第2話 朝露の人

チクタクチクタク


大小様々な時計が店内の壁のいたるところに飾られ、秒針が決まったリズムを正確に刻んでいる。

中でも一番大きく目立つのが入り口の前に置かれている大きな振り子時計だろう。

ゆったりゆったりと振り子を左右に揺らしながら時を刻み続けている。

壁に飾られている時計の針は様々な時間をさしているのにも関わらず秒針の刻む音はひとつたりとズレていない・・・。

まるで別世界に迷い込んだかのように・・。


カチャン


秒針を遮って何かが不意に音をたてた事にビクッとなる。

音の聞こえた方に体を向けるとカウンター席に長身の40代ぐらいだろうか少し白髪混じりの髪を持った男性が座っている。

男性の手元には白いティーカップがあり、さっきの音はティーカップを受け皿に戻した音だと理解すした。

小さな息をほっと出し、落ち着きを取り戻そうと左手を胸にあて鼓動の速度に耳を傾ける。

静かにゆっくりと息を吸い、顔を上げると男性と目が合った。

優しげな表情でこちらを見つめていた男性だったが次第に表情を堅くして行き、私は自分の居場所がこの空間にないのでは?や場違いな場所に自分のような中学生がいる事が彼の感に触ってしまったんじゃないか?などとグルグル考えているうちに自然とうつむいてしまっていた。


どれぐらいうつむいていただろうか。

突然ふかふかで温かい何かで顔と髪をグシャグシャと拭かれた。

何が起こったのか理解出来ないでいると拭かれるのが止まり、手に真新しいタオルを渡された。

顔を上げた先にはこちらを心配そうに見つめる女性の姿が確認できた。

彼女は綺麗に染め上げられたモスグリーンの髪と長い睫毛に縁どられた大きな瞳が印象的な美しい人であった。

その美しさに見惚れていると女性が「それで拭いて・・。」と耳元で囁いてきた。

拭く?一体何を?と思ったところで自分の状況を思い出した。

ずぶ濡れの制服。足元には小さな水溜りが出来つつある。そこでようやく男性の不可解な表情の意味がわかった。

彼はずぶ濡れ状態の私を見て驚いたのだろう・・・。

まぁ、普通驚くだろう。

この雨の中傘もささずに走って来たのか?と。

いそいそとタオルで体を拭き、安堵の溜息をつく。もう一度顔を上げると女性が先ほどよりもふた回りほど大きなタオル・・バスタオルを渡してくれ、それを身に付けてカウンター席に座るように勧めてくれた。

バスタオルを体に巻きつけカウンター席に着くと女性がカウンターから温かな湯気沸き立つ空色のティーカップを差し出してくれた。

中には優しい黄色の蜂蜜レモンが並々と注がれていて、


ぐぅぅぅ〜〜〜。


朝から何も食べていないためか美味しそうな蜂蜜レモンを見ただけで胃が悲鳴をあげる。恥ずかしさに顔を赤らめながら差し出されたティーカップをまじまじと見つめる。

だけどお金なんか持ってきていない。

がむしゃらにここTimeclockを目指して走っていた・・ただひたすらに都市伝説を信じて・・。


「大丈夫。それはタダだから気にしなくて飲めばいいんだよ。」


隣に腰掛けていた男性がまるで心を読んだかのような口ぶりに驚き、顔を向けるとニッコリといくつものシワができた微笑み顔で自分のティーカップを持ち上げこちらにも持ち上げるように促す。

男性の言葉に半信半疑ではあったがどうやらお腹が限界に達しキリキリと痛みを伴い始めた。

・・・もしかしたら詐欺かもしれないとも片隅では考えてつつも空色のティーカップを持ち上げ一気に黄色の優しい液体を体内へと送り込む。

口の中に甘さと控えめな酸っぱさが絡み合い空腹の胃に温かさが伝わっていく。

ほっとしたところでティーカップを受け皿にのせそれまで張り詰めていた緊張の糸が緩んでいくのが感じられた。


「ありがとうございました。あの、本当にお代金はいいんですか?」


恐る恐る尋ねるとカウンターの女性がティーカップ棚からこちらに向き直り優しく目を細める。


「大丈夫ですよ。それは私からの無料サービスの一貫です。安心してください。」


彼女はそれだけ言うとすぐにティーカップ棚の整理をまた始めた。

その後ろ姿に頭を下げ、感謝を込めてもう一度「ありがとうございます」と伝える。

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