先輩、とうとう異世界に行くんすか?
先輩「チース」
後輩「うっす。あれ。先輩、今日シフトじゃないっすよね?」
先輩「おう。ちょっと用事あってな。今日オーナーいる?」
後輩「あとで来るらしいっすけど。あ、給料の前借りっすか? この前、ダメだって言われたばっかりじゃないっすか」
先輩「違えし。まあ、いねえならしょうがねえや。これ渡しといてくれる?」
後輩「なんすか、この封筒。え、これ辞表じゃないっすか」
先輩「おう。ま、そういうことよ」
後輩「な、なんすか。どうしたんすか」
先輩「いや、そんな驚くなよ。おれっち、もう決めちまったってだけよ」
後輩「え。もしかして別のコンビニ行くんすか? どうしたんすか。あ、もしかしてあれっすか。先輩のことマジ使えねえって田中さんと話してたの知られちゃったんすか」
先輩「違えし。ていうかおまえら、おれのことそんな風に言ってたの?」
後輩「あのとき先輩がやらかしたクレームでおれたちが客に怒られちゃったんで、ちょっとむかついてただけっすよ」
先輩「いや、それはもういいわ。おまえら、なんだかんだ言っておれっちのこと好きだって知ってっからよ」
後輩「先輩、マジ自意識過剰っすね。死んでください」
先輩「ひどくね。ねえ、ちょっとひどくね?」
後輩「そんなことねえっすよ。それで、どうしてまた辞める気になったんすか? どうせ先輩のことだから就職できたとかじゃないんでしょ?」
先輩「あ、おれってばそんな印象なの?」
後輩「まあ、とても面接通る気はしないっすよね」
先輩「ま、まあいいけど。あれよ。おれっち、とうとう行く気になっちゃったのよ」
後輩「どこっすか。あ、富士の?」
先輩「だからそういう方向に持ってくのやめろし。どんだけおれのこと舐めてんだし」
後輩「はあ。じゃあ、なんすか?」
先輩「異世界に決まってるっしょ」
後輩「マジっすか!?」
先輩「お、おう。え、なんでそんな驚くの? 前から行くっつってたじゃん」
後輩「いや、だって先輩、行く行く言いながらぜったい行かないオチだったじゃねえっすか。どうしたんすか。次はどんな詐欺っすか」
先輩「詐欺じゃねえし。普通の魔法の世界よ。そこの学校で落第しそうな女の子と使い魔契約するっつってたわ」
後輩「それはまた古典的な感じっすね」
先輩「つーわけでさ、もう明日には行くわ」
後輩「え。マジで行くんすか?」
先輩「そう言ってんじゃん」
後輩「ちょっと考え直しません? ほら、魔法の世界とかやべえっすよ。先輩みたいな素人、すぐ死んじゃうかもしんないっすよ」
先輩「おう。そうかもな」
後輩「そうかもなって、先輩、マジでらしくねえっすよ。女神さまに変な洗脳されちゃったんじゃないっすか?」
先輩「違えよ。なんつーか、あれよ。おれ、わかっちゃったんだよ」
後輩「え?」
先輩「……おれってば、結局、いまの安全な生活に浸ってるだけの怠け者だってさ。やっぱ成功したけりゃ、危なくても一歩、踏み出さなきゃいけねえよな。だから村上はヒーローになれたんだわ」
後輩「……先輩」
先輩「安心しろって。ちゃんと土産は買ってくっからさ」
後輩「…………」
先輩「それより異世界に行くとき、こっちのもの持ってけるらしいんだよなあ。ま、ポケットに入るくらいだから、ぜんぜん少ねえんだけど」
後輩「……おれ、手伝いますよ」
先輩「ありがとな」
後輩「うっす」
先輩「やっぱ携帯食料がいいよなあ。あとケータイも異世界転生ではベターなもんらしいからな」
後輩「先輩。大事なもん忘れてますよ」
先輩「お、そうな」
後輩「やっぱ、これがなくちゃ先輩じゃねえっすよ」
先輩「……大事に吸うわ」
後輩「うっす。健闘を祈ってるっす」
先輩「おう。じゃあな」
先輩がいなくなって、一か月が経った。
おれは相変わらずあのコンビニでバイトを続けている。
田中「あのひと、元気でやってるんですかね」
後輩「あぁ、先輩のこと?」
田中「はい」
後輩「まあ、大丈夫っしょ。あのひと、なんだかんだで愛され系だし」
田中「そうですね」
後輩「え、なになに? なんで笑ってるの?」
田中「いえ、あのひとが辞めてから、ぜんぜん元気なかったじゃないですか。いま、あのひとの話してるとき、すごく嬉しそうでしたよ」
後輩「ちょ、勘弁してよー」
田中「うふふ。元気出てよかったです」
後輩「もしかして田中さん、おれのこと口説いてるー?」
田中「そんなわけないじゃないですかー。わたし、この歳でコンビニフリーターの男のひととかないですね」
後輩「あ、そ、そう? そっかー。あはは」
相変わらずだらだらしている毎日だけど、気づいたことが二つある。
ひとつは先輩がいないと、おれがこのコンビニの底辺なんだってこと。
――そしてもうひとつ。先輩のいない休憩室は、ちょっとだけ静かだってことだ。
後輩「え。新しいバイトっすか?」
店長「うん。明日はぼく、グループの会議に出なくちゃいけなくて面接できないんだよ。悪いけど、代わりにやっといてくれない?」
後輩「べつにいいっすけど、おれもバイトっすよ?」
店長「いいの、いいの。向こうも勝手は知ってるから」
後輩「は? はあ」
翌日。
コンコンッ。
後輩「うっす。どうぞー」
先輩「チーッス。バイトの面接に来ましたー」
後輩「せ、先輩!?」
先輩「おうよ。あ、おまえに土産、買ってきたわ。ほれ、なんか向こうで流行ってたエロ漫画。けっこうおもしろいわ」
後輩「な、なんすか。どうしたんすか。どうしてここにいるんすか?」
先輩「いや、またここでバイトすっからさー。でもなんか、一度は辞めたから面接しなくちゃいけねえんだって」
後輩「そ、そういうことじゃねえっすよ。異世界はどうしたんすか?」
先輩「あ、あれ? ちょっと合わなくて帰ってきたのよ」
後輩「か、帰ってきたって? もしかしてもう世界救ってきたんすか?」
先輩「違え違え。なんかさあ、発注ミスとかでおれみてえな転生者、100人ぐらいいたんだよねー。そんで女の子が選ぶことになったんだけど、そいつ以外は普通に送り返されちゃった。あー、マジ発注ミスするやつとかあり得ねえわ」
後輩「そ、そうっすね」
先輩「ま、そういうわけでよ。またよろしくな」
後輩「うっす。じゃあ、とりあえず……」
先輩「そうなあ」
シュボッ。
先輩「あー。タバコうめえ」
先輩、異世界転生するんすか? @nana777
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます