第2話 怠惰――猫は、いつも寝ている
昼間。私の猫が、ベッドの左側の端で丸くなっている。こちらがロフトベッドのはしごを上がって覗き込んでも、まるで起きる様子がない。
屋外で寝ている猫――野良にゃんならこうはいかない。こちらが近づく気配を、わずかな物音を察知して、まず耳がピクリと立つ。ほぼ同時に目を開き、こちらの姿を認めるやいなや、体を起こしてしまう。ある猫は即座に、ある猫は面倒くさそうにノロノロと。
だが、私の猫は起きない。私が近づく物音は聞こえているだろうに、身じろぎ一つしない。安心しきっているのだ。ここで――この家の中で、このベッドの上で、警戒するべきことは何もない、と。
その信頼が嬉しくて、私はつい手を伸ばしてしまう。
猫の額のあたりをそっと撫でると、猫は目をつぶったまま、頭を動かさずにごろりと寝返りを打って腹を見せる。起きているのか寝たままなのかはわからない。ただ、腹部をこちらに見せるその姿勢は、撫でてごらん、とこちらを誘っているようだ。
促されるまま私は猫の腹部に触れる。柔らかい毛で覆われた温かいお腹の上で、丸く円を描くように手を動かす。
と、猫は後ろ足を軽く突っ張って私の腕を蹴り、前足を伸ばして私の腕に爪を立てる。そうして捕らえた私の腕に、猫は額をすりよせる。
こうなると、もはやお手上げだ。文字通り。
私は昼間からベッドに横たわることになる。
すでに微睡んでいた猫はおとなしい。腕を引き抜かれてもそのままの格好で伸びきっている。私は枕の位置を調節して、猫の横に身を寄せる。突っ張った後ろ足に体を添え、何も掴んでいない前足に枕をあてがい、猫の額に私の額をそっと寄せる。
猫の肉球が私の鼻先にほんの僅かに触れる。古いアニソンではないが、猫の足の裏は本当に「お日さまのにおい」と形容するのがピッタリの匂いがする。チクチクと肌に刺さる爪は枕が受け止めてくれるので、私は肉球のもたらす快楽を心ゆくまで堪能する。
かすかに喉を鳴らしていた猫が静かになる。おそたく、再び眠りに入ったのだろう。
いつもの猫の呼吸よりピッチの遅い、安らかな寝息。規則的に繰り返されるその音は、私の耳にはまるで呪文のように響く。この呼吸の届く場所――ベッドの上には恐れるものなど何もない、恐ろしいことは起きない、怖いものは入ってこない、と。
猫は過去からの教訓も未来の計算も求めない。猫が欲しがるのは今の幸福だけだ。貯蓄も節約もできない、確かにそこにあるけれど流れ去るのを留めることのできないものだ。
二本足歩行のほ乳類の私は、この世は恐ろしいものだらけで、そのためにはさまざまな備えが必要だと知っている。すべきことが山ほどあり、時間は有効に使うべきだ。
だが――猫の眠るベッドの上で、そんな概念は意味を持たない。
私は猫の寝息に守られた小さな聖域で丸くなる。この魔法にしばし身を委ね、猫の幸福のお裾分けに預かるのだ。目覚めた後のことはその時に後悔しよう、と思いながら。
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