先輩、異世界で魔王になるんすか?
後輩「お疲れース」
先輩「フハハハハ! 我が名はラインハルト。我が鉄槌の前にひれ伏すがいい!」
後輩「あ、先輩。この前貸した三百円、はやく返してくださいね」
先輩「……え。なんか冷たくない?」
後輩「なにがっすか?」
先輩「いや、ほら。もうちょっとこう、なにか感想あるでしょ」
後輩「あ、いや。またいつもの病気が始まったなって」
先輩「ちょ、おま、病気とか言うなし」
後輩「違うんすか?」
先輩「違えし。もうほんと勘弁してよー」
後輩「じゃあなんすか。その中学生しか許されないような黒一色の服装。サイズもパッツンパッツンじゃないっすか」
先輩「え。そんな変?」
後輩「変っつーか、どうしたの? って感じっすね。その年で髑髏チェーンジャラジャラさせてるの、なかなかいないっすよ。いつものダボッたジャージどうしたんすか?」
先輩「捨てた」
後輩「え、なんでっすか?」
先輩「いやさ、やっぱ魔王たるもの、あんなだらしねえ格好してられねえじゃん」
後輩「魔王?」
先輩「そ。魔王」
後輩「あ。……あー。はいはい。理解したっす。それで黒っすか」
先輩「そゆこと。いま流行ってるんしょ? 異世界で悪役になって無双すんの」
後輩「悪役っつーか、ダークヒーローっすね」
先輩「やっぱ普通の英雄とかつまんねえよな。二面性っつーの? やっぱ男はそれがなきゃいけねえよ」
後輩「そっすね。先輩ならその点、ばっちりっすよ」
先輩「だろー?」
後輩「うちでいちばんキャリア長いくせに、いまだにマニュアル見なきゃ焼き鳥つくれねえっすもんね」
先輩「おま、待てし。今日という今日はマジしばく」
後輩「すんません、勘弁してください」
ざわざわ。
後輩「あれ。なんか店のほう騒がしくないっすか?」
先輩「おま、話を逸らすなし」
後輩「うわ。ちょっと先輩。防犯カメラの画面、見てくださいよ」
先輩「あーん? なに、この客むっちゃ囲まれてんだけど」
後輩「村上っすよ、先輩!」
先輩「え。だれ? おまえの友だち?」
後輩「村上
先輩「あ、あー。マジだわ。やっべえ、なんでいんの?」
後輩「俳優だってコンビニで買い物しますよ。あー、やべ。むっちゃ緊張してきた。ちょっと先輩、おれレジ行くんで」
先輩「ちょ、待てし。おれも行くし」
ガチャッ。
村上「おいおい、通してくれよ。車待たせてんだからさ。はいはい、解散、解散」
え~~~~。
村上「店員さん。ちょっとタバコお願い。えーっと……」
後輩「あの、村上さんっすか」
村上「おう、そうよ。あ、46番のやつね」
後輩「あの、サインもらっていいっすか。おれ大ファンなんす。次のハリウッドのやつ、むっちゃ楽しみにしてます。あ、いま手帳しかねえ!」
村上「お、ありがとー。その前にタバコお願いできる?」
後輩「あ、すんません。460円っす」
先輩「…………」
後輩「先輩、滝みたいな汗かいてどうしたんすか?」
ゆさゆさ。
先輩「……ハッ。あ、あ、いや、な、なんでもねえし」
後輩「先輩、緊張しすぎっす。しっかりしてくださいよ。そんなんで異世界で魔王になれるんすか?」
先輩「おま、ここで言うなし!」
村上「え、なに。異世界?」
後輩「うっす。実はこのひと、何度か女神さまに誘われてるんすけど、びびってなかなか行けねえチキンなんすよ」
先輩「ちょ、そういう言い方なくね!?」
後輩「なに恥ずかしがってるんすか」
先輩「いやさー、だってさー」
村上「え、なになに。それマジなの?」
後輩「あれ。なんか食いつきいいっすね」
村上「まあな。最近さ、向こうが懐かしくなっちゃってさあ。異世界行けるやつ、なかなかいねえじゃん。なんか嬉しくてさあ」
後輩「村上さんもそういうときあるんすね」
村上「そらそうよ。いろいろあってこっちに帰ってくることにしたけどよ。いまでも向こうのやつらのことは好きだからな。ちなみにどんな世界に行くの?」
先輩「え、えっと、まだ決めてねえっていうか」
後輩「なんかとりあえず、異世界でGodになるらしいっす」
先輩「ちょ、おま……」
村上「え、なに。異世界Godって?」
先輩「あ。いや……」
後輩「なんかチートとかTUEEEの最上級らしいっす。いやあ、ちょっと理解できねえっすけど……」
がしっ。
村上「わかるわー!」
先輩「え?」
後輩「は?」
村上「こっちのやつらってさ、すぐチートとかTUEEEとか言うじゃん? おれもさ、そんな型にはまりたくねえから転生したのに、それじゃいっしょじゃね? って不満でさ」
後輩「え、え?」
村上「向こうじゃ、よく言ってたよ。『おれ、料理Godになるんで』って。それが向こうの王さまにバカ受けしてさー。それで名前覚えてもらったんだぜ」
先輩「ま、マジっすか!」
村上「マジマジ。まあ、それから謀反とか戦争とか起こって、いつの間にか兵隊になっちゃってたんだけどさ。いま思ったら、あのときの強気の一言がなければ、こんなに成功してなかったよな」
先輩「そ、そうっすよね!」
村上「だからさ、おまえもその気持ちだけは忘れんなよな」
先輩「あざっす!」
村上「とりあえず、なんのGod目指すつもりなの?」
先輩「いまっすか? とりあえず、魔王になってダークヒーローやろうかなって思ってるんすけど……」
村上「やめとけ」
先輩「え?」
村上「……おれもさ、けっこう異世界行ったよ。だいたい戦争してるところだけどさ」
先輩「何度もっすか?」
村上「おう。これオフレコなんだけどさ、一度、どっかの世界救うと他の世界の女神からスカウト来るんだよ。実際、十回くらい世界救ってきたんじゃねえかな」
先輩「それ、テレビとかで言わないんすか!」
村上「馬鹿野郎。世界を救ったってことは、それだけ多くの命を奪ってきたってことだぜ。そんなの自慢できるかよ」
先輩「かっけえ――――!」
村上「よせやい。ま、とりあえずおれの経験から言って、魔王はやめといたほうがいい」
先輩「なんでっすか?」
村上「異世界転生で、いちばん辛いのってなにかわかる?」
先輩「メシ食えねえとか、タバコ吸えねえことっすか?」
村上「違えな。おれがいちばん辛かったのはさ、おれのこと知ってるやつがひとりもいなかったことだよ」
先輩「そんなのが辛えんすか?」
村上「あぁ。おまえも向こうに行ったら、おれの言葉が身に染みるはずだって。穴だらけの納屋で雨漏りを眺めながら孤独を噛みしめてると、マジで死にたくなってくるんだよな。こっちじゃネットだなんだって他人とつながれるけど、向こうは本当になにもねえからさ」
先輩「…………」
村上「ま、そういうわけでさ。魔王に転生させる世界って、だいたい魔王軍が全滅してたり、世界自体が滅んでたりするから。ダークヒーローも基本、ひとから理解されなくて苦しくなるし、あんまお勧めしねえよ」
先輩「……なんで、そんなにアドバイスしてくれるんすか?」
村上「そうなあ。おまえ、昔のおれに似てるからよ。なんか放っておけねえんだよな」
先輩「……村上さん」
村上「フッ」
シュボッ。
先輩「あ。店内禁煙っす」
村上「やっべ」
―*―
先輩「いやー。村上って、マジでいいやつな」
後輩「…………」
先輩「ほら、Tシャツにサインもらっちゃった。ま、黒いからほとんど見えねえんだけどさ。そのうちおれのほうが価値ある感じになっちゃうかなー」
後輩「…………」
先輩「あれ。どうしたの? さっきからなんも言わなくね」
後輩「いえ、べつに……」
先輩「え、なになに? おれっち、なにか怒ることしたー?」
後輩「べつに先輩には関係ねえっすよ」
先輩「あ、もしかしてあれ? おれのほうが村上と仲良くなっちゃったから拗ねてんの?」
後輩「だから関係ねえって言ってんじゃないっすか。あと村上って呼び捨てにすんのやめてくれませんか」
先輩「おいおい、そんな怒んなよー。ま、そりゃさ? 気持ちはわかんなくはねえんだけどさ? でもしょうがねえじゃん。おれっちもやっぱ女神さまに選ばれたやつ見たら同じようにしちゃうし? みたいな?」
後輩「…………」
先輩「いやー、でもおまえ、けっこうガキっぽいとこあんだな。知らなかったわー」
後輩「…………」
先輩「あれ。どうしたの急に黙っちゃって」
後輩「…………」
先輩「い、いやいや。冗談だって、怒んなよー」
後輩「…………」
先輩「ほら、今度来たときはちゃんと譲るし、いやほんと、あ、黒胡椒チキン食う? おれ買って来ちゃおっかなあ~」
後輩「…………」
先輩「いやほんと許してよ。ちょっと調子のっちゃっただけでほんと悪気はないっていうかごめんっていうか……」
後輩「……先輩」
先輩「な、なに?」
シュボッ。
後輩「……やっぱダークヒーロー向いてねえっすね」
先輩「……そうなあ」
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