第6話 色欲――猫の、秘所

 近ごろ、創作ではなく、本当に猫と暮らしている漫画家の体験漫画やイラストを見ることが多くなってきた。

 年齢や性別もバラバラな、彼・彼女ら猫絵師のイラストには、高確率で一つの共通点がある。

 猫のおしりを描く時に、一緒に肛門も描き加えていることだ。『*』や『×』などの簡略した記号で。

 漫画やイラストというものは、見たいものや好ましいものを現実の素材から選択して二次元に落とし込んでゆく作業だ。普通、その中に、質血発酵の類は含まれない。美少女や美少年のイラストに鼻の穴や耳の穴を黒々と描く人はいない、と言えば頷いていただけるだろうか。(『トリコ』の小松シェフ? あれは島袋先生が鼻の穴フェチなんじゃないかなぁ:以上、閑話休題)

 しかるに、猫イラストには、ピンと立った尻尾の下に、ちょこんと『×』が付いている。 これは、なぜか。



 実は、猫が尻尾を立てているのは、機嫌が良い証拠なのだそうだ。

 私の猫も、構ってほしい時や撫でてほしい時には、長い尻尾を立てておしりをプルプル振るわせながらとびきりの甘い声で鳴く。当然ながら、こちらがそのボディランゲージに抗することができる訳もなく、はいはい何のご用ですか、と奉仕にいそいそ勤しむことになる。

 また、猫は肛門の匂い(正確には、肛門近くから出る分泌物の匂い)で相手を認識している。そのためか、おしりの匂いを嗅ぐ・嗅がせるということは、お互いの地位の優劣を示す意味があるらしい。猫社会に於いて下っぱの猫が自分よりエラい位の猫のおしりを嗅ごうとしてフシャーッと威嚇されたり、エラい猫が下っぱの猫に『その場所を替われ』と言う代わりに、後ろから近づいておしりを嗅いだりすることがある。

猫のおしり、すなわち肛門とは、かくも大事なコミュニケーション器官なのだ。

 機嫌が良い時に尻尾を立てる、すなわち肛門を見せるということは、こちらを信頼しているという証なのだ。そして、猫なりにコミュニケーションを取ろうとしているのではないだろうか。しかも、あえて肛門を見せる=下手に出てくれているのだ。あの我がままな、こちらの都合などいつもお構いなしの、私の猫が。

 ああ、なんと尊き黄門様、ではなく肛門さま。拝んでも寿命は延びないが、猫の気持ちはありがたくいただきたい。

 とはいえ、まさかこちらが猫のおしりを嗅いでもしょうがない。人類は嗅覚でコミュニケーションを取る生き物ではないのだ。聴覚と視覚――すなわち言語と、あとはせいぜい身振り手振りのボディランゲージ。

 と、いう訳で、大事なところを見せてくれてありがとうという気持ちを表すべく、私は手を伸ばして猫の尻尾の付け根あたりをポンポンと軽く叩く。この場所は猫の性感帯とも言われており、ここを叩くと猫はさらに尻尾を振るわせて喜ぶのだ。そのままスパンキングに身を任せていることもあれば、くるりと体の向きを変え、こちらの膝に乗ってくることもある。

 私は胡座の上に座り込んだ猫を持ち上げ、コロンと仰向けに転がす。

 こちらに腹を見せる形になった猫は、逃げない。それどころか、何かを期待するようにこちらを見上げる。

 その期待に応えるべく、私は肉球を見せる猫の後ろ足を両手でポンポンとドラムを叩くように弾いてやる。私見だが、どうやらこれは尻尾の付け根を叩くのと同じ効果があるらしい。

 猫はねだるように前足を伸ばすと、私の腕にぎゅっと爪を立ててしがみつく。少しばかり痛いが、即座に膝を降りないところを見ると嫌がっていないのは確かだ。片手を押さえられてしまった私は、空いた方の手の平で再びポンポンと猫の後ろ足を叩く。すると猫は後ろ足で空いた方の手も捕まえてしまう。

 ピンと後ろ足を揃えて私の手の平で突っ張る形になった猫のおしりに、ピンク色の肛門が見える。私の猫は黒猫なので肉球も鼻の頭も黒く、口の中も黒とピンクの斑になっている。肛門だけが混じりけなしのピンクだというのも不思議な話だし、黒い体毛の中からピンクの肛門が――人の唇とそっくりの形をした器官が顔を出している様子は、どことなくエロティックだ。さながら、猫の中身――着込んでいる毛皮を脱ぎ捨てたはだかの猫の一部が垣間見えるような。

 そんな妄想にふけりながら猫の肛門を覗き込んでいると、ニャッと小さく鳴いて猫が私の顎のあたりを軽く引っ掻く。思わず私が悲鳴を上げて顔を押さえると、猫は私の膝の上から飛び下りて、トトトと離れてしまう。そして少し離れた場所で腰を落とし。体を曲げて股間の手入れを始める。まるで見せてはいけないものを見られた体裁をつくろっているかのようだ。

 そして人間はといえば、ヒリヒリ痛む顎を押さえてため息を吐くのだった。天だか神だが知らないが、なぜそいつは猫の媚態と暴虐をワンセットにしたのかと思いながら

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