第7話 朝露の人 完
なんで?どうして…自室のベッドの上で私は頭を抱え混乱していた。
さっきまでTime clockにいたはず…
寝ぼけてたのか、いや、そんなはずないけど。
あぁぁぁ!!
考えてもわからない。
やっぱりもう一度行かなきゃ!
そう思いベッドから立ち上がった瞬間コンコンとドアをノックされる。
「はーい?」
「あら。今日はずいぶん早いお目覚めなのね。」
ドアを開けた母が驚いた顔をする。
「おはよう。母さん」
「おはよう、千秋。さっさと学校の準備しなさいよ。」
母はそう言ってドアを閉める。
学校か。そういやおじいちゃんがなくなってから休んでたから久々だなぁ。
確か今日の授業は・・・あれ?
まてまてまて。Timeclockに行ったのは土曜日(確信ないけど)でも金曜日には確実に行った。
それなら今日は少なくとも日曜てか、休日
?
なんで、母さんは学校って言ったんだ?
・・・
もしかして。
ドタドタドタ!!!
階段を勢いよく降りる。
「母さん!今日何曜日で何日?」
朝食を作っていた母はあからさまに何を言っているのと呆れた顔をしている。
「6月12日でしょう?」
そう言って洗い物を再開する。
12日、戻った。3日前に戻ってる。なら、今日はおじいちゃんが亡くなった日・・・
「母さん、私、今日おじいちゃんのお見舞いに行きたいの!」
洗い物から視線を上げ、母の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。
「…どしたの今日は。朝は早いわ、いきなりおじいちゃんのお見舞いだなんて」
「ダメかな?」
「ダメじゃないし、むしろ行ってくれたらおじいちゃんも喜ぶけど。
千秋にこの間お見舞い行こうって言ったらあなた「絶対行かない」って言ってたじゃない。」
「あ、あれは。えっと、んーとなんて言うか今日は言ってもいいかなぁって!」
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ私の馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!誤魔化し下手すぎだろー!!
「じゃぁ、果物籠でも買ってくるわ。母さんは用事があるから一人でよろしくね。」
「う、うん。」
なんとかなった?いや、なんとかなった。
時間が戻ったならおじいちゃんにはまだあんなことを伝えてないんだ。よかった。
それから慌ただしくも学校の時間は終わり、放課後になった。
「千秋、今日クレープ屋に行こうよ。新商品出たんだってー」
「ごめん!今日はおじいちゃんのお見舞いに行かなきゃなんだ」
私は友人の誘いを断って急いで家に向かう。
早く、早く会いたい。
病気はどうか、最近の話とか、昔の話とか色々したい。
おじいちゃんは死んだりしないよねって確かめなくちゃ。
先生にも診察とかして貰わなきゃだよね。
家に向かう足は軽い。
近づくにつれドキドキが早まる。
ガチャん
何が外れて落ちた音を聞いて走っていた足を止めて振り返る。
淡い紫のキーホルダーを付けた家の鍵が落ちていた。鞄から落ちたのだ。
それを向かいからきた女の子が拾っていた。
「あっ!それ私の鍵なの。拾ってくれてありがとう」
女の子に駆け寄って鍵を返してもらうべく手を差し出す。
「はい。どうぞ。気を付けてね」
自分より幼い子に心配された。
ちょっと複雑だけどなくさなくてよかった。
鍵を握りしめ、女の子に背を向けようとした。
「時間は変えれば変えるほど前と同じにはならないんだよ」
心臓が縮み上がった。
私はこの声を知っている。
もう一度振り向く、女の子・・・時司神は私を見つめている。
「時司神様…どうして此処に。それにさっきのは?」
時司神は小さなため息を漏らす。
「当たり前の事を言ったまでだ。前にも伝えただろ?」
頭の中で雨の日の会話が再生される。
『小さな変化って言うのは君以外の他人の出会いや運命を変えてしまうことなんだ。
例えば、死ぬはずの人が死ななかったり、生まれるはずのものが生まれなかったり、その逆も有りうる。死・生・逢・結・離そういう色んなものが変わってしまう。その変化は極わずかかもしれない。
だけど当人達からすればそれは大きな変化だ。今後の未来がかかっているかもしれない重大なものなんだ。だから・・・。』
『だからこそ、それら小さな変化を生じさせるそれに見合う代償が必要となる。』
「あっ・・」
「まぁ、忠告だな」
時司神はそれだけ言って背を向け、歩いていく。
気づいたらその背中に
「どうすればいいんですか?!」
藁にもすがる思いで大声で尋ねていた。
時司神は立ち止まり、
「前と同じ様に動いてお前が本当に変えたい時間だけ変えればいい」
そう言って歩いて行ってしまった。
・・・・・
ストンっと足が崩れ落ちたかのようにその場にへたり込む。
そんな代償払って終わりじゃないし、自分のせいで、自分の行動一つで周りも変わる。
時戻りの契約は私が思っていたよりずっと重かった。
私は…
「ちゃんと後悔を断ち切れるのかな」
弱々しい言葉は風によって掻き消された。
そのあとは重い足取りで家に帰り、母に手渡された果物籠を持っておじいちゃんの病室まで無意識のような感じで足を運んだ。
病室の前。小さく息を吸って吐く。
前みたいに頭に血が上っておじいちゃんを傷つけませんように、と誓いというか願いながら病室のドアを3回ノックする。
「はい」
おじいちゃんの声が聞こえて胸がぐっと締め付けられる。よかった。まだ生きてる。
目頭が熱くなるのを抑えつつ、病室に入る。
「やっほー、体調大丈夫?」
おじいちゃんが少し驚いた顔をする
「あぁ、体調は大丈夫だ。千秋は最近どうなんだ?」
冷めた厳格な声で聞かれる。
「最近は友達と遊んだり、母さんの手伝いしたりかなー」
「そうか。勉強はどうなんだ」
チクっ。どうして今勉強の事を聞くの?
最近の話で良くないかと思いながら「普通だよ」と答える。ソファーに座っておじいちゃんと向かい合う。
「勉強は頑張りなさい。友達と遊ぶのもいいが勉強を疎かにするな」
「別に疎かになんて・・・」
「お前の父さんもそう言って疎かにしていたからな」
ムッとしてしまう。何故?いつも勉強の話で怒られるのだろう。昔は違ったのに。
祖父の小言は私の耳に止まらない。
「聞いているのか千秋?」
祖父が無反応な私を訝しげに見つめている。
「おじいちゃんは変わったね。昔はそんなに勉強勉強って言わなかった。やりたい事をやればいいっておばあちゃんと色んなことを私に教えてくれたのにね。」
視界がぼやける。
「私、おじいちゃんのことは好きだったし今でも好きだよ」
じゃなきゃ、死んでからあんなに後悔しない。
「でも、おじいちゃんを昔の様に全部は好きじゃない。そういうお小言とか今じゃなくてもいいのにどうして…私、おじいちゃんのそういうとこは嫌いよ。」
熱いものが頬を伝う。
「おじいちゃんにとって私はただの勉強ロボットなの?」
「千秋…」
おじいちゃんの弱々しい声が聞こえた。
「おじいちゃんはおばあちゃんが死んでから変わった。それでもいつかは昔みたいに褒めてくれるって信じてたのに…」
ひっく、ひっく、しゃっくりが出て声が続かない。
「・・・千秋。すまなかった。私はお前を勉強ロボットだなんて思ってはいないが、お前の将来が心配で言っていただけなんだよ。」
知ってる
「お前がそんな風に思っていたのを知らなかった訳じゃないが…婆さんが死んでからお前達とどう接していいか分からないんだ。
婆さんはいつも笑顔で周りを明るくする人だったから。婆さんが居なくなってお前達と私の間を取り持ってくれる人が居なくなってしまった。」
おじいちゃんの声が段々昔の優しさを帯びている様に感じた。
「お前を泣かしてしまうなんてな。私はおじいちゃん失格じゃな。」
そんなこと
「そんなことない!おじいちゃんはおじいちゃんでおじいちゃんでしかないんだから失格じゃないよ!」
ソファーから立ち上がり、おじいちゃんのベッドに駆け寄り、おじいちゃんの手を握る。
ポンポンと、優しく頭を撫でられる。
涙が止まらない。
「ありがとう、千秋。千秋を泣かせたのを婆さんに知られたら怒られるな。」
昔と同じ優しいおじいちゃんの笑顔があった。
「ご、べ、ごめんね」
鼻を啜りながら、しゃっくりはまだ止まらないけど、やり直す前の言葉を謝りたかった。
それが私の未練でもあったから。
頭を撫でながら祖父も「私もすまなかった、おあいこにしよう」そう言って笑った。
泣きながら私は飛び切りの笑顔を返した。
そのあと、おじいちゃんと二人で昔の話をしたり、母さんや父さんの話をした。
6時半になってから祖父に遅くなってはいけないからと見送られ、家に帰った。
孫の千秋を病院の玄関から見送ってから病室に戻ると小さなお客がソファーに腰を下ろしていた。
見た目は10歳前後。黒い髪が白い肌を際立たせる。彼女は人でない。神だ。名前を時司神
私が7年前婆さんが亡くなった時からの付き合いになる。
「お久しぶりですね。時司神」
「あぁ、元気そうで何よりだ。」
夕日が窓から差し込む。
「お前の孫が私を頼った。」
「!」
「だから手を貸した。・・・7年前お前さんができなかった事を成せた。
良くも悪くも・・な。」
時司神が申し訳なさそうに目を細める。もしかするとただ夕日で眩しいからだけかもしれないが。
「そうですか。あの子は、千秋は未練を断ち切れましたか?」
「断ち切るために代償を払ったよ。」
「7年。早いものですね。7年前私はあなたを酷く恨みましたよ。」
フッと時司神は口を緩める。
「だろうな。自覚はある、だか、だからこその今がある。違うか?」
「ははは。嫌な聞き方をするもんだ。」
笑いながらベッドに腰を下ろし、布団を足にかける。
7年前私がTime clockにおもむいた時、婆さんを亡くさないために時戻りを志願した。
だが、私が時戻りをして婆さんを失わない未来では千秋を失う未来を見せられた。
大切な者を取り戻すには大切な者を引き換えに・・・それが私に与えられた代償だった。
私には選べなかった。
千秋を失えば婆さんを失ったも同じだ。
今までが幸せだからこそ婆さんの笑顔を失いたくなかった。
そうして私は時戻りをできなかった。
「それだけ言っておこうと思って来ただけだ。」
時司神はさっと立ち上がり病室を出ようとする。
「時司神様。あの日の代わりと言えばアレですがこれも何かの縁です。お願いを聞いてもらえませんか?」
時司神は苦笑いをしながら私の話を聞いてから「じゃあな」と病室を出ていった。
果物籠が置かれた傍にある写真を見つめる。
「今日は人が多く訪ねてきたな。婆さん。ちょいと疲れたから私は寝るよ」
そう言って婆さんが優しく笑う写真に語りかけ、布団をかぶる。
家に帰ったのは母さんから帰り際にメールで買い出しを頼まれたので7時半を過ぎていた。
家に帰った途端母さんが涙を流しながら、
「ついさっきおじいちゃんが亡くなったって病院が…」
と言いながら私を抱きしめた。
前とは違う温かい涙がはらはらと落ちていた。
あれから2週間経って、私は以前通りに学校に行き、生活している。
Time clockに感謝を伝えたくて足を運んだが辿り着くことはできなかった。
たった2回足を運び、神様と話したあの僅かな時間がまるで嘘だったかのようだ。
それでも私はあの神様から言われた言葉一つ一つが胸から離れないし、おじいちゃんと仲直りした事実から嘘なんかじゃないと分かる。
忘れたりなんかしない。
たった一時の時間が私の心を変えた事実は消えたりなんてしない。絶対に
見上げた空は雲が漂う晴れた空だった。
Time clock
