猫ざんげ

等々力渓谷

第1話 高慢――猫は、愛されていると知っている

 私の猫は、私と一緒に眠る時、毎晩必ず同じ手順を踏む。まるで何かの儀式かまじないのように。

 まず猫は、必ずロフトベッドの左側から飛び乗る。着地場所は寝ている私の枕元、ちょうど左肩の上あたりだ。ただ、これは家具の配置や猫の好む足場の関係上、決して不自然な流れではない。

 儀式めいてくるのはここから先だ。

 猫は、すでに布団の中の私が首だけを起こして見守る中、まず私の胸元をふみふみと踏んづけながら、左から右へとベッドを横切る。そして私の枕元――右肩の上あたりで止まると、そのままそこに尻を落として座り込む。

 私は左腕で布団の端をめくって、猫に入るよう促す。猫はまず布団の中に入ってくる。素直な行動、に見える。

 が、私が布団を元に戻した途端、猫はそれを待っていたかのようにUターンして布団から出てしまう。そして布団越しに私の左腕を正確に踏んづけながら、私の腰のあたり、ちょうど左手の先まで移動する。そして今度はそこで香箱を組んでしまう。

 そのまま猫を放置しておくと、今度は猫はベッドの右側から飛び下りる。こちらは足がかりになるようなものがないので直接床に着地することになる。ロフトベッドは二段ベッド並みの高さがあり、当然大きな音がする。

 そのまま猫は部屋をうろうろした後、爪研ぎダンボールをひとしきり引っ掻いて派手な物音を立てる。時にはトイレに入って砂を蹴散らすこともある。当然こちらも音がする。

 そうやってひとしきり自分の存在をアピールした後、猫は左側から飛び乗ってくる。そして私の体の上を横断~枕元~布団に入ってUターン~左腕を踏んだ後に香箱組み、を繰り替えす。

 根負けするのはいつだってこちらだ。

 人間は、猫の、下僕だ。

 かくて、敗北を認めた私は布団から起き上がり、左手の先で待っている猫に手を伸ばす。ニャッ、と小さな声を上げて、猫は大人しく持ち上げられる。

 そうして私が抱きかかえたまま布団の中に猫を入れてやると、猫は私の左側で丸くなり、私の左肩に頭を預けてゴロゴロ喉を鳴らし始める。手足を伸ばして私の脇腹を探りあてると、感触を確かめるように軽く突っ張って、位置を定める。そして少し伸び上がり、額から鼻にかけての頭を私の顎に押し付けてくる。顎と肩から骨伝導で伝わるゴロゴロ音はボリューム最大限で、猫が上機嫌なことこの上ない証だ。布団に入るのが嫌だった訳ではないのだ。

 それなら、最初に布団に入った時に、なぜ素直に丸くならないのだろう。なぜわざわざ『就寝儀式』と呼びたくなるような手順を踏ませるのか。

 試しているのだろうか、私の忍耐を。服従を。

 猫と一緒に眠りたいなら、人間もその意志を示せということなのだろうか。布団から起きあがるくらいの対価は払え、真心を見せろ、と。かのなよ竹のかぐや姫が五人の求婚者に希少な品々を求めたように。

(私が猫を抱きかかえてベッドまで運ぶと、速攻でベッドから飛び下りてしまうくせに!)

 ――あれこれと考えても、詮ないことだ。

 左肩と顎から聞こえる猫のゴロゴロ音が、徐々に途切れがちになってゆく。やがて、ゆっくりとした寝息が聞こえてくる。猫が眠りについたのだ。

 猫の安眠を妨げてはいけない。私は身じろぎして可能な限り楽な姿勢を取る。この時、決して左肩を動かしてはいけない。猫が起きるからだ。

 こうして、猫に体の自由を半ば奪われたまま、私はやがて眠りにつく――明日の朝、左半分が痺れているだろうという確信と、猫に求められているという多幸感を抱きながら。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る