第4話 嫉妬――猫はそれを我慢できない
ちゃぶ台の上でノートPCを触っていると、背中にチクリと違和感があった。
振り返ると、私の猫がまん丸な目でこちらを見ている。行儀良くお座りしたその姿はだがしかし招き猫のポーズ、すなわち片手を上げている。どうやら私の背中をたった今つついたばかりらしい。
用事があるんだよ、と顔を戻してキーボードを叩いていると、またも背中に刺激。今度はチクリではない。グサリだ。不意打ちで喰らうと激痛になるレベルだ。
悲鳴を上げて振り向けば、猫はととと、と足取り軽く離れてゆく。険しさを籠めながら視線で追いかけると、家具から家具へと飛び移り、ロフトベッドに上がる。定位置にゴロリと横になったのが辛うじて目視できる。
なんなんだ一体、と口にはするが、いったい何なのかは判っている。猫は、私が猫自身とは違うものに意識を向けているのが気に入らないのだ。なにもこれが始めてのことではない。テレビを見ていれば前を横切り、固定電話を使って話をしていると足下にまとわりついてミャアミャアと大きな声で鳴く。おかげでモバイル通話の時は玄関を出る習性が付いた。
嬉しいと思う猫を愛する下僕の部分と、集中させてくれと苛立つ人間の尊厳。どちらが勝るかは状況によるが、今回は人間の尊厳が強かった時の話だ(下僕が勝った場合の話は「怠惰」の章をご笑覧下さい)
PCを操作していると、ふと背後に気配を感じる。振り向くと、猫がこちらに背を向けて座っている。手を伸ばして辛うじて届く、ギリギリの距離感だ。
背中への攻撃に備えながら、私はそのまま作業を続ける。が、予測に反して、猫はこちらにちょっかいを出す気配はない。もう一度振り返るのを待っているのだろうか。頭の隅ではそう思いながら、私の意識は再び作業に集中してゆく。
――ふと、足のしびれを感じてモニターの内容から意識が逸れる。膝の上を見ると、あぐらをかいた足の間に猫が収まっている。温かく重たい感触とゴロゴロと喉を鳴らす音が肌を通して伝わってくる。ちゃっかりと。そして、いつの間に。
それほど不思議な話ではない。猫としては、無音で私に近づき、反応を示さない私の腕の下を文字通りかいくぐって、私の足の間に体を落ち着けたのだろう。
隙を衝かれ、虚を突かれた私が見下ろす中、猫は機嫌よさげにこちらを見上げる。
――どう? もうわたしを無視することなどできないでしょ?
丸い目が、得意げに私に語りかける。
ああ、まったくもって仰るとおり。
私は深く息を吐いて、キーボードから手を離す。そうして足の上に手をやって、ゴロゴロと鳴いている猫の背中を撫でてやる。我が意を得たりと猫があぐらの中で寝返りを打って腹を見せる。
かくて今日もまた、人間の尊厳はへし折られてしまう。猫という名の誘惑者によって。
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