コトコトとホットコーヒーを沸かしながら馴染み客と店主と従業員の3人は小休憩で話し込む。
「こないだの千秋ちゃんだっけ?結局未練断ち切れたんだね。」
「まぁな。」
「本当素直じゃないなぁ。時ちゃんは、」
ドスッ
鈍い音が店内に響く。
常連客であるこの近所の土地神・亀水巳神(かめみずみかみ)は脇腹を抑えながら呻いている。
理由は私の世話役でもある従業員の九十九神・記録神(きろくかみ)がおぼんで亀の脇腹を殴ったからだ。
まぁ、二人の間の軽いスキンシップのようなもののため気には止めない。
「記録も亀には素でじゃれるよな」
「これが時ちゃんにはじゃれあいにみえるんだね。」
亀が恨めしそうにカウンター越しにこちらを見る。それが何か?と小首を傾げる。
記録が入れたハーブティーを口に運びながらカレンダーに目をやる今日は25日
「ですが、今回の子にはかなり過保護ですね時様。」
記録がおぼんを終いながら話をふる。
「んー。依頼だからなぁ」
振り子時計がゴーンと定時を知らせる。
「依頼?誰からの?」
亀が興味津々に聞く。
「7年前の10月21日にうちを訪ねてきた男がいただろう。自分の妻を取り戻すためには代償として孫娘を払う選択を強いられた男。」
「あぁ。あれは時ちゃんが珍しく結果論を見せたし、あの男性にとっては時ちゃんの言葉はかなり残酷だったろうから覚えてるよ。その男性がどうしたの?」
記録もマーマレードなどを菓子皿に盛り付けながらこちらを見つめる。
ハーブティーに口を付け、一息をつく。
「あの男の孫娘が西原千秋だ。」
「そうでしたか…。」
記録が無意識に声をこぼす。
「そして自分の孫娘が何の縁だか知らんが私を頼った事を伝えたら依頼された。」
「何を?」
コーヒーカップを受け皿に置きながら亀が尋ねる。カウンターに記録が置いたマーマレードに手を伸ばして、その手を記録に叩かれるのを横目で見ながらティーカップを弄ぶ。
「自分の時に時戻りはできなかったからその代わりに孫娘を見守って欲しい・・・とな。」
コーヒー用のヤカンがピューって湯が沸いたのを知らせる。
ヤカンで円を描きながらコーヒー豆に湯を注ぐ。コーヒーの匂いが店内に広がる。
一定の量を注いでヤカンをコンロに戻す。
「なるほどねー。だからわざわざめんどくさがり屋な時ちゃんが式を飛ばして過保護にも見守ってるんだ。」
クスクス笑う亀を睨みながら、淹れたてのコーヒーを顔面に浴びせてやろうかと考えてやめる。コーヒーが可哀想だ。
まぁ、今回は自分でもなかなか甘いと思う。
もしあの時鍵を拾っていなければ式をわざわざ飛ばしてまで見守る義理は無かったのだが…。
マーマレードを口に運ぶ。
「・・・甘いな。」
「そりゃ甘くなきゃ菓子じゃないよ。」
ドスっ。長しゃもじで頭をチョップされる。記録は然も当然のように長しゃもじをもう一度洗う。亀は呻いている。
そんな二人を微笑ましく思う。
鍵を拾った時、映像が見えた。
大切な思い出。
男が女に照れくさそうにキーホルダーを手渡し、女は気恥し気にでもとても嬉しい気持ちでいっぱいだった事。
そのキーホルダーを宝物にしていた事。
自分の一人孫がそれを欲しがったからあげたこと。
孫娘もそれを祖母からの大切な贈り物としてお守りにしていたこと。
受け継がれた想いがそこにはあったこと。
だから、わざわざ聞かなくてもいい依頼を聞いた。ただそれだけだ。
「3日後があの子の月命日だよね?」
亀が頭を抑えながら聞いてくる。カレンダーに目をやり「そうだな」と短く答える。
「あれから何年経つのかな?」
「亡くなってからは3年出会ったのは10年前だな。」
記録が気づかわしげにこちらを見る。その頭をポンっと優しく撫でる。
「もうそんなに経つんだね。」
そう言って亀はコーヒーに口をつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます