第3話 憤怒――猫に腕押し(すらできない)
寝オチが2回続いたことをお詫びします。
一般的に、猫は段ボールが好きだと云われている。私の愛猫は、とりわけアマゾンの浅い段ボールを好む。
箱というよりはトレイと呼ぶほうがふさわしい形の箱を、無精をして畳まずに放置しておくと、ふとバリバリガリガリと音が聞こえてくるのに気付く。振り返れば、猫が楽しそうに段ボール箱の底に爪を立てている。
猫は私の視線に気付くと、動作を中断してこちらの様子をうかがう。
私が「こら!」とか「ダメ!」とか、あるいはひとりごとのように「なにやってんだ」と呟くだけでも、猫はピョンと箱を出てしまう。そして飛び出たその場所で床に座ると、前足を使ってせっせと毛繕いを始める。動揺を隠して落ち着こうとしている時の動作だ。
そのへんに段ボールを放り出していた私も悪いが、猫もよろしくない。目につくものであたり構わず爪を研いではいけないことを、猫はちゃんと覚えている。覚えているからこそ、私の視線を感じたとたんに爪研ぎをやめるのだ。つまり、総合的に判断するなら、猫の方がより悪い。より悪い、はずだ。
だから叱らなければならないのだ。しかもこの場で。このまま見過ごしたら、次は大事なもので爪を研ぐかもしれない。本とか、服とか、鞄とか。
私はじっと猫を見る。
猫は視線を逸らしたまま、毛繕いを続ける。その姿。
……ああ、猫を中心に回る世界に理屈は通用しない。
神の名において、猫よ、汝に咎無し。(Cat in the name of God, ye are not guilty)
私は必死に毛繕いしている猫を抱きかかえる。持ち上げられてもだらんと手足を伸ばしっぱなしの猫に「はいはい、悪かった悪かった」と言いながら、私は猫を部屋の一角に置いてある段ボールまで連れてゆく。
某ヤマトで購入したその段ボール箱は、ヤマトの宅配車のラッピング使用で、中に黒猫が入って窓の部分から顔を出せば文字通り「クロネコヤマトの宅急便」が出来上がるという寸法になっている。私はその中に猫用つめみがき(猫の爪研ぎ専用に加工されたダンボール)を入れている。
私は猫をその中に入れてやり、少しの間そのまま待つ。
紙製の宅配車の車内でいかなる葛藤が生じているのかは知る由もないが、一瞬の間の後、ガリガリバリバリとつめみがきに爪を立てる音がする。私はつい嬉しくなり、自分も箱の中に手を入れて手探りでつめみがきを引っ掻く。猫の爪研ぎ用に調整されたそれは、人間の爪では表面を毛羽立てる程度だ。それでも、人間の爪研ぎ音が箱内に響くと、猫の爪研ぎ音は一層にピッチを増す。きっと通じ合っているのだ、気持ちが。
こうして猫並みの知能に退化してしまった私は、アマゾンの段ボールを片づけることをすっかり忘れてしまうのだった。
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