオルで拭う。だけど拭っても拭っても後から後から涙は止めどなく溢れてくる。
「あの日・・私は・・祖父に『うるさい‼︎いっつも勉強勉強ってふざけるな!私はこんなとこに来たくなかったのよ。だいたいおじいちゃんなんていなかったら良かったのに‼︎おじいちゃんなんて大嫌い。』って言ってしまったんです。
そ、そしたら病院からかえって部屋にこもってたらお母さんが凄い勢いで部屋に入ってきて・・・おじいちゃんが息を引き取ったって・・。私があんなこと言ったから・・。っうぅぅぅぅ。」
「そっか。」
短い返事とともに大きな手で背中をさすられる。服はびちょびちょに濡れていたのにそれにかまわずさすってくれた男性の優しさがおじいちゃんが私を慰める時に似ていて・・涙が止まらなかった。
小さな嗚咽が店内に伝わる。
少ししたらだいぶ落ち着けた。きっと気が緩んだから・・ここ2日の泣いてなかった分の涙が溢れてしまった・・そんな風に思った。男性に涙交じりにお礼を述べ深い深呼吸をする。
「だから私は2日前に戻らなくちゃいけないんです。」
ばっと顔を男性の方にそして女性店員さんの方に向ける。涙で視界がボヤける。
あんまり輪郭がはっきりしない。少しでも下を向けばまた涙がこぼれそうだ。
だけど・・・
「本当に、本当にここは都市伝説みたいに時間を戻れないんですか?それだけが頼みの綱なんです!お願いです。私を、2日前にどうか戻してください‼︎‼︎」
視界がグニャリと歪む。頬をまた涙が通る。男性は私を見て言葉に詰まっている。女性は目を閉じて男性の言葉を待つばかり。
やっぱり、ただの都市伝説だったんだ。
ここに来ても意味なんてなかっ・・・
「本当だよ。」
不意な言葉に顔を男性の方に向ける。だが、男性が発した言葉ではない。
彼は入り口の方に顔を向けていたから・・。つられて私も入り口を見る。
パチンッ。
小さな音をたててオレンジ色の見慣れない鮮やかな傘がたたまれる。店内に入ってきたのは8〜10歳ぐらいのかわいい女の子だった。髪は肩より長く、白い肌が映える淡い水色のワンピースを見に纏い、子供っぽくも大人ぽくも見える微笑みを作る。
フサッと髪をなびかせる仕草はとても優雅で思わず見惚れてしまったほどだ。
少女は私の少し前までくれと立ち止まり口を開く。
「ようこそ。時戻りの館 Time clockへ。
貴女の願い私が叶えてあげましょう。未練ある時へ未練を断ち切りに・・。」
魅力的なそれでいて少しの怖さを感じさせるものの言い方に条件反射的に応えてしまう。
「いったい貴女は、何者なの?」
声が微かに震える。
少女は妖艶な笑みを浮かべワンピースの端をちょこんとつまんでお辞儀をし、
「名乗り遅くて申し訳ない。私の名は時司どり神、通称名・時神様。未練ある者の未練を断ち切る時戻りの実行者だよ。」
彼女がするりと手を伸ばし、小さな手に両頬を包まれて・・・私は不思議な神様に出会いました。
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